研修医のための
リスクマネジメントの鉄則
日常臨床でトラブルをどう防ぐのか?

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医療訴訟などの医療紛争は日本でもめずらしくはなくなった。しかし、そのような事故をどう予防し、いざ事故が起こった際にどう対応するかについては、十分な教育が行われているとはいいがたい。本書は、まだ臨床経験の乏しい研修医のために、医療現場におけるリスクマネジメントの基本をわかりやすく記したもの。日米の問題症例を紹介しつつ、明日から役立つ具体的なアドバイスを伝える研修医必読の1冊。
田中 まゆみ
発行 2012年04月判型:A5頁:168
ISBN 978-4-260-00439-8
定価 2,750円 (本体2,500円+税)

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  • 序文
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 2004年に米国から帰国したとき,非常に驚いたことの1つがリスクマネジメントの日米の差であった。
 帰国する前に,「日本では,医者の医療過誤で患者が死亡すると民事だけでなく刑事でも裁かれるから,お母さんが逮捕されたというニュースが流れても驚かないように」と家族に申し渡してきたぐらいであるから,日本の医療関連法が医師に厳しいことは覚悟のうえであった。米国の公衆衛生大学院で医療倫理と医事法を学び*1,米国で臨床研修を受けて,こわいと思っていた訴訟社会米国での医療事故関連の訴訟は実は民事のみで,「起訴」「逮捕」などの刑事事件になることはまずないこと,米国での研修医の医師免許は施設限定であり医療過誤から法的に保護されていることなどを知り,むしろ日本の医師(特に未熟なまま一人前の免許を渡される研修医)のほうが刑事訴訟リスクが高いことは承知していた。
 はたして,日本の医療現場では「患者・家族との信頼関係」が強調される一方で,正しいインフォームド・コンセントの取り方の手順が必ずしも系統的に実践されておらず,患者本人の意思よりも家族の意思が優先されることも(稀な例に遭遇しただけかもしれないが)あった。特に研修医は,自らの医療行為はもちろん,態度や言動がどのような法的リスクを招いているのか,また,患者・家族の要求のどこまでが正当な患者の権利で,どこからが不当な期待過剰なのかを学ぶ機会に乏しいようであった。
 「アメリカと日本では文化も違うし法律も違う」とは,よくいわれることである。しかし,近代法は近代的自我の確立が基盤となっていて,これは日本の法体系にも貫かれている。法によって裁かれる側の医療者が,法によって保護されている患者・家族に,「自己決定」を促すことから始めなければならない(「同意書」を取るための説明が典型例)のは確かに大変な荷重だが,その過程を飛ばしてインフォームド・コンセントは成立しない。また,正しい手順を踏まないインフォームド・コンセントに基づく医療は,信頼関係云々以前に,非倫理的であるといえる。
 「日本文化に訴訟はなじまない」といわれたのは遠い昔のこと。それどころか,日本の「医師法第21条」と日本法医学会の「異状死ガイドライン」は,民法でなく刑法で医療行為を裁くことを容易にしており(すなわち,患者/家族がではなく警察/検察が医師を起訴する閾値が異常に低い),日本の医師はこれらの法体系に対してあまりに無防備に行動している*2
 日本法医学会の「異状死ガイドライン」に対する私の危惧は,福島県立大野病院産科医逮捕事件*3で現実化した。無罪が確定し,法務大臣が記者会見して「医療事故の真相究明については,第三者機関が専門的な判断を下すようにし,刑事訴追は謙抑的に対応するべきだ」と述べたことから,医療界には安堵の雰囲気が広がったが,実は本質的問題はいっこうに解決していないのである*4
 本書の出版は,そのような危機感から実現した。何よりも,若い研修医の皆さんが無知から医療訴訟に巻き込まれることのないように,社会人として「自分の身は自分で守る」自覚をしっかりともって医師人生を始められるようにとの願いがこもっている。
 「リスクマネジメント」というと,もう耳たこ,インシデント・レポート書きはゴメン,と思っている方にこそ,本書を楽しんで読んでいただきたいと思う。そして,本書で取り上げた症例については,テーマとなっているそれぞれの疾患についてレビュー文献を読まれることをぜひお勧めする(それがほんとうにリスク回避に役立つ基本知識となる)。

 2012年3月吉日
 田中まゆみ


*注1:インタビュー「これからの患者-医師関係 ジョージ・アナス氏に聞く」.週刊医学界新聞2383号および2384号,医学書院,2000.
*注2:田中まゆみ:新春随想.週刊医学界新聞2615号,医学書院,2005.
*注3:2004年12月に福島県立大野病院産婦人科で帝王切開手術を受けた産婦が死亡した件で2006年2月に執刀医の一人が業務上過失致死および医師法21条違反の疑いで逮捕,翌月起訴され,2008年8月20日福島地裁で無罪判決,検察は控訴を断念し無罪が確定した事件。
*注4:日医総研シンポジウム「更なる医療の信頼に向けて-無罪事件から学ぶ」2011年7月24日

