第2576号 2004年3月15日


おきざりにされた健康

最終回

日本の労働者の健康

神馬征峰
(東京大学大学院・医学系研究科 国際地域保健学教室 講師)


2572号よりつづく

健康がおきざりにされる時

 「健康と人権」というテーマは固すぎる,読者が得られにくい,そんな壁を乗り越えるべく,比較的ソフトなタイトルをつけてはじまった本シリーズも今回で最後です。これまでは,健康だけがおきざりにされた,というよりも,人間存在そのものがおきざりにされ,同時に健康もおきざりにされてきた難民やホームレスの人たちなどの例を示してきました。
 私たちの多くは,これまで書いてきた例のいずれにも属しません。しかし,私たちにも,健康をおきざりにせざるをえないことがあります。医師に関しては「医者の不養生」という言葉があるくらいです。地域住民とてそれは同じです。1994年,平成の米騒動の頃,保健所で主婦相手の健康教育をする際,出席者が激減した日がありました。近くの米屋で「国産米が手にはいる」との情報があり,参加予定者の多くは米屋に流れてしまったからです。主婦たちは健康のための学習よりも,米を選んだのです。
 衣食住に余裕のある時は,「健康第一」と言いますが,いざ,食べるものがない,仕事がない,となると,健康への配慮は二の次になります。この視点から,身近にいる日本の労働者の健康について考えてみましょう。

仕事は命?

 2004年に入り,ようやく景気回復の兆しが見えはじめています。しかし,1990年代前半のバブル崩壊後,景気は後退し,「生と死」にもその影響がでました。1998年,完全失業率は4%台になり,2002年には5.4%にまで上昇してしまいました。それに呼応するかのように,1998年以来,5年連続,3万人以上の自殺者が記録されています。自殺は15-24歳,40-54歳の死因の第2位,25-39歳では第1位です。さらに40-54歳の中年男性の自殺は女性の5倍もあり,景気の後退や失業と自殺の増加には関連があると考えられています。
 死には至らないまでも,景気の後退が健康問題を引き起こしているという根拠も出はじめています。たとえば,不況が問題飲酒に関連しているとの推測がなされています。また,35-44歳女性の仕事に関する悩みやストレスの増加なども指摘されています。ただし,景気の後退が健康に及ぼす影響に関する科学的研究はあまり見あたりません。2000年9月に季刊誌「精神科診断学」(日本評論社)が「景気変動と精神医学」の特集を組みましたが,それまで日本には景気変動の健康影響に及ぼす影響について述べた論考は少ないと指摘しています。
 しかしながら,近年の自殺率の推移のデータをみても,労働者の健康は,過去10年,激しい社会の動きに強い影響を受けていると強く感じさせられます。「この不況下,健康どころの話ではない。会社の倒産をどう防ぐのか? どう生活を維持すればよいのか。まずはそれありき。健康のことなど考えるゆとりがない」,という声が聞こえてくるようです。

身近にせまる人権問題

 かつてネパールやタイの農村で,生活のためのニーズアセスメントをやったことがあります。いずれも衣食住が不十分な地域です。ネパールでは,調査した28村のうち,健康を最優先課題としていた村は全体の約2割でした。水,灌漑,教育のほうがもっと大事だということでした。昨年,タイ東北部のある農村では約1割の人だけが健康を最優先課題としていました。
 このことから,健康を優先課題にできる人の多い国は,ある意味で安泰であるといえるのかもしれません。しかし,ヘルスプロモーションのオタワ憲章には,「健康は資源である,目的ではない」とあります。健康であるに越したことはありません。しかし,たとえ健康に問題があっても,その問題を抱えながら,今ある健康を使って,生きがいを追求することができるような,そんな社会をつくりあげていくことが,今求められているのではないでしょうか。職がなくなっても,命を捨てないで済む,そんな仕組みが必要です。
 ホームレスの人たちについて書いた時,ある読者からこんな感想をもらいました。「この記事は日本のことについてですよね。それなのに関心を持つことに抵抗を感じました。他国についての記事のほうが安心して興味を抱ける自分に気付きました。自分が安全な場所にいると思えるからでしょうか」
 人権の問題は,自分から遠い所でそれが起こっている時には,安心して見ていられます。しかし,自分との距離が近づくと,心が揺さぶられます。それが自分自身の問題となると,いてもたってもいられなくなるものです。まだ止むことのない不景気,犯罪やテロリズムの恐れ……。人権にかかわる問題は,今後ますます私たちに身近な課題となってきます。その日に備えるために,今後より一層,私たちは人権の問題と身近に取り組んでいくべきでしょう。
(連載おわり)