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精神疾患・メンタルヘルスガイドブック
DSM-5から生活指針まで

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米国精神医学会(APA)が、初めて当事者やその家族を視野に入れて編集したDSM-5準拠の精神疾患・メンタルヘルスガイドブック。DSM-5の構成に沿って、各種の精神疾患の概要を解説する。疾患の定義、診断の基準、典型的な症例像、標準的な治療に加え、当事者や家族に向けたアドバイスも網羅されている。最新の知識をコンパクトにわかりやすく整理した内容は医療者にとっても必携!
※「DSM-5」は American Psychiatric Publishing により米国で商標登録されています。
原著 American Psychiatric Association
滝沢 龍
発行 2016年09月判型:A5頁:360
ISBN 978-4-260-02823-3
定価 3,850円 (本体3,500円+税)

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はじめに:本書の使い方(滝沢 龍)/原書の推薦の序(パトリック・J・ケネディ)/原書の序序章

はじめに:本書の使い方
 本書「精神疾患・メンタルヘルスガイドブック-DSM-5から生活指針まで」(原題 Understanding Mental Disorders: Your Guide to DSM-5)は,米国精神医学会 American Psychiatric Associationが初めての試みとして,精神疾患の当事者や家族などを対象として作成した「一般向けガイドブック」です。米国精神医学会が2013年に出版した「DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル」(日本語版2014年,医学書院)に基づいて診断や治療の平易な解説がなされている一方で,早期発見と早期介入を目指して,本人や周囲の支援者たちのために必要な知識や対処の実践法が,最新のエビデンスを用いてわかりやすく説明してあります。DSM-5関連書の1つとして位置しており,各疾患の症状のほか,具体的な症例,治療法,リスク因子,対処や予防法など,幅広い範囲の情報を簡潔に記載してある充実した内容です。

 最初に医学書院から原書を受け取り一読した際,一般向けと謳っていながらも,そのしっかりとした内容に驚かされました。日本で一般の皆さんにこの知識が伝わることは,必ずや当事者や家族の方々の力となり,医療関係者とのコミュニケーションを円滑にし,ひいては回復に向かう道のりを最良のものにするはずだと考えました。医療関係者とともに,自身たちで方針の決定に加わることができるようになることを願っています。さらには,こうした正確でわかりやすい知識が一般社会に広がることで,メンタルヘルス対策や精神疾患の予防・早期発見につながりうると期待しています。
 そして,当事者やその支援者だけでなく,むしろ専門職の方々こそ,最新の情報がコンパクトにまとまっている本書の魅力に気づくのではないかと思います.精神科専門医を目指す研修医の方々,心理師・看護師・ソーシャルワーカーなどのコメディカルの方々やそれらを目指す方々,学校保健・産業保健にかかわる教師・産業医・保健師・カウンセラーの方々,精神科を専門外とする一般開業医の方々など,メンタルヘルスにかかわる専門職すべての方々の入門書・初級書としても役立つものであると確信しました。特に,私は心理学を専攻した後に精神科医師となり,未だにアイデンティティとしては二足の草鞋を履いている者ですので,適切な日本の読者として2015年に国家資格化が決まった公認心理師の方々の将来の姿がすぐに目の前に浮かびました。本書が将来の公認心理師の方々への応援になればという気持ちも込めて,本書ではpsychologistを「心理師」と訳しました。

 本書はどの章からどのように読んでいただくこともできます。興味のある章から,お好みのペースで読むことができますが,以下に簡単なお薦めを記しておきます。

 症状のあるご本人や支える家族の方々には,細かな診断基準の内容を読む前に,まず個人の経験談(症例)をいくつか読んでいただき,イメージをもつことをお薦めします。日本語版では,その人の訴えている主要な症状を症例のタイトルに採用して,目次を用意しました。似ている体験・行動を呈する精神症状が見つかったら,その周辺の記述やアドバイスにも目を通してみてください。症状をもつご本人が対処する際の心がけや,家族による支援の仕方なども豊富に解説されています。
 ひとつご注意いただきたいことは,本書の記述やDSM-5の基準からご自身で診断を決めつけようとはしないでいただきたいことです。同じ症状であっても診断に至っていないことや,異なる診断に至ることがありますし,複数の診断が併発することもあります。治療の初期には,暫定的な診断をつけて治療を開始することもありますので,ご自身の診断と治療については,精神科主治医やメンタルヘルスの専門家とよく相談していただくことをお薦めします。

