第2572号 2004年2月16日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第33回

神の委員会(14)
Destination therapyに対する「しばり」

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2570号よりつづく

【前回までのあらすじ:連邦政府が運営する高齢者医療保険メディケアは,心不全治療を最終目的として左心室補助装置(LVAD)を埋め込むことに保険給付を認めた】

 心移植までの「橋渡し」ではなく,心不全そのものの治療を目的とするdestination therapyの適応がある患者は,毎年10万人は出現するだろうと言われている。Destination therapyの入院コストは,手術料を含めて1人当たり15-20万ドルかかると見積もられているので,適応のある患者すべてにLVADを埋め込むコストをカバーすることになった場合,メディケアは,毎年150-200億ドル(1兆6千億-2兆2千億円)という莫大な支出を負担しなければならなくなる勘定である。
 しかし,ただでさえ巨額の財政赤字を抱える連邦政府にとって,LVADのdestination therapyという,たった1つの医療行為だけに毎年150-200億ドルも支出することはできない相談であった。

莫大な治療費に対して連邦政府がとった方策

 そこで,連邦政府は,destination therapyに対する診療報酬の支払い額を,実際のコストをはるかに下回る額に設定した。
 具体的には,メディケアの入院診療報酬は,出来高払いではなく,DRG/PPS(診断群別包括支払い方式)(註1)という仕組みで支払われるのだが,連邦政府は,DRG(診断群)の項目525(心補助装置の埋め込み)にdestination therapyを含めるとともに,項目525に対する基礎給付額を25%増額し,7万ドルとした。しかし,増額されたとはいっても,LVAD埋め込みによるdestination therapyのコストをカバーするには足りず,病院側は,1例実施する度に,10万ドル前後の赤字を負担しなければならないのである。
 というわけで,病院側が赤字を覚悟してまで適応のある患者すべてにdestination therapyを施行するとは考えられず,実際上の施行数に大幅な「しばり」がかかると期待されているのである(註2)。さらに,メディケアは,特別に認定された医療機関でなければ,LVADによるdestination therapyを実施できないという新たな規則をも設け,実施医療機関を制限することによってもdestination therapyの施行に「しばり」をかけた(註3)。

医療の「配給」

 今回のdestination therapyに対するメディケアの給付決定は,人工心臓の「半永久的」使用への保険給付を決めたという意味でも画期的であったが,保険給付にあからさまな「しばり」をかけたという意味でも画期的な事件であった。一般に,欠乏している物資・サービスの分配に制限を加えることを「配給(rationing)」と呼ぶが,今回のdestination therapyに対する処置は,「施行すればするほど赤字が増える」という,負の財政的インセンティブを供給サイドに与えることで,「配給」の実現を企図したものである。
 このシリーズでは,これまで,スクリブナー・シャントの発明にはじまった人工腎臓実用化の歴史と,ジャービック7にはじまった人工心臓開発の歴史を対比してきたが,メディケアは,人工腎臓については,73年以降,適応のある患者すべてに透析を保険給付してきた(註4)。今回,メディケアは,人工心臓については,すべての患者に保険給付をすることは不可能だしする気もないと,人工腎臓の時とはまったく正反対の結論を下したのだった。

(註1)DRG/PPSについては拙著『アメリカ医療の光と影』(医学書院刊)を参照されたい。
(註2)Destination therapy用のLVAD製造メーカーとして唯一FDAの認可を得ているトラテク社は,メディケアが不十分ながらも保険給付を認めたことで,destination therapyは,年間5000-1万5000症例で施行されるのではないかと見積もっている。
(註3)認可医療機関となるためには,01年以降,「橋渡し」あるいはdestination therapyを目的とするLVAD埋め込み手術を15例以上施行していることが要件とされた。03年12月現在で,メディケアが認定した医療機関は47施設となっている。
(註4)透析がメディケアで保険給付されるようになった背景には,患者団体による粘り強い運動があった。特に,患者団体代表シェプ・グレイザーが透析機につなげられながら下院歳入委員会議場で証言し,患者にとって保険給付の有無が命の分かれ目となる実態をアピールしたことが大きな影響を与えた。