まえがき
もし、あなたがこれまでに「伝える技術(プレゼンテーション)」を学んだことがなければ、きっと無意識のうちに、あるいは本能のままに、頭に浮かんだことをそのつど、口から発しているに違いない。それも専門的な話を、専門用語を使いながら。
そうだとするなら、きっと、あなたの大切な患者さんの頭の上には、「この先生は何を言いたいんだろう?」とハテナマークがついているはすだ。もちろん、あなたには見えないが、相手はそう思っている。思っていても、よほどのことがない限り、あなたに聞き返すことはない。聞き返さず何となく流してしまう。その結果は火を見るより明らかだ。
あなたが学会発表でネフローゼ症候群診療ガイドラインについて口演することになったとする。あなたは直前になって、きっと、あっちこっちからデータを引用し多くのスライドを作成する。過去のセミナーで使ったファイルからパーツをコピーする。その結果、膨大な量のスライドができあがる。ぶっつけ本番の口演では、スライドをとっかえひっかえしながら、猛烈なスピードで話をする。
プレゼンテーションを終えた後、果たして聴き手はあなたが伝えたい内容を本当に理解してくれただろうか。日頃の激務のせいで、途中で居眠りをしてしまったかもしれないし、これをチャンスとばかり、あなたの話をそっちのけで、追われている仕事の片付けに精を出していたかもしれない。
この本は、人に何かを伝えようとする場面で、あなたがきっと犯しているであろう失敗を集めた。それも、わかりやすくマンガで示した。きっと、あなたは、「そうそう、こんな経験をしたことがある」と共感するにちがいない。たとえ「そんなことはない」と思っても、あなたは知らず知らずのうちに同じ失敗をしている可能性が大だ。伝わったか伝わらなかったかは、自分では確認できないからだ。あなたがそんな失敗を犯さないために、失敗の原因やその対策、あるいは、どうすれば効果的かつ効率的に自分の意見や考えを伝えることができるか、そのセオリーとテクニックをお教えする。
あなたが人に何かを伝えようとするとき、まず「プレゼンの戦略」を立て、聴き手を分析する。聴き手は誰で、何を聴きたがっているか、どんな話にメリットを感じるか。そして、伝える目的を明確にし、伝える場所や環境を考慮に入れておく。
次に「シナリオ」を組み立てる。思いついたまま話をすると、聴き手は迷子になってしまう。聴き手が遭遇している、あるいは遭遇しそうな課題を提起する。例えば、「この症状が重篤になる要因は何でしょうか?」などと。そうすれば、聴き手は「なんだろうか?」と興味をもつ。そして、「それは…」と結論を述べる。次に、その理由を論理的に組み立てて説明する。そうすれば、あなたは頭脳明晰な印象を与える。
シナリオが完成したら、次に「デリバリー」をする。つまり聴き手を前にして実際に伝えるわけだ。ここであなたはスクリーンやパソコンの画面に向かって話をしないこと。聴き手に向かって聴き手の目を見ながら話をすること。そうすれば、聴き手とのコミュニケーションが成り立つ。そうすれば、あなたは「信頼できる先生だ」と思われる。スライドはプレゼンのツールであって主役ではない。主役は話し手であるあなた自身だ。
プレゼンが終わった後、聴き手からの質問に対応しなければならない。ここで気を抜いてはいけない。もし、聴き手からの質問にきっちり答えることができなかったり、適当に誤魔化したりすると、すべてが台無しになる。質疑応答の技術をマスターして、聴き手からのさらなる信頼を獲得することだ。
あなたがこの本を最後まで読み進め、プレゼンのセオリーとテクニックをマスターし実践すれば、あなたはしくじることはない。
2018年9月 八幡紕芦史