本書発行によせて-神経文字学への想い
編者 岩田 誠・河村 満
河村 岩田先生,『神経文字学』という本が出るわけですが,先生が主宰なさった第47回日本神経学会総会で,「神経文字学」というシンポジウムをご企画なさって,先生と私が司会をしましたね。そのとき,この本の著者の何人かがそこで発表し,議論したことが出版のきっかけでした。
岩田 いつかは「神経文字学」というテーマのもとで,ディスカッションをするとか,本をつくるとか,国際会議を開くなどということをやりたいなあと思っていたのです。たまたま昨年,私が神経学会の会長をやることになったので,20年来の自分の思い入れでシンポジウムをやりました。
私も,これに関する本をつくるということを考えてはいたのですが,河村先生が「これを本にしよう」と言ってくださったので,ムラムラッとその気になりました(笑)。夢に思い描いていたことが実現して,非常にうれしく思っています。
河村 その神経文字学というものについて,先生にはかなり思い入れがおありになるということですので,そこを教えていただけますか。
岩田 私が,読み書きの障害をもっている患者さんに出会ったのは,今から30年以上前の話なのですが,そのときに,日本の文字と欧米の人たちの文字というのは,ずいぶん違うのだなと,脳の障害を診ながら感じたのです。人間の脳は,アメリカ人だって,フランス人だって,日本人だって同じはずで,同じ働きをしているのだけれども,実際に働いている脳の部位は必ずしも同じではない。だとすると,これは何だろうと思って,そのときにハッと「これが文化か」というふうに思ったのです。
当時から,神経科学では神経回路をどうやって解き明かすかということに主眼が置かれていましたし,まだ遺伝子という概念はなかったけれども,働きというのは,こういう構造,こういう性質をもっているから決まるのだというふうに,何かその根底にケミカルな変化があると,皆,感じていたのですが,文字に関してはどうもそうではないらしい。同じ場所に損傷があっても,欧米の人と日本人では,ぜんぜん違う現象が出てくる,そこに非常に興味をもちました。
人間が生まれたときにはまだ決まっていなくて,その後だんだんと社会的な学習で獲得してくる能力というものがあって,それが脳の中でどう営まれているのかは,文字を調べていけばわかるだろうと思ったのです。そしてある時期に,「神経文字学」などという言葉を創るに至ったのですが,文化の背景みたいなものを獲得する,その脳科学を研究したいと思ったことが根底にあります。
河村 先見の明があったと思います。1970年代の神経学を思い起こしてみますと,私はちょうど卒業したばかりの頃で,なんといっても中心にあったのが運動障害の神経学でした。例えば錐体路徴候,錐体外路症状,小脳症状などです。対象疾患としては筋萎縮性側索硬化症,Parkinson病,脊髄小脳変性症などで,多くの患者さんを診ることができました。ただ,そういう疾患と文化との関連は,ほとんど注目もされていなかったですね。神経学の中で文化を論じた論文もそうたくさんはなかったと思います。ですから,先生がそういう意識をもたれていたことに,たいへん驚嘆するのですが,何か理由があったのですか。
岩田 一番大きな理由は,たぶん私の師匠である豊倉康夫先生が,そういう目でものを見ていらしたということでしょうね。私が今でも忘れられないのは,新潟で椿 忠雄先生が主宰された「脳のシンポジウム」のときに,豊倉先生が発言されまして,脳の研究にはまだこれからの部分が多いとしながら,「そのうちに,科学者だけでなく,すべての人が,脳を中心にして考えるだろう。今は脳科学者が脳を考えているけれども,文学をやる人も,音楽,社会学,経済学をやる人たちも,皆,脳を中心にして考えることになるだろう,なぜならば,そういったことはみんな脳がやっていることなのだから」,そうおっしゃったのです。そのときに,私は「ああ,そうだ!」と思ったのです。それが非常にシンボリックなイベントだったわけですが,豊倉先生と毎日いっしょにいて聞いていたので,豊倉先生の頭の中にあったものが,そのまま僕の頭に刷り込まれたんでしょうね。自然な流れで,そういうふうに考えただけです。
河村 脳という臓器に対する豊倉先生のもう1つの見識として,コミュニケーションのことがありますね。脳と脳とは会話するけれども,腎臓や心臓同士は会話しないということをおっしゃっていたともうかがいましたが,それはどういうことなのですか。
岩田 僕の記憶に残っているのは,「脳というのは異なった個体の中の,臓器同士でコミュニケーションできる唯一の臓器である」と最終講義のときにおっしゃったことです。コミュニケーションは,豊倉先生にとっての1つのキーワードで,コミュニケーションとはどういうものなのかを常に考えていらしたのだと思います。
何かの本で,「文化とは何か。文化とはコミュニケーションである」と書いてあるのを見たことがありますが,僕もそういう感覚をもっていたのです。要するに,1つの生命体が個として生きている限り,文化というものはないですよね。そこに他人が存在することで,それが見えていなくても,その見えていない個体とコミュニケーションすることになって,それで何かを創る。それが文化です。そのコミュニケーションというのは,人間がもっている能力として,ものすごく大事なもので,それはこの大きな脳がやっているのでしょうし,生まれたときにはまだ決まっていないような仕事をするようになる,その素地をつくってくれている。その素地までは遺伝子なのでしょうけれども,そこから先は育ちなのだろうと,そのときに思ったのです。
人の遺伝子というのはそれほど変わらないはずなのに,文字を使うようになったのは,人類の進化史からいったら10%もない,本当に短い時間です。しかし,その短期間にすごいことをやってしまったわけです。それこそ,人間がそれで滅びるかもしれないような文化を創ってしまった。
それはいったい何だろう。生物というのは,遺伝子で決まっている部分があるのは確かだけれども,中には「こういうことができますよ」という,能力の遺伝子というものがあるのではないかと,漠然と思ったのです。その能力には積み重ねがなければ,実際に「できますよ」ということにならない。能力があることと,実現できることはたぶん別ですから。そうすると,その能力を世代間で伝えていくことで,実現に向けて少しずつ積み重ねていくことになる,それが文化である。能力は遺伝子によって規定されるかもしれないけれども,文化を創っていくときには,能力の遺伝子が予測しなかったような方向にいってしまうということがあるわけです。
実際に世の中を見回してみると,インカ帝国のように高度な文化があっても文字がなかったということがあるわけです。たぶん,それはインカの人たちに文字を生み出す能力がなかったわけではなくて,偶然そういう機会に恵まれずに,文字なしで暮せてしまったということでしょう。それも1つの文化の形だろうと思うし,そうやって変化していく人間の能力というものは,やはり脳が規定しているわけですから,それが面白いなと思ったのです。
われわれは皆,能力をもっているけれども,ある外的な条件がそろわないと,その能力は出ずに終わってしまうということもあるのだと思います。それは,われわれの日常の知識としても,「恵まれない人」とか,「運のよかった人」という形で言っているわけですが,それはたぶん,遺伝子でも同じじゃないのか。ものすごい才能をもっているのに,たまたまそれが花開かずに終わってしまうということは,いくらでもあるのではないかと漠然と思っていたのです。そういったことに,文字というのがぴったりあったという感じがしたのです。(2007年7月吉日 医学書院本社にて)