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≪家族ケアの技を学ぶ 3≫

渡辺式家族アセスメントモデルで事例を解く


著:渡辺 裕子

  • 判型 A5
  • 頁 288
  • 発行 2007年09月
  • 定価 2,640円 (本体2,400円+税10%)
  • ISBN978-4-260-00555-5
紙上シミュレーションで確かな実践力を養う。シリーズ第3弾
家族に生じている問題とその背景を、構造化して理解するための思考プロセスをモデル化したのが、渡辺式家族アセスメントモデル。シリーズ第3弾の本書は前著2編とは異なり、15の事例でこのモデルを体験・習得するよう、Q&Aなども挟みながら構成される。家族に生じている困難の背景を理解し、そして援助の糸口をつかめるようになるための実践書。
序 文
まえがき
渡辺 裕子

 それは、私が大学院の学生だった頃の遠い昔の出来事。精神看護学を専攻していた私は、毎週1回、大学病院の児童精神外来で、心のバランスを崩した思春期の子どもたちと面接を重ねていました。強迫神経症や摂食障害、場面完黙、不登校、家庭内暴力、リストカット、鬱病、ある...
まえがき
渡辺 裕子

 それは、私が大学院の学生だった頃の遠い昔の出来事。精神看護学を専攻していた私は、毎週1回、大学病院の児童精神外来で、心のバランスを崩した思春期の子どもたちと面接を重ねていました。強迫神経症や摂食障害、場面完黙、不登校、家庭内暴力、リストカット、鬱病、あるいは、統合失調症など、さまざまな生きにくさを抱えた彼らとの面接は、その当時の私にとっては、とても気の重い作業でした。ポツリ、ポツリと彼らからこぼれ出る言葉は、まるで数え切れないジグソーパズルのバラバラになった一片のようであり、疾病や障害に関する知識は、ある程度学んではいましたが、それは私の理解をはるかに超えているものでした。そして、理解できないことに私の不安は否応なく高まっていったのです。「彼らに私は受け入れてもらえるだろうか……。何を言えば、何をすればいいんだろうか?」いつしか私は、目の前のクライエントというよりも、自分の不安との格闘にエネルギーを使い果たすようになっていきました。そしてそんな私を、彼らは決して見逃さなかったのです。「会いたくない!」「余計イライラする!」。ふくよかだった身体がみるみる痩せ、体重わずか30キロとなった少女は、ふらつく足を点滴台に任せ、驚くような険しい表情で、病室へ戻っていきました。「自分は何の価値もない……」。しばらくは動くことさえできず、私は、彼女の背中をただ見送っていました。きっと、彼らは私が、自分の不安ばかりに目を向け、クライエントである自分たちに向き合おうとしないことに、業を煮やしていたのでしょう。「会いたくない!」という拒絶の言葉には、「もっと真剣に、本気で向き合って」という願いが込められていたのではないでしょうか。しかしその当時、私には彼らの真のメッセージを受け止める力はありませんでした。
 そんな苦しい日々のなかで、確かな光となったのは、夕方行われる指導教授によるカンファレンスでした。教授は、親と面接し、医局の若い医師や大学院生が子どもの面接や遊戯療法を行い、診療を終えた後に、その日の面接の様子を教授に報告し教授からは丁寧なコメントがなされていきました。「なぜ、こんなにも自分が責められなければならないのか」「なぜ、彼女はこの話題に固執して離れないのか」「なぜ、沈黙ばかりで面接が進まなかったのか」「いったい、このまま面接を進めていってもいいのか、自分は役に立っているんだろうか……」。不安そうに報告する私をよそに、教授は、満面の笑み。「それは、この家のばあさんから3世代にわたって流れている問題だな……」。孫の摂食障害は、女学校を卒業したものの教師の夢破れ、不本意ながら農家に嫁いだ祖母の学歴崇拝、女性性の拒否が大きな要因のひとつだと説いたのです。あるいは、乗馬に憧れる少女の根底には、男性性への無意識の憧れがあり、エディプス期の問題が未解決であるとも説いたのです。さらに教授は、うまく面接が進まないという私に、「キミ、その時どんな気持ちがした?」とたびたび投げかけました。「う~ん、困りました……」俯く私。しかし彼は、「……それは、つまりこういうことなんだよ」と見事に面接のストーリーを解き明かして見せてくれたのです。ある時には、クライエントにとって、私は幼い頃に見捨てていったクライエントの母親になり、またある時には、理想のお姉さんになり、またある時には恋人になり、そして私のなかでも、クライエントが、妹になったり子どもになったり、両者の関係はめまぐるしく動き、物語も急展開していました。転移、逆転移といった用語では捉えきれない現実がそこにはあったのです。