 精神科医やコメディカルの専門職を目指す方々には,研修中に日々持ち歩き,本書に書かれている知識を日々の臨床に生かすことが理想的です。こうした知識をまだもたない患者や家族に出会った場合に,簡潔に説明できるようになることが目標になります。すでにメンタルヘルスに関わる専門職になっている方々にとっても,専門職が知るべき最低限の知識の整理として利用していただけると思います。2010年代の最新の知見も入っていますので,分厚い教科書を通読するよりも手軽に知識のリフレッシュができるはずです。ただし,ご存知のようにDSM-5には批判もあり発展途上なものですので,専門職の方は〈その先〉を見据えた視点が必要になります。

 本書は,診断や治療の知識だけでなく,日々の生活スタイルや考え方にまで目配りの利いたバランスの良い実践ガイドブックになっています。一部は米国の法律や事情に基づいており,日本の実情と異なる記載があることにはご注意いただければと思います。しかし,それを考慮しても,なお日本のメンタルヘルスに関わる幅広い立場の方々のお役に立つことを祈っております。

 訳者 滝沢 龍


原書の推薦の序
 精神疾患はすべての人に影響を及ぼします。米国人の約半数が人生のどこかの段階で精神疾患にかかるリスクをもっています。すべての人が,知り合い-両親,パートナー,子ども,友人,同僚,隣人-のうち,精神疾患にかかっていた,もしくは今かかっている人を知っているでしょう。我々の国や世界に毎年何兆円もの精神疾患に対する経済的負担がかかっています。経済的な損失は明らかに大きいものですが,精神疾患によって失われ障害された生活の損失は,さらに計り知れないほど大きいのです。
 世界中で,うつ病は他のどんな疾患よりも多くの生活の日々を奪い去ります。米国では,10~24歳の若者の死因の第3番目が自殺です。国に多くをささげてきた退役軍人は,最も自殺しやすい人たちです-毎日22人の米国退役軍人が自殺しています-。心理的苦痛がありながら生きる多くの人が,一度も診断も治療もされたことがないことは悲劇的です。我々の社会は多くの場合,精神疾患に対して非難をしてきました。例えば,その疾患のために,多くの人々が過小評価され,無視され,悪口を言われ,収監されたりしてきました。
 しかし,精神疾患は,その人のせいではなく,治療できる疾患です。多くの他の疾患と同様に,精神疾患は適切な時期に行われる効果的な治療で良くなります。しかし,最も治療しやすい段階である初期に,その疾患を無視したり,退けてしまったりすることが多く,重篤な状態に発展してから,もしくは命にかかわる状態になってから初めて対処をしています。簡単に言えば,精神疾患の徴候や症状を知っている者は少なすぎ,結果として数えきれない人たちが苦しんでいるのです。
 このような状況のなかで,本書「精神疾患・メンタルヘルスガイドブック-DSM-5から生活指針まで」は重要な貢献をすることになります。精神科の専門家たちが用いる最新の「精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM)」をわかりやすい言葉で言い換えることで,家族や友人たちを力づけることになり,精神疾患のリスクがある人や,すでに罹患していて治療が必要な人を見つけやすくなるでしょう。本書は,こうした人たちに自分自身の状況をよりよく理解するヒントを与えてくれます。
 本書は,我々のスティグマへの大きな挑戦にも役立つでしょう。精神疾患をもつ人々は,恐怖や恥や孤独感を経験していることが多く,それはこうした疾患が議論すらされてこなかったからです。本書のような貴重なガイドブックは,精神疾患をもつ人や周りで支える人がスティグマを打ち破り,専門家の診断や治療を求めて,治療に専念するために必要な手段を与えてくれることでしょう。こころが健康であること(メンタルヘルス)は,すべての人の権利であり,このガイドブックがこの権利を主張する方法をうまく理解できるようにしてくれるでしょう。
 私は米国連邦議会で,父である上院議員エドワード・M・ケネディや,その他の多くの人たちとともに,Mental Health Parity and Addiction Equity Act(精神保健同等法および依存症衡平法)という法案を議会で通すために何年も仕事をしました。多くの精神疾患をもつ人が,より幸せで生産的な生活につながる治療を受けることさえ拒否されていたからです。この法令は,精神疾患や物質使用障害のある人たちが平等な治療を受けることを保証する初めてのもので,保険会社に精神疾患治療にも他の疾患と同様に保険で費用の支払いがなされるように求めたものです。この法令は重要で画期的な出来事になりましたが,我々すべてが期待できるサービスを知った時に初めて,その真価が発揮されることになるでしょう。研究者たちは,新しい効果的な治療を探し続ける必要があります。精神疾患をもつ人たちや保険費用を支払っている人は,医師にそうした治療を受けられるかを確かめ,そして,保険会社がきちんとその費用を支払ってくれるか確かめる必要があります。我々は,この法令の順守を確実にし,施行していくよう求めていく必要があります。
 精神疾患の「平等」について話をするとき,保険適用について考えるだけでなく,我々の社会がどのようにこのよくみられる病気に取り組んでいくべきかを考えることになります。がんがステージIVという末期になるまで,もしくは糖尿病で視野や足に障害が出るまで治療をしないでおくことが受け入れられないことであれば,精神疾患が命にかかわるまで治療が行われないことも,きっと間違ったことなのでしょう。他のすべての疾患と同じように,精神疾患でも早期の介入が適切です。ヘルスケアの専門家が,血圧やコレステロール値を把握するのと同じように注意深く,こころの健康(メンタルヘルス)についても把握していくことを我々は期待すべきでしょう。
 通常の健康診断すべてにも,「脳や精神についての検査」が含まれるべきでしょう。本書のようなガイドブックは,医療関係者とメンタルヘルスについて重大な話し合いをする際に使われる言葉を我々に教えてくれます。
 1963年の暗殺される前の月に,私の伯父のジョン・F・ケネディは,国のメンタルヘルスへの配慮が欠けているとして次のように述べました。「多くの人が精神疾患を言葉にもしたくない,解決の絶望的な問題として考えてきたので,長過ぎる間,その状況はそのまま見過ごされてきたのです。」
 今日の米国人たちは,メンタルヘルスの問題にさらに力を入れて取り組む用意ができていると信じています。本書が示しているように,精神疾患によって引き起こされる問題には,対処する解決法があります。私たちは効果的にこの解決法を使って,もっともそれを必要としている人たちに届けられているでしょうか? まだそこまで至っていないように思いますが,このガイドブックがその道を指し示してくれています。
 こうした考え方を変えようとする取り組みが前進しつつありますが,さらにメンタルヘルスに関する意識を高めるキャンペーンを推進する必要があります。このガイドブックは,変革を起こすために増えつつあるリストに加える貴重な本になります。回復(リカバリー)と健康のための自己管理の方略,家族教育,メンタルヘルス応急処置法などのアプローチとともに,我々を力づけることになり,究極的には,精神疾患に対する社会の理解を変えることになるでしょう。私たちすべての人がその一端を担うことができます。精神疾患のある人たちを過小評価することをやめ,たくさんの思いやりと愛情をあらわす時がきました。法令を通すだけで偏見をなくすことはできませんが,身体疾患のある人と同じように精神疾患のある人を治療する必要性を認める新しい文化を作ることを手助けできます。覚えておいてください。あなたが助けるのがたった一人だとしても,世界を救ったことになるのです。
 本書は,精神疾患をもつ人たちや,その周りで支える人たちに,長い間奪われてきた知識と理解による力を与えることになります。

