序
今わが国の臨床細胞診断学が大きく変わろうとしている。創生期の細胞診断学から臨床検査学への進展である。臨床検査としての細胞診断がより客観性・再現性・科学性をもち信頼度がより高いものへと進化しつつある。最近の分子生物学的知見を得て,新しい診断基準や最新の技術を導入し,より簡便で実用的な方向へ脱皮しつつある。特に婦人科領域ではスクリーニング検査として細胞診が重要であるが故により高い精度管理が求められている。
膣の離細胞形態による子宮癌の診断は1928年George N. Papanicolaou(1883~1962)やA. Babes(1880~1962)によって初めて示された。この成果は1600年初頭に顕微鏡の開発,1838年に離細胞での癌診断,1847年には月経周期による細胞形態の変化の観察,1855年R. Virchow(1821~1902)の病理学の確立,など一連の病理形態診断学の大きな進展の中で達成されたものである。欧米では1950年初頭から細胞診断による子宮癌検診が始められた。わが国においても,1961年日本臨床細胞学会が組織され,1982年には老人保健法で行政支援による細胞診による子宮頸部癌検診が開始され,子宮癌死亡の減少に大きな役割を果たしてきた。
これまで子宮頸癌の発生機序に関する多くの研究がなされてきたが,1983年,zur Hausenらは子宮癌組織にhuman papillomavirus(HPV)が高率に存在することを報告した。その後,多くの疫学調査や一連の基礎研究により原因ウイルスと断定された。この成果も1907年,Ciuffoによる乳頭腫がウイルス感染に起因することの発見に始まるウイルス発癌研究や1970年代から勃興してきた分子生物学領域の技術革新の礎に築かれた成果である。現在HPV予防ワクチンが実用化され子宮頸癌ゼロの日も夢ではない状況にある。これらの成果を背景に2008年のノーベル医学生理学賞がzur Hausenに与えられた。
一方人々には予防健康医学の意識が広がり,癌検診が社会に定着するにつれ,その診断精度に多くの問題点が指摘されている。癌検診としての細胞診断に精度管理が求められている。精度管理を目的としてHPVによる発癌を考慮した細胞診断の新分類が1985年に採択された。パパニコロ分類からベセスダ分類への進化である。対費用効果も考慮する必要がある。そのため,絶え間ない技術革新の努力がなされている。細胞検体処理方法の改新,分子標的診断マーカーの開発,細胞診自動化,などである。同時に個人の診断能力の自己管理から検査施設としての精度管理が求められている。
細胞診断以外にも,子宮頸部病変を直接観察して診断する努力もなされてきた。コルポスコープは子宮膣部の拡大鏡として開発され,その簡便性ゆえに広く普及した。1975年には所見の国際分類が統一され,2002年にはより簡略化された。わが国でも2005年日本版が作られ,婦人科腫瘍専門医が習得すべき重要な技術となっている。
病理診断に関しても2006年新WHO分類が示され,分子生物学の研究成果を取り入れる一方で,より臨床に対応した簡略化・実践化の方向にある。
細胞処理技術が進歩しても,診断基準が変わっても,検査者の診断力はいつの時代においても最も重要な事柄である。個々の症例を正しく診断し,正しく治療するには総合的に症例を診ることである。そのためには,細胞診断,コルポスコープ診断,病理組織診断を三位一体で学ぶ必要がある。一個人の診断能力は診断機器の改新や新しい診断概念にはしばしば遅れがちである。個人の診断能力を磨きながら時代に即応して臨床診断を学ぶための教科書を企画した。本を作成するに当たって多くの先生方から資料提供や助言を頂いた。特に,丹後正昭(金沢医療センター産婦人科),全 陽(金沢大学付属病院病理部),山崎 洋(市立敦賀病院産婦人科),久冨元治(金沢大学付属病院病理部),田中百合子(金沢城北病院病理部)の諸先生には感謝いたします。
医学研究は“砂浜に小石を積む”様なものである。積んでは波に洗われ,真に必要なものだけが残ってゆく。残った小石の山も流れ去った小石の礎に築かれたものである。本書も砂浜の小石と成らんこと願っている。
2009年春
金沢市宝町にて
井上正樹
尾崎 聡