医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


2464号よりつづく

〔第20回〕ストップ・ザ・狂牛病(4)

狂牛病伝播経路

 話を戻しましょう。狂牛病の原因は肉骨粉とされています。イギリスでは,1988年にこれを禁止し,約4年後の1991-92年に狂牛病ピークを迎え,いまだに発症はあるものの,現在では1988年の発生数よりは少なくなっています。このエピデミック曲線は,肉骨粉が狂牛病の原因であることをよく物語っています。
 しかし,肉骨粉を中止してから13年も経つのに狂牛病発生が認められるのはなぜでしょうか? 10%ほどの確率で母子感染があることに起因するのかもしれません(Nature 1996; 382: 779-88)。しかし,それでは世代を重ねるごとに1/10にならなくてはならないはずで,最近のなだらかな狂牛病減少曲線の十分な説明にはならないようです。ひょっとすると肉骨粉以外の原因があるのかもしれません。あるいは,悪い業者がまだ肉骨粉をこっそり作っているのでしょうか?

いつ異常プリオンに暴露されたのか?

 狂牛病のほとんどは5歳で発症します。6歳以降の発症率はガクッと減ります。多くの牛は2-3歳までに畜殺され,5歳まで生きているのは乳牛です。例えば狂牛病が単なる老人性痴呆症の牛版で,5歳以降急に増えるとします。そして,6歳以降の牛の絶対数が極端に少ないために5歳の狂牛病発症が多いのでしょうか? そうではありません。牛が狂牛病を発症しやすいとします。しかし,牛の各年齢における狂牛病の発生頻度をみますと,それでも5歳で急峻なピークがあります()。ただの老牛性痴呆であれば,5歳を過ぎても狂牛病の発生率は徐々に増えるはずではないでしょうか?
 ここで5歳のピークが急峻である意味について考えてみましょう。仮に肉骨粉を食べて狂牛病を発症するまでの平均潜伏期間が2年だとすると,牛は3歳の時にだけ原因となる肉骨粉を精力的に食べたことになります。でも,3歳の時にだけ肉骨粉を食べることは実際問題としてありません。おそらく牛は1-5歳までの間,均等に肉骨粉を食べているはずです。
 そうではなくて,牛側に異常プリオンに感染しやすい年齢があると考えたほうがよいのではないでしょうか?
 例えば,人において新生児期や乳児期に免疫が大きな変化を遂げることに着目し,プリオンが腸のリンパ節で拾われて脳に運ばれることを鑑みると,新生児期から乳児期あたりに異常プリオンに感染したと考えるほうが説得力を持つかもしれません。この場合,潜伏期間は5年です。そして新生児・乳児期という短いウィンドウタイムにしか異常プリオンに感染しませんから,5年後のピークは急峻となります。
 これにより,日本の狂牛病3頭はいずれも5歳の乳牛であったことを説明できます。実際,日本で見つかった狂牛病は乳児期代用乳が使用されており,この中には牛の油や豚の血漿などが使われていました。さらに,群馬県でも北海道でも3頭の狂牛病の飼料を作っていた製造工場では,肉骨粉を原料に使う豚・鶏用の飼料の製造ラインが牛の飼料用と一部重なっていました。加えて,牛用と豚・鶏用の飼料を宮城村の農家に運ぶ輸送車が,共用されていたこともわかっています。
 新生児,乳児期に与えられた代用乳ないし飼料に肉骨粉が混入していたことはほぼ間違いなさそうです。それにしても,豚・鶏に狂牛病がみられないのは,発症する前に屠殺されてしまうからでしょうか? それを検証するには,長く肉骨粉を含む飼料で飼育してやれば判明するでしょう。
 この「幼弱な時期に異常プリオンを摂取すると5年後に狂牛病を発症する」という仮説は,人でもあてはまるかもしれません。すなわち新生児・乳児期に異常プリオンを摂取することによって,より高頻度にvCJDを発症することが想像されます。
 ですから,肉骨粉を絶つことが重要ですが,特に幼弱牛の餌に注意を払うべきでしょう。牧畜を営んでいる人々が知らないうちに異常プリオンに飼料が汚染されている可能性もあるので,餌の精製過程にまで立ち入って調査しなくてはなりません。

最も堅実な狂牛病対策

 また,まだ何歳から人に感染性を持つかは判っていませんが,発症してから感染性を持つとすると,安全性も見込んで例えば30か月以上の牛の食肉を肉製品も含めて市場から絶つことが賢明かもしれません。無用の畜殺は誉められたことではありませんが,死亡前の確実な狂牛病検査がない以上,最も堅実な政策ではないでしょうか。