 パトリック・J・ケネディ
 米国下院議員
 ロードアイランド州,第1選挙区,1995-2011年


原書の序
 世界で4億5,000万人,米国では6,100万人の成人,700万人の子どもたちが,一生涯のある時点を精神疾患をもちながら生活することになる。リスクが高い人たちもいるが,誰でも精神疾患を発症する可能性はある。ほとんど誰もが精神疾患をもつ友人,同僚,身近な人を知っている。本書「精神疾患・メンタルヘルスガイドブック-DSM-5から生活指針まで」は,我々すべてのために書かれたものである。
 精神疾患を克服する鍵は,症状を認識し,支援を求めるべき時期を知り,正しい治療を受けることである。これは精神疾患に苦しんでいる人自身にとっては難しいことかもしれない。本書は,こうした人たちや身近な人たちに役立つように工夫されている。精神疾患に予想されることがわかり,主な治療法を知ることができる。
 メンタルヘルスケアの専門家によって,個々人のニーズや症状に合わせて提供されるのが良い治療である。本書はこうした支援に替わり得るものではなく,特定の精神疾患の詳細な治療が書かれているわけでもない。しかし,こうした障害に対する治療(精神療法と薬物療法の両方)の概要は示されている。
 本書は,DSM-5として知られる,最新版の「DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル」に基づいている。精神疾患の診断をするメンタルヘルスケアの専門家のための共通言語を作ることが,DSM-5の目的である。1952年にDSM-Iが出版され,それ以来,メンタルヘルスケアの専門家や他のヘルスケアにかかわる専門家にとって精神疾患の定義や診断に用いる第一の道具になった。
 本書は,DSM-5を一般社会の人たちのために書き下ろしたものである。しかし,自己診断に用いるためではない。DSM-5に含まれるほとんどの障害について記載されている。本書は,精神疾患の診断を受ける前や受けた後,メンタルヘルスケアの専門家と話し合う際に役立つことになる。症状,リスク因子,関連障害が書かれている本書の内容は,DSM-5と似ている。DSM-5と同じように本書では,精神疾患を症状に基づいて定義し,特定の必要なことや配慮すべきことを検討する。
 本書は,家族へのアドバイス,症例,追加資料なども含んでいる(本書の症例は実際の人たちのものだが,名前,年齢,その他の個人情報は特定されないように変更されている。もし現実にいる人物に一致するところがあったとしても偶然であり,筆者たちの意図はない)。
 他の身体疾患と同じく,早期の診断と治療によって,より良い予後が得られる可能性が高まる。本書では,本人と支援者たちが必要な支援を受けられることを手助けすることになる。
 本書は,DSM-5の作成にかかわった,世界で名高い精神科医や心理師のチームによって作られた。我々は,世界中の人々のこころの健康(メンタルヘルス)の増進のために献身してくれたことに対して,DSM-5と本書にかかわったすべての人たちに感謝の意を表する。