 面接に現れるクライエントは、何世代にもわたる家族の物語を背負って生きており、何気ない言動の奥には、深遠な世界が隠されていることを、身をもって学んだ2年間。そして、私にとって教授は、指導者の時もあれば理想化した父親にもなり、ある時は、当時素直になれなかった現実の父親にも重なり、またある時は、子どものようにも思え、当時私は、周囲の人々との間に、幾重にも重なる物語を生きていました。
 そして私は、農村地域の小さな町の、たった1人の保健師として働きはじめました。一歩家のなかに入れば、そこは、決して綺麗事では済まされない現実の世界。寝たきりの高齢者のいつ終わるともしれない愚痴。嫁の悲痛な叫び。寡黙な長男の背中の訴え。嫁いだ娘たちの善意の口添え、近隣の人々のうわさ話、本家からのさまざまな要求。外来の面接室で垣間見た風景の何倍もの壮大なスケールで、人々の認識と感情が蠢き合っていました。「さて、自分は保健師としてどうすればよいのか……」。私は途方に暮れ、ある時は、必要以上にかかわるまいと覚悟を決め、またある時は、「それでいいのか?」と自問自答を繰り返していました。文献を当たれば、総論として方向性は述べられてはいたものの、それでは目の前の事例に引き寄せて考えてみた時に、いったい誰にどのようにアプローチしたらよいのか、答えは得られないままに、月日は流れていきました。
 その後私には、我が国に初めて開設された家族看護学講座の教員として母校である千葉大学に赴任する機会が与えられました。家族看護を学問として確立させるという使命のもと、さまざまな臨床領域にフィールドをもたせていただき、現場のナースの家族援助に関する相談活動を開始しました。また、家族看護学の先陣を切っていた北米やカナダの研究者と交流する機会も得ることができました。国際家族看護学会に出席し、カナダのカルガリー大学で毎年行われているエクスターンシップにも参加し、家族看護学、とくに家族アセスメントに関する諸外国の動向に触れることができたことは、迷いのなかにいた私にとって大きな救いとなりました。しかし、ワクワクするような興奮とともに、一抹の違和感が突き上げてきたのも事実でした。そこには、文化の違いが厳然と存在し、何かシックリしない胸のつかえが、次第に大きくなっていったのです。
 「我が国の文化、我が国の家族の現状に即した家族アセスメントモデルを開発しなければ」、そんな強い思いを抱き、当時上司であった鈴木和子先生との二人三脚が始まりました。1995年には、我が国で最初の家族看護学に関する教科書を出版し、「家族アセスメント」の構造を著し、その後、これを基盤として事例の展開を試み、そのプロセスを詳細に解説した書籍を出版。また、さまざまな研修会や事例検討会で紹介し、ナースらの率直な評価をいただいてきました。そのなかから次第に明らかになってきたことは、(1)家族の全体像は明らかになるが、いったい何が問題なのか、誰にどのように働きかけるべきなのか、焦点が見えにくい。(2)把握すべき情報量が多く、事例によっては必要のない情報もある。(3)平均在院日数が短縮され、業務も煩雑化する昨今、病棟で日常的に用いるには無理がある。という指摘でした。
 このような現場からのフィードバックを受け、(1)この家族には何のためにどのような情報が必要であるのかが明確であり、問題を明らかにしたうえで働きかけの糸口を無理なく導き出せること、(2)現状の保健・医療・福祉のシステムのなかで実践可能であること、の2点に重点をおいた更なる改良の必要性が浮き彫りとなっていきました。
