医学界新聞

 

おきざりにされた健康

第2回

「旬」の過ぎた地域の難民

神馬征峰
(東京大学大学院・医学系研究科 国際地域保健学教室 講師)


2550号よりつづく

国際貢献には「旬」がある?

 2003年7月,「イラク復興支援法」が成立しました。その時の国会のやりとりのなか,ある国会議員が「国際貢献には旬がある」という言葉を口にしました。
 私は今から7-8年前,パレスチナのガザ地区で働いたことがあります。1993年秋,イスラエルとパレスチナの間に和平合意が成立し,翌年ヨルダン川西岸地区のエリコとガザ地区からイスラエル軍が撤退しました。その直後,まさに「旬」のタイミングで,私は,日本が9割以上の予算をつけたWHO特別緊急支援プログラムの運営にあたりました。
 しかし,それから2年たち,もはや状況は「旬」でなくなりました。案の定,日本も他の国々も「旬」の時ほどの追加予算をつけてくれず,プログラムの継続に大きな支障をきたしました。
 援助国にとっての「旬」とは,確かに住民にとっても,最もつらく苦しい時です。しかしそのような「旬」の時が過ぎ,世界の別の場所で別の紛争が終わったりすると,国際世論の目はそちらに移ってしまいます。そして援助国は,より「旬」な方向にお金を使います。かたや,より「旬」でないと判断された人々の生活は,そして健康は,おきざりにされてしまうのです。

「旬」から見離された難民

 本年7月5日号のランセット誌は,国際的な難民支援がアフガニスタンとイラクに集中される一方で,おきざりにされている難民,避難民の人たちの状況を伝えています。
 特に打撃を受けているのはアフリカ難民です。2002年,アフリカの難民プログラムの予算が3分の1にまで減らされてしまいました。2003年にはさらに悪化しそうです。
 もっと大きな打撃を受けているのは,長期に及ぶ難民や国内避難民です。
 ネパールの8つの難民キャンプに住む,約10万3千人のブータン難民。仕事にもつけず,外国からの支援に頼るしかない生活を余儀なくされています。そして,貧血,脚気,壊血病などの栄養障害による病気や,「うつ」などの精神障害に苦しめられています。
 アルジェリアの4つの難民キャンプに住む,約16万5千人のサハラウィ難民。支援予算の削減により,食料や水不足に悩まされています。2002年に行なった調査でも,栄養不足,貧血,ヨード不足による甲状腺種などが問題にされました。
 南アフリカ共和国に住む,7万6千人の難民や周辺国からの政治亡命希望者。その多くが,基本的な保健サービス,教育,職業を手に入れるための身分証明書を持てずにいます。
 セルビアとモンテネグロに住む,ボスニア,ヘルツェゴビナ,クロアチアなどからの35万人以上もの難民や避難民。高い失業率に加え,保健サービスや教育サービスの不備のなか,どうやって生きていったらよいのか,途方にくれる日々が続いています。

「旬」にとらわれない支援が必要

 国際支援なしに多くの難民の「基本的人権」は保証されません。しかし,「旬」を選び「顔をみせる」ための援助に走る国際社会の都合によって,多くの難民がおきざりにされています。
 「健康」と「人権」との関係は,ハーバード「健康と人権」センターによれば,3通りあります。第1に人権侵害が健康に影響を及ぼす場合。第2に保健政策や事業の不備が人権に影響を及ぼす場合。最後に「健康」と「人権」が,相互に影響を及ぼし合い,健康の改善と人権の保障が獲得されていく場合です。
 ここに示した難民の健康問題はどちらかといえば第1の場合に属します。しかも国際社会がそれを許しているのです。「旬」にとらわれず,「人権」に注目し,第3の「健康」と「人権」の関係づくりをしながら支援していくこと。それこそが,今,必要なのではないでしょうか?