謝辞
 この先駆的なプロジェクトは,編集顧問の方々と以下に挙げる同僚たちの貴重な貢献がなければなしえなかった。最初のドラフトを作成してくれたGlenda Fauntleroy, 本書の全体を査読してくれたDSM-5タスクフォース委員会副委員長のDarrel A. Regier, M.D., 付録B〔訳注:日本語版では割愛した〕を執筆してくれたRobert H. Chew, Pharm.D., 18章「パーソナリティ障害」を査読してくれたJohn M. Oldham, M.D., M.S., チェックを担当したAPAの上席ライターのEmily A. Kuhl, Ph.D. に感謝したい。そしてAPAについても,出版社のRebecca D. Rinehartには本書を企画し,編集委員会を組織した先見の明ある行動に,上席編集者のAnn M. Engには読者に沿った形にこの本を編集してくれたことに御礼を述べたい。カバーをデザインしてくれたRick Pratherと,本文や図表をデザインしてくれたTammy J. Cordovaのおかげで良い本に仕上がった。


序章
 約4人に1人は,人生のある時点で精神疾患に罹患する。これは子どもにおいても同程度である。これは精神疾患がとてもよくみられる-そして治療可能な-健康問題であることを示しており,個人やその家族の生活の質quality of lifeに大きな影響を及ぼす。過去において,精神疾患というと謎と恐怖に包まれていた。今日では,精神疾患の理解や治療可能性が大きく進んでいる。未だに,早期症状が気づかれずに精神疾患が進行してしまい,本来は治療による恩恵を得られる人たちが,それを受けられずにいる点は不幸なことである。多くの場合,自身にそうした問題があることを認めたがらなかったり,精神疾患の徴候や症状に気がつかなかったりするのかもしれない。健常と異常との違い-特に精神的健康と精神疾患との違い-は,明らかでないことが多い。このため,最も治療が有効である早期に,何らかの援助を求める指針を示すことが大切になる。
 米国精神医学会American Psychiatric Association(APA)は本書「精神疾患・メンタルヘルスガイドブック-DSM-5から生活指針まで」を制作し,精神疾患にかかわる人たちが精神疾患についてより良く理解し,その対処法を学ぶ際に手助けとなることを目指した。APAは,約35,000名の精神科医を代表する公的な組織であり,高水準のメンタルヘルスケアを提供するための支援をしている。APAはまた,世界中にDSM-5として知られる「DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル」も出版しており,精神疾患を診断する際の共通言語として,精神科医やメンタルヘルスケアの専門家たちに用いられている。本書は,DSM-5に記載されている精神疾患への実践的ガイドブックである。ここでは,メンタルヘルスケア支援を必要とする人やその家族のために,精神疾患とその診断と治療について基本的な用語で説明している。
 DSM-5は,診断に必要となる症状を特定し,診断をまとめ,分類システムにしている。こうした体系化する必要が生じたのは,第二次世界大戦中にさかのぼる。そのころ,精神科医同士が精神疾患を記載する際に,共通するコミュニケーションの方法が必要であることが明らかになった。1952年に出版されたDSM-Iは,様々な場面で精神疾患を定義する基礎となった。現在のDSM-5は,それから数十年以上の研究と,数百名の精神疾患にかかわる医師や専門家たちの専門知識を反映している。精神科医,心理師,その他のメンタルヘルスケア専門家,他の身体科医師,看護師,弁護士,ソーシャルワーカーは,DSM-5を臨床的なガイドブックもしくは教科書として使っている。また,学校,病院,裁判所,保険会社でも精神疾患を定義するために用いられている。
 精神疾患とは,精神機能の障害を反映して,個人の思考・感情・行動に大きな混乱が起きることである。精神疾患は,社会・職場・家庭の活動において苦悩や機能障害をもたらす。例えば,身近な人の死など,ストレス因や喪失体験に対する予想される反応は精神疾患ではない。同じように,時に落ち込んだり,不安になったり,恐怖を感じたり,怒ったりすること自体は普通のことである。DSMでは,いくつかの特定の症状によって精神疾患を定義しており,それによって正しい診断に至る。こうした症状について,診断を確定しうる他の因子とともに,本書の各章で説明される。これらを知っておくことで,メンタルヘルスケアの専門家に対して,自分や家族が思考や感情を説明する際に役立つことになる。精神疾患を診断するために,リストになっているすべての症状がそろっている必要はない。苦悩の程度や日常生活への影響も考慮する重要な点である。
 DSM-5と同様に,本書でも,症状が最初に現れやすい時期に基づいて,似ている診断は1つのグループとしてまとめられている。そのため,小児期に出現する疾患は第1章にあり,成人期になって出現するものは後半に記載されている。利用しやすくするために,各章では主なDSM-5診断について説明してある。
