興味の尽きない疾患
書評者:朝田 隆(筑波大教授・精神医学)
他の診療科の医師からは変わり者集団だとさえ言われる精神科医だが,実は二分できる。見分ける質問は,「認知症を診るのが好きですか?」。イエスならオーガニック派,ノーならメンタル派の精神科医である。暴論するなら,治療について,前者は薬物が,後者は精神療法がより重要だと思っている。ところがいずれも,「幻覚・妄想」という言葉には弱い。たやすく,「何々?」と身を乗り出してくる。
本書の二著者はもとより,私もオーガニック派精神科医である。メンタル派精神科医と神経内科医のはざまに位置するだけにそれぞれに対して引け目を感じることが,少なくとも私にはある。
そんなわれわれだから,レビー小体型認知症は興味が尽きない疾患である。そもそも認知症として最多のアルツハイマー病と変性神経疾患で最も多いパーキンソン病が一緒に起こっているのである。しかも大好物の「幻覚・妄想」が付いている。しばしば観察されるカプグラ症候群も精神病理学的には見逃せないテーマである。その一方で,これらもまた本症の中核をなすレム睡眠関連行動異常,意識の変動,視覚認知障害などは,今日の脳科学の最重要テーマだろう。
精神や神経を扱う医者にとって,興味の尽きない本疾患の全容を適切なスピード感とともに順次明らかにしていくのが本書である。本書の醍醐味の一つは,臨床所見と病理所見とをつき合わせて意味付けしてゆくプロセスの記述にある。
例えば本症の幻視は有名だが,視領野にはLewy pathologyがない。なのに「見える」背景が記されている。まず一次よりも二次視覚野のLewy pathologyが重度なので形態や色彩の認知に影響する。これがより傷害の酷い扁桃体の視覚路への影響と相まって幻視が生じるという説明である。
今更だが,小阪先生はレビー小体研究の中興の祖である。言うまでもなく疾患概念とは固有の臨床経過と病理所見のセットである。先生の最大の業績は,レビー小体にかかわる諸病態をスペクトラムとしてとらえ,それを疾患概念群というレベルでまとめられたことだと思う。
何ゆえに祖に成り得たのか? 後進である池田学先生も私もこの点に興味がある。まず患者さんの臨床を主治医としてしっかりと診られたこと,その上で顕微鏡下に普通には見えないもの(レビー小体)が見えてくる不断の努力があったことが行間に読めた。「田舎の学問,京の昼寝」という表現がある。その反対で,池田研二先生,井関栄三先生など諸先生との切磋琢磨もうかがえてなんともうらやましい。一連の研究成果を出し続けられる日常を伝聞するに「京の猛勉」状態にあられたと思われる。
さて昔から精神病理学的論議の的となる幾つかの概念や症候群がある。実態的意識性,遅発性統合失調症などは横綱級,コタール症候群にも老舗の風情がある。実はこうしたものが,レビー小体型認知症ではしばしば認められる。メンタル派の先生も本書をご一読あれ。これらの概念を再考させる知見がたくさんに盛られた本書は,必ずや温故知新の体験をもたらすはずだから。