第2493号 2002年7月8日


〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


2490号よりつづく

〔第30回〕クラスターする子どもの白血病(5)

 作家マーク・トウェイン曰く。嘘には3種類ある。1つは単なる嘘。もう1つは知っているのに黙っている嘘。そして統計学。私たちはEBMと称して,あるいは,生物統計を使ってもっともらしく嘘をついてしまうかもしれません。

核燃料再処理施設周辺にクラスターした子どもの白血病

 1980年代,イギリスのセラフィールドにある核燃料再処理施設周辺で,小児の白血病が国全体の平均に比較して10倍にまで増えていると,マスコミを賑すことになりました。続いて,スコットランド北部にあるドウレイ核処理施設,バークシャー地方にあるバーグフィールドとアルダーマストンで設立された国防省設備でも同様に,白血病が増えているとする報告がありました。人々は核処理施設に放射能漏れがあり,それが小児白血病増加の原因だろうと考えたのです。しかし,調査でこれらの施設周辺では放射能を検出できず,「少なくとも放射能漏れによって白血病が増加したとは考えられない」と科学者は結論しました。
 原爆や原発事故などの過去の経験から検出できないほどの微量な放射能であれば白血病が多発することはまずないことがわかっています。もちろん,1950年代,1960年代に行なわれた核実験でこの地域に死の灰が降った事実もありませんでした。また,放射線の健康に及ぼす影響に関して閾値や安全閾は存在しません。これは1枚のレントゲンでも発癌の原因になり得ることを意味しており,ある値を超えると白血病が急増するのではなく,被曝量に比較してリスクが増加することを意味します。。つまり,検出できない程度の放射能漏れでは,子どもの白血病発生頻度が数倍になったことを説明できないのです。それではなぜ増えたのでしょう?

キンレン博士の仮説

 エジンバラ大学のキンレン博士は以下のような仮説を立てました。
 「ある白血病を起しやすいウイルスがあるとする。乳児期に罹患する分には風邪程度で白血病になることはあまりない。しかし,一定年齢以上(例えば2-3歳前後)でその土地で感染すると,ほとんどは風邪程度で終わるが,白血病になるリスクが上がるとする。そのウイルスの存在する地域がニュータウンとして開発され,ある短い期間に多くの若い世帯が他から越してきたとする。彼等はこのウイルスに対して免疫を持たないため,その土地で育てば1歳前後で罹患するのに,このウイルスによる風邪が通常みられるより高い年齢で流行する。そうすると白血病の発症が増える。
 あるバイオハザードを扱う施設が設立されれば,そこで働く若い世帯が多く移住してくる。子どもの白血病が増えると,本当はウイルス感染で増えるのに,あたかもその施設で扱うバイオハザードが悪さをしているように錯覚してしまう」というものです(Lancet 1988:1323-6)。ウイルス学者からは「何ウイルスが原因なのか? なぜ年齢によって同じウイルスに感染しても白血病になるリスクが違うのか?」といった質問を受けるかもしれません。しかし,疫学者からは「その仮説はおもしろい。核施設を閉鎖してもいないのに子どもの白血病がバックグラウンドのレベルに戻ったことを説明できるかもしれない」といった反応が返ってきそうです。
 もしも,博士の仮説が正しいのならば,核処理施設以外のニュータウンで一過性の白血病増多がみられるはずです。

対立する調査結果

 からは地方の工場・会社設立に伴う新興住宅街A,C,Dにおいて特に1945-65年の人口急増時に0-4歳の白血病が増えています。しかし,同じように大都市の近郊で同時期,大都市から労働者があふれるような形で人口増加した住宅街では必ずしも増えていません。
 このように隔離された町における人口増加に加え,社会経済レベルが高いことが子どもの白血病のリスク・ファクターであることも,疫学調査で確かめられました(Lancet 1990;336:1461-65)。
 一方で,「受胎前に父親がセラフィールド核処理施設に勤めていて,100mSv以上の放射線を被爆している場合に,その子どもが白血病になるリスクは6.42倍になる」という論文が同じ1990年に発表されました(BMJ 1990;300:423-9)。極わずかではありますが,父の職場での被爆は,その児の流産につながるといった報告もあります。また,「23の核処理施設の中で,白血病あるいは非ホジキンリンパ腫が増加していたのはセラフィールドを含む2か所だけであった」とする論文も発表されています(BMJ 1990;309:501-5)。
 1980年代,子どもの白血病が核処理施設付近で2倍近く増えていると報告されたのがことの発端ですが(BMJ 1987;294:597-602),オランダの報告では「子どもの白血病は例年10万人あたり2.85人だったのが,1979年から1984年の間に3.6人にまで一過性に増えた」としており(BJC 1989;59:100-5),そもそも何十年という長い目でみた子どもの白血病の発生頻度のゆらぎについても検討する必要があるはずです。感染が原因であれば数倍のゆらぎは十分あり得ます。逆に感染症は単純にリスク比やオッズ比で捉えるわけにはいきません。ある人が心筋梗塞になっても,その奥さんが心筋梗塞になるリスクは変わりませんが,インフルエンザのような感染症の場合,リスクが変わる。すなわちリスクが「独立」していないのです。
 マンチェスターでは1980年から1998年までの間,1-4歳の子どもに多い型の白血病が年間3%の率で増えているとするショッキングなデータが2000年に発表されたかと思うと,翌年にはこれを否定するデータが公表されています。「高圧線が子どもの白血病発症に関与するのではないか?」という問題に関しても,「関係する」という意見と「関係しない」という意見に分かれています。以上みてきたとおり,「クラスターする子どもの白血病」は古くて新しい話題なのです。
 私たちは,統計学を用いてもっともらしくウソをついてしまわないようにしないといけません。あのウーバンで多発した小児白血病の原因は本当に工場のダイオキシン不法廃棄だったのでしょうか?