 こうした症状リストに基づいて自ら診断をしたくなる人もいるだろうが,メンタルヘルスケアの専門家に相談して,正確な診断と治療を受けることが適切である。同じ症状が,いくつかの異なった診断にも起こりうるためである。例えば,不安の症状は,うつ病でも,統合失調症でも,心的外傷後ストレス障害であっても起こりうる。精神疾患の中には,心臓病や糖尿病などの身体的な病気と関係していることもある。メンタルヘルスケアの専門家は,可能性のある要因をいくつも考慮しながら,次第に最もありうる診断に絞っていく。それが最初に起きた時期やそれによって起きた問題を含めて,症状を明確に伝えることで,最も正確な診断に至ることになり,適切な治療を受けることにつながる。血液検査などの検査データも,症状とその進み具合についての情報を集めるために用いられる。
 精神疾患はすべての年齢層の人たちがかかる可能性がある。とても幼い子どもたちの場合,言葉ではどこが具合が悪いのかうまく伝えることができないかもしれない。同じように,認知症の高齢者も混乱していて,何が自分に起きているのか理解できないかもしれない。メンタルヘルスケアの専門家は,こうした行動面や症状面から,場合によっては生物学的な要因も評価して,正確な診断と最も適切な治療に至ることができる。
 第20章「治療の要点」では,メンタルヘルスに関する治療法を概説し,どのように行われるかが記載してある。そこには,メンタルヘルスケアの専門家の種類,最初の面談で期待できること,精神療法や薬物療法の種類,精神的健康を維持するための一般的な方法についても書かれている。付録として,精神疾患のために処方されうる薬物のリストをつけた〔訳注:日本語版では本邦で適用のある薬物に置き換えたリストを参考に掲載した〕
 精神疾患に罹患している人たちのもつそれぞれ個別の症状とニーズに合わせる形で治療が行われている。ある疾患をもっていると,他の疾患のリスクが高まることもある(例えば,不安症は時に抑うつ障害に発展しうる)。ある疾患が改善すると,症状が改善することで他の併存疾患の治療も進むことがある。治療法も1種類だけでなく組み合わせて行われることも多い。ある疾患に特異的な治療法の選択についても各章で触れてあり,期待できることや他の選択肢も検討する時期についての情報も記述されている。
 人は一人ひとり独特であり,特に精神疾患のような複雑なものの場合は,診断に至るアプローチは一つだけではない。人によっては,その文化や経験に基づいて,精神疾患を様々な方法で表現しうる。各章には症例があり,精神疾患がその個人,家族や友人にどのような影響があるかをわかりやすく示してある(氏名,年齢などの個人情報は実在の個人が特定できないように変更してある)。
 本書で知ることができる内容は,精神疾患をもつ人自身だけでなく,同じようにその支援者にも重要なものである。患者自身よりも,その介護をしている人-配偶者,兄弟同胞,両親にかかわらず-のほうが,精神疾患の影響について本質を見抜いていることもありうる。精神疾患によっては精神機能に大きな影響を与え,判断を曇らせ,アルコールや薬物使用の場合と同様の有害な行動に至る場合もある。患者自身は十分に自身に役立つように明晰な判断はできないことがあり,その場合は他者が手助けに乗り出す必要がある。
 精神疾患に共通した警告サインとしては,睡眠の変化,体重の変化,気分・注意の変化,「いつもと違う」という感覚である。こうした前兆となるサインに注意を配り,支援を求める時期や治療に期待できることを知ることは極めて大切なことである。本書の各章ではそれぞれの疾患のリスク要因についても紹介する。
 精神疾患とともに生きることは,罹患しているのが自身であれ愛する人であれ,とても大変なことであるが,支援を受けることはできる。心身の健康を保つ方法を学び,生活の質や将来への展望を好転させる方法を学ぶこともできる。精神疾患に対処する方法の1つは,まず支援してくれる人を探すことにある。手助けをしてくれる医師やメンタルヘルスケアの専門家,サポートグループ,その他の団体が,精神疾患に対処する知識を提供してくれる。
 健康的な生活習慣が,メンタルヘルスの維持・促進に役立つことがある。これには,十分な運動や睡眠,健康的な食事,友人や家族と信頼できる関係を保つこと,も含まれる。生活のストレス要因にうまく対処していく方法を学んでいくことも意味のあることであり,これらは小さな一歩であっても,健康や幸福を増進する目的に近づくことができる。良好なメンタルヘルスを維持するヒントも,本書では適宜触れている。
 本書は,精神疾患とその症状を知り,支援を求めるべき時期や治療に期待できることを知ることを通じて,精神疾患に対処する手助けになるように計画されている。自身の症状を認識できない人の目となり耳となる介護者にとっても,手助けになりうると考えられる。こうした精神疾患は非常に苦痛を伴うものになることもあるが,他の身体的な病気と同じように,多くはうまく治すことができるものである。治療によって,症状は治り,苦悩は解消することができる。精神疾患を克服することは,一定の労力を伴う骨の折れることではあるが,そこには常に希望-そして,支援-がある。

