医療倫理学の方法
原則・手順・ナラティヴ

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原則論・手順論・物語論から倫理的問題を分析・検討する系統立った方法を軸に据えた,医療倫理学の入門テキスト。[総論]で医療倫理の歴史と方法論を学習し,[各論]では,死と喪失,性と生殖,個人の権利と公共の福祉,研究と先端医療のテーマに分け,ケーススタディにより倫理的問題をどのように検討すべきかを具体的に考える。
宮坂 道夫
発行 2005年03月判型:B5頁:276
ISBN 978-4-260-33395-5
定価 3,080円 (本体2,800円+税)
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  • 目次
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第1部 医療倫理の歴史
 [第1講] 古代から近代の医療倫理の変遷
 [第2講] 現代-患者の権利の時代へ
第2部 医療倫理学の方法
 [第3講] 基本的な概念と構造
 [第4講] 三つの方法論-原則・手順・ナラティヴ(1)
 [第5講] 三つの方法論-原則・手順・ナラティヴ(2)
第3部 死と喪失
 [第6講] 死と喪失についてのレビュー
 [第7講] 告知-深刻な診断を知る,それを伝えるということ
 [第8講] 尊厳死-最後まで生きる,その人にかかわるということ
第4部 性と生殖
 [第9講] 性(セクシュアリティ)について
 [第10講] 生殖について
 [第11講] 障害児の出生を「防ぐ」ということ
第5部 患者の権利と公共の福祉
 [第12講] 患者と第三者の利害の対立
 [第13講] 自己危害と他者危害
第6部 医学研究と医療資源
 [第14講] 生体と医療資源
 [第15講] 医療資源の配分と医療情報
あとがき
[資料]
索引

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この本いかがですか? (雑誌『助産雑誌』より)
書評者: 斎藤 有紀子 (北里大学医学部医学原論研究部門 法哲学・生命倫理)
 医療倫理や倫理教育に関心をもつ人から,しばしば,「一冊で一通りのことがわかる良いテキストはありませんか」とたずねられる。医療倫理の歴史,理論,具体的問題とその解決策,論点の整理と網羅的解説,ポイントを押さえたQ&A,ひいては試験問題作成の手引きにもなるようなもの。「最低限知っておく必要があること」 「問題が起きた時に参照すれば答えが導き出せるもの」,それが,コンパクトに一冊にまとまっていることが現場で期待されているようである。

 そのようなテキストを探すことは難しい。しかし本書は,思考の「方法method」に焦点をあてることで,結果として,読み手が上記の成果を引き出せる,日本における数少ない文献に仕上がっている。

 全体の構成は,総論と各論に分かれている。総論では医学史にそって医療倫理の歴史が語られ,欧米の出来事だけでなく,従来,倫理のテキストでほとんどとり上げられてこなかった戦争,薬害エイズ,ハンセン病問題にも触れられる。

 続いて,医療倫理学の方法論が解説される。倫理問題を検討するには,「人物と議論の評価の区別」 「根拠の明示」 「事実と評価の区別」 「事実と評価の吟味」が重要であることが述べられ,さまざまな立場の人が問題を共有し,意思決定につなげていく方法論として,原則論・手順論・ナラティヴが紹介されていく。複数の理論・方法論が「相対的に」紹介されることで,読み手自身も自らの思考のあり方を考える契機になる。

 各論では,具体的問題が例示され,原則論・手順論・ナラティヴ,それぞれの視点から,論点の整理と解説が行なわれる。示されるのは,解答ではなく,さらに自分たちで考えるための手がかりであるが,思考のプロセスが披露されているので,「倫理的思考ってどういうもの?」と思う人にもわかりやすい。

 深刻な診断の告知,尊厳死,患者のセクシュアリティ,生殖補助医療,障害胎児の中絶,感染症と他者への危害,認知症と自己危害,医学研究,動物福祉,人体の資源化など。3つの思考methodが,それぞれの問題にどのようにアプローチできるのか。本書は,そのプロセスを目前で,わかりやすく披露してくれる。

 医療倫理の,いわば展開図を描いてくれる本書であるが,しいていえば,本文のレイアウトに,もう少し気持ちを行き届かせてほしかった。1頁に収まりそうな例題が,2頁に渡って枠で囲まれていたり,段落の見出しやタイトルが頁の最後に付いているなど。頭のなかを整理しながら読み進めている読者にとって,視覚的に思考をとぎらせてしまう箇所が散見される。せっかくのB5判が生かしきれていないのではないか。書評で本の形態を問うことは本質的ではないかもしれないが,この本の魅力を十分に引き出すために,レイアウトは重要な要素と思い,こだわってしまった。

(『助産雑誌』2005年10月号掲載)
書評 (雑誌『看護教育』より)
書評者: 立岩 真也 (立命館大学大学院先端総合学術研究科教授)
 半期の授業分,15講構成になっていて,図版があって,同時に,文章は文章として一人で読み通せるように作られている。教える側はよい教科書がほしいと思うが,なかなかない。わかりやすく,バランスをとって,言うべきことを言うのは,ただの本を書くより難しい。著者は,この困難な仕事にとりかかった。ありがちな共同執筆によってでなく,一貫した姿勢で,一人でこの本が書かれた。

 特徴の一つは,そして意義あることだと思うのは,歴史に相当の紙数がさかれていることだ。第1部(第1講・第2講)の「医療倫理の歴史」があり,第12講でも,著者が年来関心をもってきたハンセン病者,精神障害者に関わる歴史が辿られる。知った上で事実をどう位置づけるのか。これはなかなか難しい。だがそれでも知っておくべきことを知っておくことは必要だ。また第9講「性について」も,教科書の類には従来あまり取り上げられなかったところだと思う。

