序
ここ20年ほどの間に,わが国においても,さまざまな疾患で診療ガイドラインの整備・普及が進んだ.これは適正かつ質の高い医療を広く提供するうえで大いに歓迎すべきことであろう.ただ,多忙な日々を送る医療関係者にとって,自身の専門領域のみならず,専門外のガイドラインの概要を把握しておくことは容易なことではない.そこで本書では,日常臨床でよく遭遇する59の日常疾患(common disease)を取り上げ,その診療ガイドラインと特にその薬物治療に重点を置き解説を試みた.日常診療に役立つよう,薬剤商品名による具体的な処方例も記載している.
ところでその薬物治療の際,われわれはどのようなことを念頭に置いて薬剤の選択を行うべきだろうか.さまざまな考え方があると思うが,診療ガイドラインの存在する疾患については,まず“診療ガイドラインに収載されている薬剤であること”が1つの基準となるだろう.また,少子高齢社会を迎えたわが国では,今後ますます医療財政が逼迫することが見込まれるため,“費用対効果に優れた薬剤であること”も薬剤選択の重要な要素であるといえる.特に,生活習慣病薬のように長期にわたって服用する医薬品には,患者自己負担の面からも経済性が考慮されなくてはならない.
このような観点から選ばれる医薬品を,最近では「エスタブリッシュ医薬品」と呼んでいる.つまり,エスタブリッシュ医薬品とは,エビデンスに基づく診療ガイドラインに収載されるような標準的治療薬で,しかも費用対効果の優れた医薬品のことである.ちなみに,「エスタブリッシュ」とは「確立した」という意味である.また,その多くは薬剤有効成分の特許期間が満了していて,特許期間中の新薬に比べて安価である.なお,わが国の処方薬の種類はおおよそ1万6千品目,その半分は特許期間がすでに満了した長期収載品や後発医薬品によって占められている.
さて本書では,こうしたエスタブリッシュ医薬品の臨床における普及を意識して,以下の工夫をした.まず各疾患の処方例に登場した薬剤の基本情報は,巻末の薬剤一覧にまとめて収載し,「後発医薬品の有無」および「同一有効成分をもつ薬剤の薬価幅(最低~最高)」についてもそれぞれ掲載した.これは読者諸氏に,薬剤の銘柄選択の際,各薬剤の経済性を意識していただくための工夫の一環でもある.
なお,本書は国際医療福祉大学グループの専門医が総力をあげて執筆した.企画趣旨を理解し,ご協力いただいた専門医の諸氏に,この場を借りて感謝したい.
本書が日常疾患の診断治療に日々携わる医師・薬剤師の皆さんや,外来で日常疾患の診断治療を学ぶ臨床研修医の皆さんなど,広く医療関係者のお役に立てば,執筆者一同の喜びとするところです.
2012年6月吉日
小川 聡
武藤正樹