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第1章 神経発達症群/神経発達障害群
  自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害
    【症例】おもちゃの車にしか興味を示さない12歳の少年
  注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害
    【症例】学習への集中力が続かず,大学の成績が悪化している19歳男性
  知的能力障害(知的発達症/知的発達障害)
  小児期に発症する他の障害
    コミュニケーション症群/コミュニケーション障害群
    限局性学習症/限局性学習障害
    運動症群/運動障害群
    チック症群/チック障害群

第2章 統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群
  統合失調症
    【症例】急に成績が悪化し,大学は犯罪組織の一味だと言いはじめた20歳男性
  統合失調感情障害
  妄想性障害
  他の精神病性障害
    短期精神病性障害
    統合失調症様障害
    緊張病

第3章 双極性障害および関連障害群
  双極Ⅰ型障害
    【症例】自分のことを神だと早口でまくしたてた30代男性
  双極Ⅱ型障害
    【症例】抑うつと活力に満ちた期間を繰り返す43歳女性
  気分循環性障害

第4章 抑うつ障害群
  うつ病/大うつ病性障害
    【症例】刑務所に入るような大失敗をする前に自殺したいと言う51歳女性
  持続性抑うつ障害(気分変調症)
    【症例】高校時代からたびたび気分の落ち込みを経験している35歳女性
  月経前不快気分障害
  重篤気分調節症

第5章 不安症群/不安障害群
  治療
  パニック症/パニック障害
    【症例】心臓発作を訴えて繰り返し救急外来を受診する23歳女性
  広場恐怖症
  全般不安症/全般性不安障害
  限局性恐怖症
  社交不安症/社交不安障害
  分離不安症/分離不安障害
    【症例】両親を心配するあまり離れようとしない12歳少年

第6章 強迫症および関連症群/強迫性障害および関連障害群
  強迫症/強迫性障害
    【症例】HIV感染を恐れ,一日30回以上手を洗う22歳男性
  醜形恐怖症/身体醜形障害
  ためこみ症
    【症例】家が紙束や衣服であふれている47歳女性
  他の強迫症関連症群
    抜毛症
    皮膚むしり症

第7章 心的外傷およびストレス因関連障害群
  心的外傷後ストレス障害
    【症例】軍人を退役後,極端な怒りの感情や不眠を訴えるようになった36歳男性
  急性ストレス障害
    【症例】映画館で突然銃撃を受けた二人の男女
  適応障害
  他の心的外傷およびストレス因関連障害
    反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害
    脱抑制型対人交流障害

第8章 解離症群/解離性障害群
  解離性同一症/解離性同一性障害
  解離性健忘
  離人感・現実感消失症/離人感・現実感消失障害

第9章 身体症状症および関連症群
  治療
  身体症状症
  変換症/転換性障害(機能性神経症状症)
  他の身体症状症および関連症群
    病気不安症
    作為症/虚偽性障害

第10章 食行動障害および摂食障害群
  治療
  神経性やせ症/神経性無食欲症
    【症例】食事を減らし続けている16歳少女
  神経性過食症/神経性大食症
  過食性障害
  他の摂食障害
    異食症
    反芻症/反芻性障害
    回避・制限性食物摂取症/回避・制限性食物摂取障害