 さて,教科書はあくまで教科書として評すべきなのだろうが,そこからずれて,一つ。「自律尊重」「無危害」「恩恵」「正義」(米国型),「自律性」「尊厳」「不可侵性」「弱さ」(欧州型)と,各四つ示される「医療倫理の四原則」(p.50)相互の関係である。多くの教科書や概説書でもこうして列挙されるのだから,これらをまず挙げて先に進んでいくのは,まったく正統な進め方ではある。だがこの四つはいったいどういう四つなのだろうと思うことがある。さらに米国流と欧州流の二つの四つがあるから,なお複雑だ。私は,もっと整理できるし,並列でない形で複数を位置づけられるのではないかと思ってしまう。だが,これは著者に言うべきことではない。

 もう一つ。これは著者に独自な枠組だが,「原則論」「手順論」「物語論」の関係である。著者は「相互に関連し合うものとして考えるべき」とするとともに,「倫理原則を軽んじることがないよう強調しておきたい」と言う(p.77)。その通りなのだが,もう少し考えておくことが残るように思う。「原則論」と「手順論」との関係は比較的わかりやすい。「原則論」と「物語論」との関係はどうなっているか。「物語論」は,まず事態・問題をとらえる方法だろう。原則は原則として大切だが,本人が思っていることも大切だ。ある人についての指針を検討する際,その人の思いを知ることが大切だ。以上はまったくその通りである。そして一人ひとりの物語を尊重すること自体が,倫理原則から支持される。これもわかる。

 ただ実際に検討され記述されるのはこうした事々だけでもない。患者,医療従事者,家族各々の「物語の不調和」(p.74)をどうするかといった問題が,各主題に即して,検討される。さてどうするか。共通性がないと思われていた二つの共通点を探すといったことが有効な場合があることが示される。なるほどと納得する。ただ,そんな場合だけでもないだろう。例えば自らに対する否定的な「物語」があったとしよう。その人はそのままでは,様々な可能性を自ら閉じて,死んでしまう。「自律尊重」はそれを支持するかもしれない。しかしその物語を維持することはないではないか。というか,そのままにしておくことはないではないか。そう思い,物語の「書き換え」を求めることがあるとしよう。むろんうまくいくかどうかはわからない。だが実際そんな「書き換え」が起こることはある。こうしたことをどう考えるか。もちろんこれに反対の立場もある。つまり,そんなことは「押し付け」だと言うのである。他方,このような「書き換え」の経験・行いを肯定するとしよう。すると,それは「自律原則」を第一としないということを意味しないか。つまりここでは,先に並列された「原則」の間の関係が問われてしまっている。こうしてどうしても私たちは,普通はその解を教科書に求めてはならないのだろう問いの前に立ってしまうことになるのである。

(『看護教育』2005年6月号掲載)
医療倫理の問題を検討する方法論を提示しようとした画期的な試み
書評者: 白浜 雅司 (三瀬村国民健康保険診療所)
 宮坂道夫先生が書かれた『医療倫理学の方法 原則・手順・ナラティヴ』が出版された。日本の医療倫理学の本は,個々の問題についてどのように考え対応するのかという方法論について書かれたものが少なく,画期的なテキストの誕生である。

 最初に,医療倫理の考えが出てきた歴史的背景が概説されているのがいい。歴史の反省のなかから,今日の医療倫理の考え方は生まれている。そのことを,多くの写真や資料をもとに退屈させないようにまとめられている。医療の負の部分が強調されている気がしないでもないが,人体実験,ハンセン病,エイズなど,日本の医療従事者になる者が知るべき問題は網羅されており,医療倫理を学ぶ心備えになっている。

 次に,この本の根幹である「原則論」「手順論」「物語論」という三つの視点から問題を検討する方法論が提示される。最初に手順論によって問題点を網羅・整理し,次に原則論と物語論の視点から倫理的問題の焦点について掘り下げて検討する,という構成である。初めての学習者にも医療倫理の諸問題を検討する筋道がわかるように,難しい言葉の解説や,ガイドライン,法律などの資料も豊富である。

 ただ私は,問題を考えるための原則が,ていねいに提示されすぎているため,学習者がそれらの原則の知識があれば,倫理的な問題が解決できるように錯覚してしまうのではないかという懸念を抱いた。また,原則論を補うための物語論も,一般的に関係者の思いを類推するまでで,その個々の事例の背景をくみとるまでにはいたっていない気がした。しかし,それは臨床家と倫理専門家の立場の違いかもしれない。臨床家は,患者・家族の表情を実際に見ながら,彼らの思いを聞く(すべての本音は聞けないにしても)手段をもっているからである。

 後半は,死と喪失,性と生殖,患者の権利と公共の福祉,医学研究と医療資源という大項目のもとに,告知,尊厳死などの大切なケースが提示されていて,今日の医療倫理の問題が大体わかるようになっている。

 限られた時間と人的資源のなかで,医療倫理教育にかかわる者の1人として,このようなしっかりしたテキストが出たことを喜びたい。この本を読んだうえで,学習者が実際に直面して対応に困ったような事例を,倫理専門家と臨床家が協力して検討し,学習者が広い視野で考えたうえで,自分なりの対応を見出したときに,宮坂先生がこの本を書かれた目的が達成されるような気がする。

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