医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


2493号よりつづく

〔第31回〕エイズ・エピデミック(1)

21世紀 エイズの衝撃

 「エイズ感染症は最後の風土病か,はたまた大きな問題の始まりか?」はノーベル賞受賞学者であるロックフェラー大学レダ-バーグ博士の言葉です。博士の予感が現実のものとなってしまいました。
 2002年7月2日,国連各機関で構成する国連エイズ計画(UNAIDS)は,2001年末の世界のエイズ感染に関する調査結果を発表しました。年間死者数は300万人にのぼり,既に2000万人を超える死亡が確認されました。さらに有効な予防・治療体制を整備しなければ,2020年までに感染率が高い45か国だけで6800万人がエイズの犠牲になると予測されています。エイズが報告されて約20年あまり,治療法も進歩し,ある程度治療法が確立してきたのもかかわらず,また,予防法も明らかなのに,その猛威は留まるところを知りません。

グローバル化,民族の衝突,未曾有の疫病

 第二次世界大戦において多くの人々が死にました。しかし世界史において人民の移動に伴う伝染病のほうが多くの人々を死に至らしめたことは意外に知られていません。500年前,ヨーロッパ人が南北アメリカ大陸に移住し,同時に天然痘と麻疹も運んだのです。このためカリフォルニア,メキシコ,南米の人口は100年間で50分の1に減ったと言われています。逆にヨーロッパ人は当時南北アメリカに住んでいた民族から結核と梅毒をもらうはめになってしまいました。さらに,イギリスがアメリカ大陸入植の際,天然痘を用いてインディアンを追いやり,圧倒的優位を築きました。6世紀,エジプトにはじまったペストはヨーロッパ,さらには中央・南アジアにまで拡大し,その人口を半分にしたと記されています。14世紀にはじまった第2のヨーロッパ流行では,2-3千万人が命を落とし,ペストは「黒死病」として人々から恐れられました。1918年,スペイン風邪(インフルエンザ)は世界に広がり,2000万人の命を奪いました。
 世界人口の約3/4は発展途上国に住んでおり,先進国と発展途上国の経済格差は人々の移動を促進します。現在日本の人口と同数の1億2000万人が母国以外の国で生活し,何百万という人々が新天地を求めて移動しています。そして移民は感染症を運びます。日本に居ると感じ難いのですが,世界の人々は大きく入り混じりつつあります。ある伝染力の強い感染症に対して免疫を持たない人々が暮す大都市にその感染症が持ちこまれれば,かつてヨーロッパ人がアメリカ大陸に移動した時に起こったような大量感染死が発生しないとも限りません。いや,まさに似たような状況が再現されつつあるのではないでしょうか?

ケース・シリーズ・スタディ:その発見は数名の症例報告から始まった(1980年)

 新しい病気の発見は,しばしば注意深い症例報告から始まります。CDC(Center for Disease Control and Prevention:USA)は毎週発表する疾病罹患率と死亡率報告の中で,1980年10月から翌年の5月にかけて,若いホモセクシャル男性5人にカリニ肺炎が発生し,うち2人が死亡したと報告しています。彼らはお互いを知らず,ホモセクシュアルであること以外,全員に共通する点を見出すことはできませんでした。そして,CDCは,通常抗がん剤投与中などの免疫抑制状態にない患者でカリニ肺炎が発生したこと自体異常な出来事であり,全員がホモセクシュアル男性であったことから,そのライフスタイルに問題があるか,1人が感染源だったのだろうとコメントしています。そして,サイトメガロウイルスが全員から検出された事実と,サイトメガロウイルス感染が免疫低下を来たしうるという論文を引用して,「サイトメガロウイルスがこの特殊な病態の病因に1枚絡んでいるのではないか」と考察しています。実際にはサイトメガロウイルス感染は,免疫抑制の原因ではなく結果だったわけですが……。