第11章 排泄症群
  遺尿症
  遺糞症

第12章 睡眠-覚醒障害群
  不眠障害
    【症例】午前3時に目が覚めてしまい,日中の疲労に悩む30歳男性
  ナルコレプシー
  呼吸関連睡眠障害群
    【症例】夜間,大きないびきをかき,日中は眠気を訴える57歳男性
  睡眠時随伴症群
  他の睡眠-覚醒障害群
    過眠障害
    概日リズム睡眠-覚醒障害群
    レストレスレッグス症候群(むずむず脚症候群)

第13章 性機能不全群
  物質・医薬品誘発性性機能不全
    【症例】抗うつ薬服用後,性機能不全が生じた55歳男性
  勃起障害
  早漏
  女性オルガズム障害
  他の性機能不全群
    射精遅延
    性器-骨盤痛・挿入障害
    女性の性的関心・興奮障害
    男性の性欲低下障害

第14章 性別違和
  リスク因子
    【症例】妻と離婚し,女性として生きることを望む52歳男性
  治療

第15章 秩序破壊的・衝動制御・素行症群
  治療
  反抗挑発症/反抗挑戦性障害
  間欠爆発症/間欠性爆発性障害
    【症例】怒りのコントロールができず,妻から離婚を求められた32歳男性
  素行症/素行障害
    【症例】盗みや暴力への後悔を一切もたない12歳少年
  他の秩序破壊的・衝動制御・素行症群
    放火症
    窃盗症

第16章 物質関連障害および嗜癖性障害群
  治療
  物質使用障害
    【症例】毎日大量に飲酒し,家族に連れてこられた45歳男性
    【症例】膝痛のため痛み止めを乱用した46歳男性
  物質中毒と離脱
  物質・医薬品誘発性精神疾患群
  ギャンブル障害
  リスク因子

第17章 神経認知障害群
  せん妄
  アルツハイマー病
    【症例】退職後,家に引きこもりほとんど寝て過ごすようになった71歳男性
  外傷性脳損傷
    【症例】4年前の交通事故以降,性格が変わってしまった19歳女性
  パーキンソン病
  前頭側頭型神経認知障害
  レビー小体病
  血管性神経認知障害
  他の神経認知障害と記憶障害
    HIV感染による神経認知障害
    プリオン病による神経認知障害
    ハンチントン病による神経認知障害

第18章 パーソナリティ障害群
  境界性パーソナリティ障害
    【症例】退職を繰り返し,自殺念慮をもつ33歳女性
  反社会性パーソナリティ障害
    【症例】偽造書類で入社した会社で多数の問題を起こした32歳男性
  統合失調型パーソナリティ障害
  他のパーソナリティ障害
    猜疑性パーソナリティ障害/妄想性パーソナリティ障害
    シゾイドパーソナリティ障害/スキゾイドパーソナリティ障害
    演技性パーソナリティ障害
    自己愛性パーソナリティ障害
    回避性パーソナリティ障害
    依存性パーソナリティ障害
    強迫性パーソナリティ障害

第19章 パラフィリア障害群
  治療
  窃視障害
  露出障害
  窃触障害
  性的マゾヒズム障害
  性的サディズム障害
  小児性愛障害
  フェティシズム障害
    【症例】女性用下着に強い性的興奮を覚える65歳男性
  異性装障害

第20章 治療の要点
  誰が助けてくれるか
  次に起こること
  治療法
  体調がよくなり健康であり続けること

付録 精神科でよく使用される薬物一覧
訳者あとがき
索引

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治療者が当事者・家族と一緒に読むことを薦めたい
書評者: 村井 俊哉 (京大大学院教授・精神医学)
 一般読者向けの精神疾患の解説書は,これまでにも膨大な数が出版されている。本書が目新しいのは,精神医学の専門家が診断の最終的なよりどころとしている網羅的診断基準DSM-5そのものを,その作成者である米国精神医学会(American Psychiatric Association)が当事者・家族向けに解説することをめざしている点である。

 考えてみると,確かにこれまでこうした本は出版されてこなかった。こうした出版がなかったことによる弊害としては,第一に,精神疾患がよくわからない不可解なものであるとのイメージを強め,精神疾患を持つ人に対する偏見につながっていた可能性があるという点だ。もう一つの弊害は,専門家は一般市民に難解な専門用語を用いて病気を定義し,診断しているのではないかと,当事者たちが専門家に不信感を覚えるのに寄与していた可能性がある点である。

 その意味で,本書は企画自体において,その目的の重要な部分を既に果たしていることになる。本書は,精神科医自身が究極のバイブルとしている診断基準のリストを包み隠さずそのままのかたちで解説し,可能な限り可視化・透明化することをめざしているのである。さらに内容面においても,具体的な事例が豊富に掲載され,また理解を助ける「BOX」や「キーポイント」が効果的に挿入されるなど,非専門家の理解を助けるための多様な工夫が施されている。

