医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 薬物治療学研究室)


〔第14回〕喫煙は肺がんの原因か?(1)

熊さん,八つぁんの理屈

ご隠居 「おまえさんも,あんまりタバコばっかり吸っていると,そのうちがんになっちまうぞ」
熊さん 「でも,隣の八つぁんなんざ,俺よかヘビーだけど,元気だぞ。それに今までこれだけタバコ吸っても肺がんじゃないんだからデージョーブ。ご隠居,心配しすぎですよ」
 目の前で人が車にひかれてけがをすれば,誰も車にひかれたことがけがの原因と認めます。しかし,タバコを吸っても肺がんにならない人のほうがはるかに多いわけですし,タバコを吸っていなくても肺がんになる人がいるわけですから,吸ったって心配ないと思うのが市井の人の理屈です。

タバコ会社の論理

 喫煙すると肺がんリスクが10-20倍に跳ね上がります。疫学調査でこれほど強い相関をみるケースもそう多くはありません。ところが,「肺がんの人に喫煙者が多いからといって,それが肺がんの原因と言えるのですか?」という言葉を盾に,タバコ会社は訴訟に耐えてきました。「関連している」と「原因である」とは違うという論理です。
 しかし米国では,ついにタバコ会社は負けを認めざるを得なくなりました。疫学研究ではどのように「関連しているだけ」と,「原因―結果」を区別するのでしょうか?

タイムマシーンの原理

 病気の原因を探求することは臨床研究の大きな課題の1つです。臨床研究においては,しばしば,ある因子に曝露されて病気になった人々を観察します。しかしそれだけでは何も言えません。私たちは何かと比較しなくてはなりません。例えば1950年代,多くの人々が喫煙者でした。肺がんの人の喫煙率が高くても,ひょっとすると肺がん以外の人の喫煙率も高いかもしれません。
 ある因子が真の原因であるかを知るためには,もっと多くの情報が必要です。少なくとも「その因子が無かったら病気にならなかったのか」という疑問に答える必要があります。例えば,あなたの病院に50歳の男性患者さんが来て尋ねてきたとします。
 「先生。私がもしもタバコを吸っていなければ,肺がんにならなかったんですかね?」。
 あなたならどう答えますか? これを証明するためには,もう1度若い頃に返って喫煙せず,しかし,それ以外はまったく同じ生活をしてもらいます。そして数十年後に肺がんにならなければ喫煙が原因であったと結論できます。これを知るには「タイムマシーン」が必要です。このタイムマシーンの原理に近づけることが,病因探求における疫学の極意と言えましょう。

何と比較しますか?

 それではタイムマシーンの原理に近づけるために,現実問題として具体的にはどうしますか?
 例えば,あなたに質問した肺がん患者さんには一卵性双胎の弟がいて,ずっと同じ生活,同じ仕事をしてきたのだけれど,たまたまタバコだけは吸わなかった,そしてこの弟は肺がんではない,とします。
 これはタイムマシーンの原理に近いかもしれません。でもこのような状況はまずあり得ません。タバコを吸っていない50歳男性100人を集めてきましたが,肺がん患者はいませんでした。仮に肺がんは1000人あたり1人発生するとすると,100人中肺がん患者が発生しなくても当然でしょう。発生頻度の少ない疾患について調べる時にはコホート・スタディだと相当の人数を集めなくてはなりません。結果発生が少ない場合にはケース・コントロール・スタディが便利です。
 そこで,肺がん患者1人に対して100人の非肺がん患者を連れてきました。喫煙率を調べたら30%でした。しかし,いくら100%対30%といっても,1人対100人では,「たまたま(偶然)」と区別がつきません。そこで,男性肺がん患者80人と同年齢男性80人の喫煙率を比較してみたらどうでしょう。

サーベイ

 戦後,イングランドとウエールズでは肺がんによる死亡が急速に増加していました。報告によれば1922年から1947年までの間で612人から9287人にまで増加していたのです。もちろんこの急激な増加は人口の増加や年齢分布だけでは説明がつきません。この現象はスイス,デンマーク,アメリカ,カナダ,オーストラリア,日本など世界的な傾向でした。もちろん診断技術の進歩も肺がんの診断数増加に寄与したことでしょう。増加は都市部で著しく,何か他の要因があるかもしれません。
 1939年,ドイツのMullerは肺がんの男性患者83人中3人が非喫煙者,56人がヘビースモーカーであったのに対し,肺がんではない同年齢男性83人のうち14人が非喫煙者であり,31人がヘビースモーカーであったことを報告し,喫煙と肺がんの関連性を既に疑っていました。
 しかし,ある時の横断的調査(Cross Sectional Survey)では,喫煙が先か肺がんが先かわかりません。「肺がんであるとタバコがおいしい」などいったこともあるかもしれません。肺がんが先であれば,喫煙は肺がんの原因ではあり得ないのです。また,喫煙者は労働者階級に多く,そして,その多くは有害物質を廃棄している工場付近に住んでいるかもしれません。
 本当に喫煙が肺がんの原因であると言えるかどうか,もう一歩突っ込んで研究をデザインしてみなくてはなりません。さあ,あなたならどうしますか?