第2601号 2004年9月20日


《新連載》

感染症臨床教育の充実をめざして
-学生から専門医まで

〈監修〉青木 眞(サクラ精機顧問)

第1回
<インタビュー>

求められる感染症臨床の専門家
青木 眞 (監修者)


 感染症は,臨床医がどの専門科に進もうとも関係する分野である。ところが,これまで日本の医学教育の中では,感染症診療について体系的に学ぶ機会が少なく,専門家が育ちにくい環境であったという。そこで本紙では,感染症コンサルタントとして活躍されている青木眞氏(サクラ精機顧問)監修のもと,感染症診療の専門家を育てるためにはどのような教育が必要なのか,また現在どのような取り組みがなされているのかについて紹介する連載を企画した。

 初回は監修者の青木氏に,感染症の専門家に求められる役割と,その教育のあり方についてうかがった。


■感染症の専門家に求められるもの

感染症診療の軸

――これまで日本では感染症診療についての教育が体系的になされることが少なかったと言われますが,感染症診療を身につけるうえで大切なポイントとは,どのようなことなのでしょうか?

青木 感染症の教育や診療における具体的な軸というのは,第1に感染症を起こしている部位がどこであるかです。第2にそこに問題を起こしている微生物は何かということですが,時には微生物ではないこともあります。つまり,肺に影がある時には,膠原病のせいだったり,心不全のせいだったりということがありますので,感染症に限らず広く原因を考える必要があります。そして第3に,その第1と第2を整理したうえでの感染症治療薬の使用で,第4は感染症治療薬が効いているか,効いていないかの判断に工夫が必要であるということです。

 1番目の柱である,体のどこの部分に感染症があるかを探すのには,それなりの手法が必要になります。例えば髄膜炎だったら「頭が痛い」と言うかもしれないし,肺炎だったら「息が苦しい」と言うかもしれないし,腹膜炎だったら「おなかが痛い」と言うかもしれません。これらを上手に聞き出す,あるいは体を診察して見つけ出すといったことが求められます。こうした訓練が,学生のレベル,初期研修のレベル,後期研修のレベルのどの時点で完了しているか,あるいは完了していないかということが,感染症診療の教育,あるいは現場での問題になり得るわけです。現在ではモデルやビデオを使ったり,OSCEを使ったりして訓練されていると思いますが,これまでこのような教育が不十分であったということと,感染症診療がスムーズにいかなかったことは,まったく無縁ではないと考えています。

 一般的に,今の学生さんや研修医のプレゼンテーションは,「何歳の男性で,CRPがいくつなんですが……」と,突然検査にジャンプしてしまうようなものが少なくありません。しかし,きちんと患者さんから病歴を取り,身体所見を取るということができないと,感染症診療の1番目の軸である,どこに感染症があるかといったことも見つけられないわけです。

感染管理の専門家との違い

――感染症医の持つ役割とはどんなものなのでしょうか?

青木 実はこれが誤解されていることが多いんです。私がコンサルタントとして呼ばれますと,「院内感染で困っているんですが」と相談されることが多いんですよね。院内感染対策というのは,まったくとはいいませんが,インフェクションコントロールプラクティショナーという,別のプロフェッショナルの領域で,私はナースが担当するとよい領域であると思っています。彼らは患者さんや病院の空間をグループとして疫学的に観察をするスペシャリストなんですね。それに対して感染症科医の本来のミッションというのは患者さんの診療であって,特に,発熱原因のわからない人の診療であるとか,原因ははっきりしているけれども治療に難渋している感染症の診療です。もちろん抗生物質の選択,使用期間,使用のタイミングといったようなことに関してはドクターの領域なので,すぐれた訓練を受けたナースといえども踏み込みにくい部分で,こういうところではドクター,特に感染症の知識のあるドクターの専門性が求められる,あるいはインフェクションコントロールナースとドクターとの連携が必要になるんですね。

Doctors' Doctor

――青木先生は感染症コンサルタントとしてご活躍されていますが,感染症の専門家が求められる理由についてはどのようにお感じですか?

青木 この仕事が成り立つのは,患者さんからというよりドクターからのニードがあるからというのが実際です。患者さんからのリクエストでという仕事は,年に1回か2回ですね。もちろん,「自分の診療について心配だから,セカンドオピニオンがほしい」というような方もいます。ですがたいていは,ドクターが手を焼いて相談してこられるというケースが多いです。

――米国でも,感染症科医は主に,コンサルタントとしての役割を求められているのでしょうか。

青木 もちろんそうです。HIVが出るまでは,自分が主治医になるなんていうことはほとんどなかった分野です。Doctors' Doctorとして,主に入院患者についてのコンサルテーションが感染症科医の仕事だったわけです。HIV時代以前の感染症科にはもともと本格的な外来がありませんでした。

 私は,1984年にアメリカへ渡りました。83年にHIVが見つかって,やがて検査ができるようになった,そういう時代です。まだ感染症科医が外来をやるとか,主治医になるということはきわめてまれでした。だから,当時,私を教えてくれた感染症科の教授たちの仕事というのは,他の科に対するコンサルテーションです。それで彼らは,生活を成り立たせていたわけです。

