初心者にこそ薦めたい,現代性に満ちたテキスト
書評者:宮本 真巳(横浜市大看護短大部・精神看護学)
アディクションアプローチという簡潔な題名は,本書の内容をよく言い表している。そして,精神保健に限らず,保健医療領域で仕事をする看護職やそれ以外の専門家にとって,本書は格好なテキストとなるだろう。ただし,おそらく読まれ方は多様で,本書の内容に抵抗を覚える専門家も少なくないと思う。
◆イネーブ...
初心者にこそ薦めたい,現代性に満ちたテキスト
書評者:宮本 真巳(横浜市大看護短大部・精神看護学)
アディクションアプローチという簡潔な題名は,本書の内容をよく言い表している。そして,精神保健に限らず,保健医療領域で仕事をする看護職やそれ以外の専門家にとって,本書は格好なテキストとなるだろう。ただし,おそらく読まれ方は多様で,本書の内容に抵抗を覚える専門家も少なくないと思う。
◆イネーブリングという逆説
本書のキーワードである「アディクション」とその訳語である「嗜癖」という概念は,少しずつ世に知られるようになってきたが,医療の世界で必ずしも共有されてはいない。一昔前のように,アルコール依存症や薬物依存症を中毒に見立てるのではなく,依存症として捉えることまでは医学の常識となった。しかし,飲酒のほかに賭博,浪費,暴力,摂食障害など,社会生活を脅かす執拗な繰り返し行動をアディクションとして包括的に捉える発想と,それに基づく専門的な援助方法が,臨床の現場に十分根づいたとは言えない。
アディクションアプローチの浸透しにくさを代表しているのが,「イネーブリング」という概念だろう。アディクションアプローチでは,嗜癖患者への援助よりも,問題を持ち込んだ家族への援助に重点を置く。ただし,援助の内容は家族が患者の世話から手を引くよう勧め,手を出さずにいられる方法を一緒に考えることである。それは,嗜癖患者のためを思う家族の行動が病気を支えてしまうという理由からであり,専門家もまた同じ理由から,患者の回復を遅らせてしまう。
◆思わず保護に走ってしまう援助者自身の問題
そこで筆者は,悩み多き若手訪問看護婦を登場させ,カウンセラーならではの共感を示しながら,専門職がイネーブリングにはまっていく道筋と,そこから脱けだす方策について懇切丁寧に説いている。
一方で筆者は,心理臨床家の立場から,看護職,とりわけ訪問看護の担い手に寄せる期待について,若干の危惧を交えながら語っている。看護職は,人の命を守るという大儀名分により,身体性とプライヴァシーの壁を突破できる。さらに,訪問活動を通じて家族の閉鎖性に風穴を開け,“ホームナース”の役割を果たす可能性も秘めている。しかし,看護職が,他の援助職にはないこうした“特権”を乱用すれば,患者や家族の自己決定を妨げ,まさにイネーブリングにはまり込むことになる。
アディクションアプローチの要点は,専門家が患者や家族への余計なお世話をやめて患者の問題は患者に,家族の問題は家に返すことである。それが看護者にとって簡単なようで難しいのは,患者の個人的な精神病理に眼を奪われてきたからだろう。アディクションを家族背景や生活状況から切り離して個人病理と見る限り,患者の保護という役割から降りられない。病人には何よりも保護が大切だという固定観念と,思わず保護に走ってしまう援助者自身の問題に気づくことの重要性を筆者は指摘している。
◆セルフケアを促進する方法論として
「キュア」から「ケア」へという最近よく耳にする標語は,医学偏重への警鐘にはなるが保護の偏重を助長する危険もはらむ。今求められているのは,他律的ケアから自律的ケア,すなわちセルフケアに向かう流れを作り出すことだろう。看護界でもセルフケアの重要性が指摘されて久しいが,医師や看護者の指示通りに行動することがセルフケアだという誤解も根強い。患者の自己決定を尊重した対等の話し合いが根づくまでには時間がかかりそうだが,アディクションアプローチが,これを促進する方法論であることは間違いない。
本書は,保健医療の現状に染まった人には抵抗があっても,初学者にとっては,日常的な人間関係と専門的な援助関係の関連を解きあかすわかりやすい本だと思う。旧世代の試行錯誤と悪戦苦闘の跡が滲み出た本書を出発点にした人たちが,この先どこまで行けるか見届けていきたい。