 そんな折、当時、岡山市内の病院の看護部長であった橋本真紀氏(現吉備国際大学)から、現場の看護職を対象とした事例検討会をスタートさせたい、ついては、助言者として参画してもらえないかとの依頼を受けたのです。現場のナースが使いこなせる家族アセスメントモデルの確立が最大の課題であった私にとって、それはまさに渡りに舟。二つ返事でお引き受けし、さらなる試行錯誤を重ね、渡辺式家族アセスメントモデルはほぼ完成に至りました。このような経緯を経て、2002年から、当研究所主催のセミナーで、モデルの普及を積極的にはかり、2005年9月から2006年12月まで、当研究所の機関誌『家族ケア』で、「特集、使いこなそう渡辺式家族アセスメントモデル」と銘打ち、事例分析のプロセスを掲載してきました。また、2006年1月から、「渡辺式アセスメントモデル」を用いた事例検討会のファシリテーターの養成も行っています。そして、このたび、前述の特集記事を、1冊の本として世に出す機会を与えられたのです。
 このようにして振り返ってみると、「渡辺式アセスメントモデル」は、まさに、人との出逢いが生み出してくれた産物であると気づかされます。目の前に現れるクライエントは、何世代にもわたる家族の物語を背負って生きており、何気ない言動の奥には、深遠な世界が隠されていること、そして援助者もまた自分自身の物語を生きており、クライエントの物語と重なり合い、まるで縦糸と横糸のように両者の物語が織り込まれていくプロセスがまさに援助そのものであることを教えてくれた児童外来で出逢った子どもたち、そして苦しかった面接を導いてくれた教授。人が家族のなかで地域に根を張って生きていくことの現実を教えてくれた保健師時代に出逢ったさまざまな家族。家族看護学と出逢うチャンスを与えてくださった母校の恩師、手探りのなかで創造の喜びをともに歩んでくださった鈴木和子先生、国外から我が国の家族、家族看護を見つめる視点を与えてくださったフリードマン博士、ライト博士。事例検討会という現場のナースとの共同作業の場を与えてくださった橋本真紀氏。そして何よりも、事例を提供してくださったナースの方々と厳しい保健・福祉・医療の現場で家族と向き合い、的確なフィードバックをくださった多くの読者の方々がいなかったら、本書の存在はありませんでした。お一人おひとりに、心からの感謝を申し上げるとともに、渡辺式家族アセスメントモデルは、まだまだ成長過程であり、今後も多くの方々に育て続けていただけることを願う気持ちでいっぱいです。
 家族のケア機能の低下が指摘されてから久しく、ナースをはじめとする多くの対人援助専門職は、クライエントだけではなく、否応なく家族とかかわらざるを得ない時代となっています。複数の人々が影響を及ぼし合い常に変化し続ける家族という複雑な存在を支援するためには、個人のアセスメントとは異なった視点が求められます。本書が、今、まさに家族と向き合い、困難な課題に直面している多くの対人援助職の皆様にとって、ケアの方向性を見出す一助になれば望外の喜びです。
 なお、「渡辺式……」と個人の名を冠することについては、私自身、多少の違和感もありますが、いつしかナースの間でそのように呼ばれ始め定着した経緯もあり、本書でも、そのまま継続することとしました。
 最後に、執筆を支えてくださった多くの皆様に、心からの感謝を申し上げます。
 平成19年 7月
目 次
まえがき
序章 渡辺式家族アセスメントモデルとは
CASE1 介護ストレスで過食を招いている糖尿病患者
CASE2 患者への病状説明を強く拒む家族
CASE3 母親への甘えが満たされず、ナースへの依存が強まった若年糖尿病患者
CASE4 家庭の状況から、セルフケアが困難な透析患者
CASE5 精神科に長期入院中で退行が著しい患者
CASE6 重度の障害をもつに至った夫への治療を拒絶する家族
CASE7 終末期の治療選択をめぐり、関係性に溝が生じた家族
CASE8 糖尿病性腎症で透析導入が必要となりながら、親の介護を理由に入院を拒む息子
CASE9 せん妄を来たした高齢患者への面会を要請し、ナースとの間に溝が生じた家族
CASE10 子どもを喪失した家族から怒りを向けられ、職場全体にも問題が波及
CASE11 父親への攻撃的言動を繰り返す統合失調症患者と、疲弊する家族
CASE12 ゴミが散乱する劣悪な環境で、父親を一人で介護する独身の長男
CASE13 終末期に至ったわが子をもつ両親から、攻撃的な言動に追いつめられるナース
CASE14 終末期の患者・家族に深くかかわりすぎ、スタッフから疑問を呈されたナース
CASE15 家族と介護スタッフ相互のマイナス感情を、修復できなかったナース