 ある時教授に,「どういうふうにして,こうやって使ってもらえるようになったんですか」と訊いたら,「彼らに相談を受けるたびに,自分の判断や答えが正しかったという事実によってのみ,自分は今の場所を確立した」と言うのです。他の先生にはわからなかったことに,この先生はよく正解を出す,ということを繰り返し続けたことによって,自分の今のポジションはあるし,今日からたくさん失敗すれば,相談はこなくなるというわけです。

――厳しい世界ですね。日本でも,感染症科の先生方がそういった実績を積み上げていくことで,立場が確立される可能性が出てくるわけですね。

青木 そうです。相談するたびに患者さんの状態が悪化する,ということになれば,相談は来なくなりますよ。特に私たちが相談を受ける時にはすでに患者さんがひっ迫した状況になっていることが多く,それなりの緊張を強いられているんです。

■感染症の専門家を育てるために

総合診療科と感染症教育

――感染症教育の充実のために必要なこれからの課題について,お話しいただけますか。

青木 感染症だけでなくリウマチなどもそうですが,臓器横断的な領域ですよね。臓器横断的という意味では,実はもっとその前に洗礼を受けている領域があって,それが総合診療です。各大学で,総合診療科がどのように受け入れられてきたか,あるいはこれから受け入れられていくべきかということと,感染症科の発展という問題は,かなり密接に関係があると思います。

 総合診療科がベッドももらえなかったり,患者さんを診れなかったりするというところがあると聞いています。これを考えれば,感染症科が各臓器の専門家に受け入れられるのかといったら,現実は厳しいですよね。

 ただ医局を作って教授を置けば,その科が動いていくということはないと思います。では具体的に感染症診療を教えるのに,もし大学の中でやらなければならないのならどこがやればいいのか。私は総合診療科で教えるのが一番じゃないかと思っています。感染症は,ドクターが何科を選んでも関係してきます。そうであるならば,どの科に行くにしても通過しなければいけないプロセスに入れてしまったほうがいい。それがおそらく,卒前・卒後の比較的早い時期の訓練になるんじゃないかと思うんです。

 総合診療の重要な役割としてEBM的な考え方の基礎を教えることがあります。そういう基本的な勉強のしかた,情報入手の方法を知っている先生方による感染症診療は,見ていてもとても安心できます。抗生物質の使い方もきわめてオーソドックスです。総合診療科の中に感染症診療も含まれていけば,スムーズな教育がなされると思います。その中で,どうしても感染症をもっと深くまで学びたいという人が,感染症専門医になればよいのです。

スーパーローテーションで各科の日常の姿を見る

青木 私は,沖縄県立中部病院で初期研修を受けたことを,きわめてラッキーだったと思っています。というのは,もちろん感染症のすばらしい指導医がいたということもあるんですが,昔から沖縄県立中部病院の1年目は,スーパーローテートだったのです。ですから,外科領域,あるいは小児科領域をかなり診ることができました。

 詳しいことはわからなくとも,例えば手術というのはだいたいどんな感じではじまり,術中にはどういうことが行われ,どんな感じで終わり,問題が起きるのはだいたいどのくらいの時期であるか,ということが見えてきます。

 一見もとのように閉じられた傷の奥でどんなことが起こっているのかがわかる。たくさん出血した時に,いくらガーゼでふき取っても,顕微鏡的にはたくさんの血が残っています。そこはまさに,細菌の天国になります。そして,そこはすでに他の空間とは,ある意味でつながっていないので,抗生物質が届かないところです。だからこそ,手術のあとに抗生物質をいくらやっても術後感染症の予防にはならないわけです。

 婦人科でもそうです。子宮を取る時には,子宮のすぐ後ろに尿管が通っているから,乱暴な先生がやると尿管を傷つけることがあるんだということや,子宮がんというのはこんなに周りの臓器に影響を与えるんだということを見ていれば,子宮がん術後の患者さんの発熱を診る時にも,骨盤にどういった事件が起きている可能性があるかということが,解剖的に想像できるわけです。

 ICUでは,いろいろなカテーテルが挿入されます。動脈ラインが1本,スワンガンツが1本,中心静脈が1本,栄養カテーテルが1本,腹膜のドレーンが3本……,あわせて10本近い管が入っているような人を見ると,医療器具が関連した感染がとても多いということを,実際に経験するわけです。これがわかっていると,ICUから,「患者が,熱が出て下がらないんだけど」と相談された時に,問題の見え方,あるいは注意を払う際のフォーカスの仕方が違うんですね。

 救急室をやると,いかに救急のスーパー・スペシャリストがいても,血まみれで搬送されて来て,吐きまくっているようなところでの処置は,どんなに注意しても不潔になるんだという常識ができますよね。要するに緊急の処置,緊急の手術というのは,きわめて不潔になりやすいんだということを見ているわけです。

