妊娠・出産という現象を俯瞰した一冊
書評者:大橋 一友(阪大大学院教授・保健学)
妊娠・出産は生命の再生産(リプロダクション)に直結する普遍の営みであるが,医学や助産学だけで解決する問題ではなく,習俗,伝統,社会制度などの社会的要因から大きな影響を受けている。本書の執筆者の研究領域のキーワードを列記すると,社会学,女性学,民俗学,文化人類学,歴史学,助産学など多岐にわたっており,妊娠・出産という現象を俯瞰した素晴らしい内容になっている。
現在の妊娠・出産に対する考え方は先人の苦労の中から確立してきたものであり,研究者のみならず,出産や分娩に携わる方や興味がある方々には,本書が紹介している「助産の歴史」(第1部から第3部)をご一読いただきたい。新しく生まれる生命に対する価値観は時代によって異なり,社会体制の変化によって妊娠・出産・育児という事象がどのように変化してきたかを,詳細かつ平易に紹介している。
第1部では今から200年前を振り返った江戸末期のお産事情が紹介されており,国家が妊娠・出産に関与しなかった時代の様子が興味深く描かれている。
第2部では明治から昭和初期の産婆の歴史が描かれている。国家が掲げる近代化という旗印のもと,さまざまな人物が産婆という職業の確立に尽力し,同時に産婆がどのように活躍したかが描かれている。
第3部は第二次世界大戦終了後の大きな社会体制の変革の中での妊娠・出産への価値観を,出産を支える医療従事者の視点だけでなく,妊娠・出産の当事者である女性の価値観の変化に踏み込んだ内容となっている。
最終部の第4部では現代の妊娠・出産に関わる社会的な問題点をまとめており,今後に妊娠・出産を考える上での,示唆に富む内容が編集されている。
本書で特筆すべきことは充実したコラムである。14のコラムが本文中の各章の間に絶妙に配置されている。その内容は,当代の第一人者によって書かれている素晴らしい内容であり,評者もたくさんの知見を学習させていただいた。私は途上国での安全な出産に関する仕事のお手伝いをしているが,本書から得られた知見は今後の自分の活動にとって意義深いものであると確信している。
本書は助産師や助産師をめざす学生だけでなく,女性としての基本的な教養として全ての女性に読んでいただくことが望ましい。また,本書の著者には男性が1名しか加わっていないが,妊娠や育児のもうひとりの当事者である男性(出産にも当事者意識は持っていただきたい)の視点から見た次回作を期待したい。