第2572号 2004年2月16日


おきざりにされた健康

第6回

出稼ぎ外国人

神馬征峰
(東京大学大学院・医学系研究科 国際地域保健学教室 講師)


2565号よりつづく

見殺し

 関東某県のある私立病院に,地元の工場で働いているアフリカ出身の若者が受診しました。主訴はひどい食欲不振と疲労感です。
 「劇症肝炎ですね。治療費には最低でも100万円はかかるでしょうが,お金を用意できますか」
 「いまそんなお金はありません」
 「それなら,うちで治療することはできません。早く自分の国に帰って治療を受けてください」
 放置すれば命がない病状です。それなのに入院できない。自国に帰る,と言っても手続きに数日はかかります。その間,ただ病状が悪化するにまかせておけというのでしょうか。
 結局その若者は,2時間かけて在日外国人医療を熱心にやっている神奈川県のクリニックへ。対症療法を受けながら入院可能な病院を探し,1週間後になんとか入院しましたが,すでに手遅れで,入院4日目に亡くなりました。
 出稼ぎ外国人の健康をおきざりにする病院が,今,日本国内で増えていると言われています。医師は助けたいと思っても,事務サイドから収益をあげるように圧力がかかり,医療費の払えない患者は見放してしまう,日本は今,そんな国になってきています。超過滞在者イコール犯罪者という誤解・偏見も,その流れに拍車をかけています。犯罪目的で日本にくる外国人は確かにいるかもしれません。しかし,安い労働力を求める日本からの要望に応える形で日本に留まり,超過滞在せざるを得ない外国人もたくさんいるのです。

出稼ぎ労働者の苦難

 2003年12月13日号のランセット誌によれば,世界人口の2.9%にあたる1億7500万人が母国以外の国で生活しています。登録者だけの数です。その中には,難民なども含まれます。出稼ぎ労働者も含まれます。
 出稼ぎ労働者の多くは英語でいう3D労働(dirtyきたない,dangerous危険,degrading侮辱的)に甘んじます。単純労働者だけではありません。フィリピンでは2003年に,全医師の2.9%にあたる2000人の医師が看護学校に入り直しました。自国で医師をするよりも,外国で看護師として働いたほうが,給料が高いからです。
 出稼ぎ労働者が先進国に住みついても,ビザがきれると医療機関にかかりにくくなります。近くに住む,さまざまな国からやってきた人が,医療機関にかかれなくなる。病状を悪化させる。すると,そこに住むこと自体,大きな健康リスクとなります。一方,多くの国で,出稼ぎ労働者を守る保健制度には不備があります。そればかりか,先進国の人たちは,「出稼ぎ労働者は病気持ち」という烙印を押し,人権を侵害することすらあります。
 安い労働力だけが目当てで,労働力となる1人ひとりの健康への配慮が足りない状況。これを,なんとか変えていく必要があるのではないでしょうか。

未来を築くために

 安い労働力と言えば,それに関連して,米国の黒人公民権運動者ジェシー・ジャクソン牧師のインタビュー記事が,2003年11月6日号のバンコクポスト紙に掲載されました。
 バンコクポストの記者が聞きます。
 「タイや他の開発途上国の人権や労働権は,米国と同じ水準であるべきだと主張する人たちがいます。しかし,貧しい国で,そんな水準が適応されてもよいのでしょうか? 子どもも労働者も『生き残り』をかけて,働かなくてはいけないんですよ」
 ジャクソン牧師はこう答えます。
 「アメリカでもかつて同じようなことが言われていました。奴隷制度なしにアメリカは生き残れない。安い労働力なくしてアメリカ経済なしという時代が確かにありました。しかし,それではいけないということを,私たちは少しずつ学んできました。……安い労働力と人権を安易に取引きするような国はいけません。そんな国に将来はありません」
 安い労働力としての出稼ぎ労働者。お金を払えないからと言って,彼らを見殺しにする行為を許す国に将来はあるのでしょうか? 不況下にあえぐ日本。病院も例外ではありません。生き残りをかけているのはわかっています。しかし,例えば,NGO神戸外国人救援ネットはこう主張します。「在留資格がない外国人でも使える制度はいくつもある。個々のケースにより背景が異なるので,個別のケースに応じて,その対象者に適用できる制度を根気よく探せば必ず道は見つかります」
 その1つとして,明治32年に公布され,昭和62年に改正された「行旅病人及行旅死亡人取扱法」(医療費などが十分ないままに病気で行き倒れた人などを,区市町村が救護するための取り決め)などは,東京都や神奈川県などで,出稼ぎ労働者に適用されている例があります。
 日本の医療従事者は,あきらめてはいけないのです。将来なき日本にしないために。そして自分自身の心の中に後悔の念を残さないためにも。