 感染症の専門家になるためには,実はそういった,各科の日常の姿が見えることがとても大事なんですね。感染症科医をめざすには,まずスーパーローテートをしっかり経験することが必要なのです。そして次に,内科の総合診療をやって,そのうえで感染症のトレーニングをする。さらに,感染症の専門家になりたければ,一般感染症を修めたあとに,HIVだけとか,肝移植後や,骨髄移植後の感染症などといった専門家になるためのトレーニングをしてもよいのです。

スーパーローテートの内実を担保するために

――いまのお話ですと,ちょうど今年から新しい臨床研修制度になって,スーパーローテートが必須となったことは,感染症科にとっては追い風ですね。

青木 スーパーローテートの内実が担保されていればですが……。外科のローテートの内実が,手術場にはあまり入れさせてもらえないで,手術前の病歴取りと検査オーダーと,術後の抗生物質オーダーしかやらせてもらえないような状態だったら,あまり意味がないかもしれません。

 スーパーローテートは,教える人がかなりきちんと内容をもたせないといけないし,学ぶ側も,ただ「今日も手術に入るなあ」と漠然とその日を過ごすのではなくて,自分はここをローテーションする時には,こういった目で勉強しなきゃいけないとか,こういうことを学ばなければいけないと,ある意味のエンドポイントを決めて,そこをローテーションする時の学習目標をはっきり持つことが大事でしょうね。

 沖縄県立中部病院でスーパーローテーションが実を結ぶのは,きわめて安全なかたちで,しかし1年目から診療に直接手を下すような仕組みを作っているからです。私も,1年目の時に30人の分娩をアシストしました。1人目の時と,30人目の時ではぜんぜん違います。1人目の時は,子宮頸部がどのくらい開いているかもわかりませんが,最後の頃には,自分で「もうすぐ,全開だ。分娩室へ!」ということが言えます。

 しかし,ベテランの先生だったらパッと終わってしまうようなことでも,右も左もわからない研修医にやらせると,3倍も4倍もエネルギーをとられるわけです。有名な研修病院では,指導医に入院患者のルーチン業務がない病院もあります。その場合,彼らに責任があるのは,ティーチングと外来だけなんです。入院患者は,基本的にレジデントたちが診るんですね。もちろん回診はしますが,1日中ベッドサイドに張り付いて点滴を入れたり,退院のオーダーを書いたり,退院先の老人ホームを探したりということはしないんです。だから十分なティーチングが可能で,勉強する時間もあるわけです。

 すでに日常診療で手いっぱいになっている医師のところに研修医がきたら,「研修医が来るのか。じゃあせいぜい使ってやろう」という感じになるかもしれません。ですから,場合によっては,研修医の仕事は退院サマリーばかりとか,点滴入ればかりにならないかなと心配ですね。ただ,そういった病院には,翌年は研修医が来ないかもしれないですが。

パートタイム・コンサルタント

――指導医が研修医に対して十分な指導を行える環境整備が必要ですね。

青木 そうですね。しかし,そうした指導医を病院ですべての科でフルタイムで雇うとなると採算がとれなくなります。ですから,科によってはパートタイマー的に専門家を雇う形になれば,研修医の教育にもいいし,おそらく病院も得をすると思うのです。

 今後,日本で感染症の専門家,あるいはリウマチの専門家といった人たちが,自分の生きていく場所を見つけるとしたら,教育病院でのパートタイム・コンサルタントのような道が,可能性としてあるのではないかと思いますね。

 しかし日本には,知的なものに対価を支払うという概念が,まだあまりないと言えるでしょう。そういう意味では,コンサルタントとしての仕事が成り立つにはまだまだ厳しい環境だと思います。内視鏡などの機器を持っていくことは大変評価されるんですが,患者さんに話しかけて,患者さんの体を触って診察するというようなことは,保険点数にならないんです。しかし,誰にでもできる喋りかけや,誰にでもできる診察で,他の先生方が解決できなかった症例について,所見を見出して,結論を出すためには,コンサルタントも勉強しなければなりません。そしてそこに至るまでの経費はかなりかかります。当然,自分の領域の実力がほかの先生よりも上でなければ呼んでもらえないのですから。私の感染症コンサルタントとしての仕事もサクラ精機の会長という理解者・サポーターがいてはじめて可能になっているのです。

 本シリーズでこれからご登場いただくような若い先生方も同様です。私も自分が自分であるためには,勉強をしなければなりません。

――ありがとうございました。次回は,感染症教育のために卒前でどのような教育がなされる必要があるのかについて,考えていきます。


青木眞氏
79年弘前大卒。沖縄県立中部病院,米国ケンタッキー大での研修を経て,93年米国感染症内科専門医認定。94年聖路加国際病院感染症科,97年国立国際医療センターエイズ治療・研究開発センター医療情報室長。2000年よりサクラ精機(株)学術顧問。フリーランスの感染症コンサルタントとして活躍している。著書に「レジデントのための感染症診療マニュアル」(医学書院)など。