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第1章 医師に求められるリスクマネジメント
 受診は,「危険を承知で検査や治療を受けること」でもあることを患者に説明しよう
 日本固有の医療風土-パターナリズムと医療側のおごり
 なぜ患者は「裏切られた」と感じるのか?
  -医療側・ジャーナリズム・患者による楽観主義の醸成
 医療技術の進歩が,患者に過大な期待を抱かせている
 医師が行うべきリスクマネジメントの基本事項
 医事紛争の伏線は,小さな行き違いや不信感の積み重ねにある
 医療は準委任契約
 医療者の法的義務
 医事紛争→判決確定までの流れ

第2章 リスクマネジメントの基本としてのインフォームド・コンセントの手順
 いつ,何を,どう説明するか?
 医師の裁量権より患者の自己決定権が優先されねばならない
 患者の判断力を疑ったら,HDS-RかMMSEを施行する
 患者に判断力がない場合,医療代理人をどう選定するか?
 「患者の意思の最善の推量」をするのが医療代理人
 癌の告知を行う際のポイント-検査前に告知の意向を尋ねること
 終末期医療におけるインフォームド・コンセントとは

第3章 リスクマネジメントのABCD
 A:Anticipate(予見する)
 B:Behave(態度を慎む)
 C:Communicate(よく話し合う)
 D:Document(記録する)

第4章 検証-「リスクマネジメントのABCD」でケースをみる
 医療事故-それは誰にでも起こりうる;H研修医の場合
 I 刑事訴訟への対処:「業務上過失致死」の事実認定
 II 民事訴訟への対処:「不法行為」(過失責任)」を問いたいと家族が考えた理由
 III 根本原因分析
 IV 再発防止策

第5章 ケースで理解するリスクマネジメントの鉄則
 CASE 1 倒れていた老婦人
  昨日まで元気だったのに自宅で倒れ,右片麻痺・失語症で
  救急車搬送入院となった76歳の女性
 CASE 2 頭痛・嘔吐・視覚異常と低ナトリウム血症をきたした授乳中の女性
  頭痛・嘔吐・視覚異常で受診した,現在授乳中の34歳の女性
 CASE 3 金曜日の夜の酔客
  金曜日の夜に病院の救急入口にうずくまっているところを発見され,
  病院に運び込まれた,52歳男性
 CASE 4 外来検査中に呼吸困難をきたした老婦人
  軽い糖尿病以外,特に既往なく,血尿の精査のための膀胱鏡施行中に
  突然呼吸困難をきたした78歳女性
 CASE 5 不妊治療後に腹部膨満と腹痛をきたした32歳女性
  不妊治療を受けてほどなく腹部膨満をきたし,
  産婦人科主治医の指示で救急受診した32歳の女性
 CASE 6 胸痛をきたしたアフリカ系アメリカ人男性
  高速道路を運転中,突然,胸痛で失神しそうになり,
  救急車で来院した48歳のアフリカ系アメリカ人男性
 CASE 7 せん妄をきたした老婦人
  COPDの増悪で緊急入院後,せん妄をきたした76歳の白人女性
 CASE 8 複視とふらつきで救急外来受診した42歳女性
  いつもどおりの朝食後,物が二重に見え出し,
  さらにふらつきと寒気を覚えたため,救急外来を受診した42歳女性
 CASE 9 低血糖と高カリウム血症をきたした糖尿病患者
  意識障害をきたしているところを隣人に発見され,
  救急外来を受診した62歳の男性糖尿病患者
 CASE 10 入院中に心肺停止した44歳女性
  激しい腹痛,食事の経口摂取困難,粘血便などの症状を
  コントロールするための入院中に心肺停止した44歳の女性
 CASE 11 体重減少と失神発作の74歳男性
  自宅で失神発作を起こし倒れた翌日,かかりつけ医を受診し,
  即入院と指示された74歳男性
 CASE 12 起き上がれない34歳男性
  尻餅をつき,腰痛で動けなくなったため,救急車でERを受診した
  34歳の男性

あとがき
索引

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新医師臨床研修のための必読書
書評者: 日野原 重明 (聖路加国際病院理事長)
 このたび医学書院から,田中まゆみ先生(大阪市にある北野病院は京都大学医学部の関連病院で,その病院の総合内科部長をなさっている)の『研修医のためのリスクマネジメントの鉄則――日常臨床でトラブルをどう防ぐのか?』というA5判168ページの本が出版された。