 ただ,これらの努力をもってしても,これまでの一般向けの精神疾患解説書と比べると,本書は多少のとっつきにくさがあるかもしれない。一般読者にとっては,DSM-5の羅列的な症状項目の記載は,なかなか頭に入りにくいだろう。また,一部の読者を除き多くの一般読者は,精神疾患全体について知りたいというより,おそらくは自分自身や家族が診断を受け治療を受けている病気に絞って,より深く理解したいのではないだろうか。その場合,精神疾患全体を扱う本書は,それぞれの一般読者にとってはやや大部に過ぎるかもしれない。

 そういう意味で,訳者が冒頭で示唆しているように,本書はむしろ専門職にとって利用価値が高い本となるように思える。精神医学が対象とする病態や診断がますます増える今日,専門職にとっては,精神医学の病態・診断の全容を自らの専門用語で把握しておくことさえ困難な課題となりつつある。その上,専門職の者は,これらを自分たちの言葉で理解するだけでなく,一般の人にわかりやすく,かつ正確に伝えていく使命を課せられている。精神医学領域のさまざまな職種の専門職者が,専門家向けの教科書に加え本書を手元に置くことで,日々の臨床の質は大きく向上することであろう。病気についての知識,治療方針の決定プロセスを治療者と当事者・家族が共有することは当たり前の時代になっている。本書の関連ページを当事者・家族と一緒に確認する作業は,日々の臨床場面で大きな助けとなるだろう。

 日本語訳は正確かつ誠実で,本書の目的に適った文体で,安心して読み進めることができる。
アメリカ精神医学会の底力を感じる一冊
書評者: 野村 俊明 (日本医科大教授・心理学)
 本書はアメリカ精神医学会が発刊した精神疾患(mental disorders)の当事者とその家族のための診断や治療の解説書の翻訳である。精神医学に関連する書籍は巷にあふれているが,本書はその中でも特色ある一冊であり高い価値を持っている。

 本書は,原書の副題にYour Guide to DSM-5とあることからもわかるように,DSM-5に準拠して構成されている。簡単な序章の後に,DSM-5と同様に神経発達症群/神経発達障害群から始まり,以下,統合失調症スペクトラム,双極性障害,抑うつ障害群……という順番で19の項目が扱われている。統合失調症や双極性障害などの精神科臨床の中核をなす疾患だけでなく,排泄症群,性機能不全群,性別違和などの領域にも相応のページを割いているのも特徴の一つであるが,これはおそらく当事者やその家族が利用することを意識しているからであろう。

 各章では,当該疾患の概説に続いて診断基準がわかりやすく述べられ,症例の紹介,リスク因子,治療法が紹介されている。適宜挿入されている「心身の健康を保つためのアドバイス」や「家族へのアドバイス」も役に立つ。

 コラム「BOX」で扱われている話題(例えば「うつ病と悲嘆の違い」など)も興味深い。各章の末尾には「キーポイント」として簡潔な要約が記載されている。どの章も明快でわかりやすく,しかもしっかりした内容を持っている。

 最終章は「治療の要点」と題されており,メンタルヘルスケアに携わる職種の紹介,診断と治療の概略の解説,主な精神療法や精神科で使用される薬物の説明などが記述されている。

 本書はアメリカ精神医学会が初めて当事者や家族のために作成したガイドブックだということである。評者は一読して,こうした書物を刊行できるアメリカ精神医学会の底力とでもいうべきものを痛感させられた思いであった。今日のアメリカ精神医学の到達点が,平易に,しかし体系的に記載されている。これなら当事者や家族にもわかりやすいだろうと思う。こうした書籍は,残念ながらまだわが国にはないのではあるまいか。

 訳文はよく練られており,日本語としてわかりやすい良訳である。翻訳にありがちな生硬な表現がないのは,本書が当事者向けであって英文自体が平易であるからだけでなく,訳者の才能と努力によるものであろう。訳者は助教という肩書きからすると若い世代に属する精神科医なのだろうが,今後の活躍が大いに期待される方だと思われる。原著の各章にある印象的な写真が掲載されていないのは少し残念だが,本文の部分は随所に編集上の工夫が感じられ読みやすく仕上がっている。訳者と編集者の意気込みが感じられる一冊である。

 本書は,既に述べたようにDSM-5の解説書としても十分な水準を保っている。当事者とその家族だけでなく,メンタルヘルスケアにかかわる専門家,とりわけ研修医,他科の医師,心理師などに強く薦めたい一冊である。

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