序
本書は,内視鏡医のための上部消化管内視鏡検査の手技・診断・治療に関する総合的なテキストである。
著者ら2人は,1971年以降,一緒に消化器内科の診療にあたり,ともに内視鏡検査に従事してきた。特に上部消化管については,1978年に細径前方視鏡によるパンエンドスコピーを提唱してから30年余にわたり,それを実践してきた。本書はその経験を基に執筆したものである。
医学の細分化とともに多数の専門家の手による分担執筆の書籍が多い昨今であるが,関東逓信病院消化器内科・NTT東日本関東病院内視鏡センター・多賀須消化器科・内科クリニックで,同じ理想を目ざして働くうちに身に付いたすべての事柄を,過不足なく記述するように努めた。シェーマを多用し,文章を吟味して,わかりやすい記述を目論んだ。
掲載してある341葉の内視鏡写真はNTT東日本関東病院内視鏡センターの症例から精選されたものであり,40個の図で示した症例の集計は,電電公社関東逓信病院時代の1972年から2006年にわたってデータベース化した163,648件に及ぶ資料を解析したものである。御協力頂いた多数の先生方のお名前は一覧表に掲げてある。心から御礼申し上げる。またデータベースの集計方法については末尾(注)に記した。
われわれのグループは早い時期から偶発症に正面から向き合い,被検者の苦痛を最小にすべく,医師も内視鏡技師諸兄姉ともども努力してきた。リスクマネジメントの実際について,彼ら,彼女らの意見も加えて,多くの紙数をさいた。
本書は前著『パンエンドスコピー(医学書院,1994)』同様に基礎的な事項について詳細に述べているが,その内容は大幅に改訂した。内視鏡に上達するための捷径と考えるからである。
内視鏡診断に関しては,われわれの経験に加えて,学会誌や専門誌を渉猟し検討して,納得ができた内容を取り入れた。早期胃癌診断の成功を支え,発展してきた
『胃と腸』 誌上で論じられた事柄は,もれなく採用したつもりである。
H
2ブロッカー・プロトンポンプ阻害薬の登場,US・CT・MRなどの画像診断の進歩,
H. pyloriの発見は消化管疾患の診療に革命的な変貌をもたらした。慢性胃炎や消化性潰瘍など,近年ややないがしろにされて事項を簡略化してはどうかという意見も出たが,それらの理解は今後の発展に必要と考えて,敢えて遺してある。
ESDを中心とする悪性腫瘍の内視鏡治療については,原理を述べるに止めた。拡大観察,NBI観察,超音波内視鏡についてのわれわれの経験は乏しいので,ごく概略を記述するのにとどめた。原稿が完成してから出版まで諸事情で時間がかかったので,2005年以降の文献は,参照はしているが掲載していない。
最近,日本消化器内視鏡学会前理事長・丹羽寛文先生著『消化管内視鏡の発展を辿る(考古堂,2009)』を御恵与いただいた。それを拝見すると,よくも遙かな道を歩んできたものかなと感慨を新たにする。本書の内容は紛れもなく多くの先達と仲間の努力の成果であり,それが正しく後継の諸兄姉に伝達されることを祈って止まない。
(注)【データベースの集計方法】
1972年4月から2000年12月までは,院内医療情報室の協力を得て上部消化管内視鏡検査の所見をEDPS(electronic data processing system)用の用紙に転記してデータベース化し,汎用大型コンピューターを使用して集計した。2000年12月4日に全病院に電子ファイリング・システムが導入されたことに伴い,それ以降2006年3月までの症例は,電子ファイリングを利用した。
2000年12月以前の29年間の132,154件,ファイリング以降の6年4か月間の検査31,484件,合計163,648件の上部消化管内視鏡検査のデータを集計の母数とした。
この間に電電公社の職域病院であった関東逓信病院から,一般開放されて地域拠点病院であるNTT東日本関東病院に移行し,利用者の層も数も大幅に変化し増加した。時代とともに疾病の考えかたや分類に変化があって,電子ファイリング以降のデータの利用は一部に止めざるを得なかった。したがって総計の数字に齟齬があることを諒とされたい。
当然複数回受検している事例は多数にのぼるが,同一患者については同一年内に行った検査のうちでその患者の診療上で最も主要と考えられる検査時のデータを採用してある(特殊な病変の年齢分布は,初回診断時の年齢によった)。
2010年1月
多賀須幸男
櫻井 幸弘