 田中先生は,京都大学医学部卒業後,京大大学院を出て,ボストンのマサチューセッツ総合病院で研修を受け,さらにボストン大学公衆衛生大学院を修了し,帰国後,聖路加国際病院の総合臨床外来を経て,現在は北野病院総合内科部長(北野病院は,大阪市にある京大医学部の関連病院)として勤務している。

 田中先生は,私が理事長をしている聖路加国際病院で2012年までの6年間一般内科の副医長を勤め,研修医の教育に携わってこられた。

 その後北野病院に移り,研修医の教育指導を通して,研修医が臨床の前線で患者を診療している中で,どうすればそのトラブルを防ぐことができるかを,いくつかの鉄則を示して警告される。その生の声がこの本である。

 本書は,研修医が,日本の法律体系を熟知しないことから起こる医療訴訟に巻き込まれないように警告したいという。内容は,次の5章に分類される。第1章は,「医師に求められるリスクマネジメント」。第2章は,「リスクマネジメントの基本としてのインフォームド・コンセントの手順」。第3章は,「リスクマネジメントのABCD(A : Anticipate―予見する,B : Behave―態度を慎む,C : Communicate―よく話し合う,D : Document―記録する)」。第4章は,「検証―『リスクマネジメントのABCD』でケースをみる」。第5章は,「ケースで理解するリスクマネジメントの鉄則」(これには12例の症例が紹介されている)。

 著者は,本書によって新医師臨床研修制度の根幹である「医師としての人格の涵養に役立たせたい」という思いを後記に書いておられるが,私は本書を研修のための必読の書として推薦したい。
研修医だけでなく,指導医,職員にも読んでいただきたい珠玉の一冊
書評者: 邉見 公雄 (全国自治体病院協議会長)
 このたび医学書院より『研修医のためのリスクマネジメントの鉄則――日常臨床でトラブルをどう防ぐのか?』が出版された。著者の田中まゆみ氏とは数回しかお会いしていない。いずれも研修医を対象とした研修会においてであったと記憶している。

 その研修会ではピカピカの研修医に対し,医療界のガイダンスやオリエンテーションをはじめ,医師としての基本的な姿勢,「今日からは学生ではなくプロフェッショナルな“ドクター”ですよ」と“刷り込み”的な講義が2日間続いた。この第1日目の講師に田中氏と私が前になったり後になったりして講演したのである。この研修会では,残念ながら先日亡くなられたCOMLの辻本好子さんも患者の立場から講演され,大変好評であった。田中氏については「どこかの看護系大学の教授かな」と思っていたが経歴を見てびっくり。大学の後輩ではないか。われわれ紛争世代が今もって悔やみ,コンプレックスを抱いている海外留学の経験もあるではないか。

 私の立場は,医療をできるだけポジティブに捉え,チーム医療の中に患者や家族も参加していただき,私が作った赤穂市民病院の“医療安全いろはカルタ”「と」の札「トラブルも 日頃の関係 ボヤで済む」に,という姿勢である。できるだけ楽しいホスピタルライフ,医療人としてのスタートを切って欲しいという話をボランティアの活動なども交えて紹介した。一方,田中氏の講演名は,本書の第3章のタイトルでもある「リスクマネジメントのABCD」であった。

 前置きが長くなってしまったが,本題に入ろう。本書の第1章にある「医師に求められるリスクマネジメント」は,患者を守り医療者も守るという大原則を忘れないという序論だけで目からうろこ,続くインフォームドコンセントの手順などは「そうだそうだ」とうなずくばかり。第3章に述べられている「リスクマネジメントのABCD」は,著者の長期間にわたる多彩な米国での経験に裏付けられた結論であろう。第4章では医療事故の訴訟や再発防止対策,第5章ではさまざまなケースでのリスクマネジメントが例示されている。長い医師人生の中で,多くの医師が,きっと一度は同様のケースに遭遇するのであろう。

 とにかく本書の著者田中氏の経歴を見れば,天理よろず相談所病院,マサチューセッツ総合病院,聖路加国際病院,そして現在の田附興風会北野病院と症例数と研修医など若手医師の多い医療機関ばかりであり,「研修医のためのリスクマネジメント」を著すのにこれ以上適任の方はいない,と考えるのは少し後輩への身びいき過ぎるだろうか? それは読んでから言っていただきたい!!

 研修医はもちろん,指導医の方々,院長を始め幹部職員の皆様方にお読みいただきたい珠玉の一冊である。

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