はしがき
私は薬学部で学び,現在は薬学部で「生化学」の講義を担当しているが,実は学生時代に最も不得手な科目は「生化学」であった。教えていただいた先生には申しわけないことであるが,好きになれなかったのである。その報いであろうか,いまだに「生化学」との付き合いが続いている。学生であった当時,「生化学」は薬学生にとって不要な科目ではなく,かなり大事らしいことがわかってはいても,たいして勉強もしないまま,試験を受けていた。そのせいもあって,私は学生に対して,「生化学」をきちんと勉強してほしいとは言えないし,また言ったこともない。
看護と生化学
看護学生にとっても「生化学」は学ばざるをえない科目であることを,私がいまさら言い立てる必要などないが,責任上少しだけ述べさせていただこう。生体がどのような化合物で成り立っていて,それらの化合物がどのようにつくられ,こわされて,生体の恒常性が保たれているかということの基礎をきちんと示してくれる学問が,「生化学」である。だから,ある程度は「生化学」を学んでおかなくては,生体の正常なしくみ・機能の破綻した状態である病気を正しく理解することはできない。しかも,病気には特有の生化学的異常という側面のあることが普通であり,その理解なくして本当の看護は行えない。
生化学の役割
看護学全体を1台の自動車にたとえるならば,「生化学」のような基礎的な科目は,目につきにくい小さな部品にすぎない。しかし,小さな部品でも,それが機能を果たせなくなると,自動車が動かなくなったりすることがある。自動車全体のことをわかろうとすれば,部品の大小にかかわりなく,どのような部品でできているか,それらの部品がどのような役割を果たしているかを知らなければならない。大きな部品の役割はわかりやすいが,小さな部品はわかりにくいこともあり,軽視されがちである。しかし,小さな部品にも大切な役割がある。
改訂のポイント
看護に進もうとしている学生のみなさんのお役に立てばと,本書第10版を書かせていただいてから,早くも8年が経過した。その間,多くの方々から貴重なご意見やご要望をいただいた。厚くお礼を申し上げたい。
第11版では,全ページにカラー印刷を導入して,美しく,見やすい紙面とするとともに,生化学の学問内容をできるだけ模式化して図に示すように努めた。また,とかく細部に深入りしがちな部分についての大局的な理解が可能となるように,周辺との関連づけをはかり2つの章の新設を行った。
今回の第12版では,図・表を含むすべての記載の見直しや補足を行うとともに,「血液と尿」および「代謝の異常」を新たに章として立てた。第9版まではあった血液・尿に関する章を,その内容が『血液・造血器』,『腎・泌尿器』,および『解剖生理学』という教科でも詳細に扱われているという理由で第10版と第11版では割愛したが,意外にもその章の復活を望む声が多かった。例えば「血液」という同一のテーマであっても,『解剖生理学』,『血液・造血器』,『生化学』でそれぞれの立場から解説されれば,読者の理解はいっそう深まるはずである,という読者からの意見にお応えすることとなった。
「代謝の異常」を加えたのは,2009年度から実施される新カリキュラムにおいて,専門基礎分野の教科にも臨床で活用可能な内容を取り込むことになったのに対応したものである。そこでは,代表的な4つの疾患を取り上げて生化学的な視点で解説した。「代謝の異常」以外の章でも,疾患に関連した記述を付け加えるように心がけた。
この教科書が,生化学という学問の理解を通して,将来における看護の実践に少しでも役立つことを願っている。
2008年11月
著者を代表して 三輪一智