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文化と看護のアクションリサーチ

保健医療への人類学的アプローチ

著:Christie W. Kiefer 
訳:木下 康仁

  • 判型 A5
  • 頁 320
  • 発行 2010年12月
  • 定価 4,320円 (本体4,000円+税8%)
  • ISBN978-4-260-01167-9
人類学的アプローチから学ぶアクションリサーチ
人類学的アプローチから、アクションリサーチに役立つ考え方や研究方法をやさしく解説。研究的な面だけでなく医療実践の変革を重視する“アクション人類学”の立場から、調査・研究時の心がまえ、データ収集・分析の方法、理論の活かし方などを取り上げる。失敗例やユニークなエピソードなどを交えた多彩な事例により、人類学的な思考方法を親しみやすく紹介。技法にとどまらない、幅広い理解を目指す。
序 文
日本語版への序

日本語版への序
 はじめに,本書の日本語版を出版された医学書院と翻訳の労をとられた木下康仁教授に深謝申し上げる。日本の保健医療従事者や保健政策立案者が,関係するコミュニティの理解をよりいっそう深めることに本書の内容が寄与し,また,...
日本語版への序

日本語版への序
 はじめに,本書の日本語版を出版された医学書院と翻訳の労をとられた木下康仁教授に深謝申し上げる。日本の保健医療従事者や保健政策立案者が,関係するコミュニティの理解をよりいっそう深めることに本書の内容が寄与し,また,彼らとのコミュニケーションを改善しようと思っている日本の社会科学者にとっても本書が役立つことを希望する。この点をふまえたうえで,この序文で2つのことについて触れておきたい。1つは,日本文化と保健人類学の適合性であり,もう1つは,人類学的思考方法を習得する上で有効な活動の種類である。

日本文化と保健人類学
 本書の執筆前に,私は4年間にわたりタイ保健省のプラボロマラジュチャノック研究所(PBRI)において看護大学の教員を対象に毎年保健人類学の演習を担当した。このときの経験を活用して,本書が西洋の保健医療専門職だけでなく非西洋文化の学習者にとっても役立つものとなるように工夫した。また,私は1965~66年にかけて甲南大学の増田光吉教授(当時)の指導のもと,人類学の調査のために日本に18か月滞在した。カリフォルニア大学(サンフランシスコ校)での30年あまりの間,日本からの大学院生を指導し,2000年までには日本の高齢者ケアシステムについても学んだ。
 私は,日本文化の特性の中には学生が人類学的思考を実践しやすくするものもあれば,逆に,むずかしくするものもあると考えている。最初に,密接に関連する4つの特性をみておこう。(1)あいまいさの受容,(2)情緒的敏感さ,(3)間接的コミュニケーションの方法,そして,(4)長期にわたる密接な人間関係を維持する習慣であるが,これらの特性には単に「今ここで」見聞したことだけではなく,その原因と結果を考慮すること,つまり状況を「広角度」で考えることが含まれる。
 こうした特性は,データの収集や解釈を促進させるだろう。人類学者が観察をしたり人々の会話に耳を傾けるとき,彼らの思考や関係性についての微妙な感情的表現や間接的な仕草に気づくことができ,それを記録できれば深いデータを収集できる。私は,日本の人々は社会的習慣によってこうした領域でのしっかりとした社会的スキルを身につけていると確信している。西洋では,互いに親しい関係にあればこの種の相互の感受性を培うことができるが,見知らぬ人や単なる知り合い程度ではよほどはっきりと言葉で考えや感情を表現しない限り理解できないものとされている。自然科学で訓練を受けた西洋の学生たちは,人が発言せずに何かを伝えようとしていても,それに気づくのが特に苦手である。この点に敏感な日本の調査者は,適切な質問をすることができるであろう。
 私が指摘した日本の文化特性は,行動の解釈においてはとりわけ重要である。西洋人に比べ,日本人は自分の行動の社会的影響を長期的視点と多様な立場から考えなくてはならないようである。その結果,見解を異にするさまざまな立場や異なる社会状況のもたらす影響の理解にたけている。このスキルは,見知らぬ状況における社会的行為の意味を探求する際にも応用が利くものである。
 次に,人類学の実践をむずかしくするかもしれない日本文化の特性について考えてみよう。最大の困難要因は,社会的リスクを回避しようとする習慣である。この特性はどの文化にもある程度はみられるが,特に日本では強力であり,2つの問題状況を引き起こす。(1)自分に考えがあっても同僚たちがそれに同意しないだろうと思うと,はっきりと自分の考えを発言しない。(2)調査においても自分独自のスキルを開発,活用するのではなく,広く受け入れられている技法に過度に依存しやすい。
 人類学の目的は,高度に複合的で微妙な人間の行動について,これまで隠されていたり誤って理解されていた事柄を明確化し,かつ,有用な仕方でそれを行うところにある。したがって,その性質上,人類学は長い間多くの人々によって支持されてきた考えに挑戦することになる。西洋の人類学者が集うと,彼らはだれの考えがもっとも適切であるかをめぐって長時間議論をするのが通例である。これ自体が人類学者の文化の一端といえる。また,彼らはそれを誇りに感じている。自分が見出したことは大胆に主張しなくてはならないし,展開次第ではそのために戦う用意が求められる。
 技法に頼ることでリスクを回避しようとすることは,創造性と洞察を禁じてしまう。この本で私は,「直観」という言葉を肯定的な意味で用いている。すべての厳密な知識は,研究しようとすることについての漠然とした個人的な感情からはじまると述べている。私たちはこうした感情を信頼することを学ばなくてはならないし,仮に定着している技法を応用しても自分の中で膨らみつつある直観的知識とうまく合致しないのであれば,その技法の有効性を確かめなくてはならないし,自分独自の技法を新たに開発することまで視野に入れるべきである。たとえるなら,はじめは巨匠にならって楽器の演奏法を慎重に学ぶが,後には自分独自の音色を出すべく技法に修正を施す音楽家である。有用な真実を理解してもらうために,およそあらゆる科学は観察や分析の定着技法とともに,深遠で直観的かつその人特有のスキルによるパターン認識や洞察を必要とする。私が敬愛する科学哲学者の1人であるノーベル物理学賞受賞者,湯川秀樹博士は,道教を学んだことでずいぶん助けられたと語っている。定説や定着した技法を疑うことを学んだからだという。

エスノグラファーの力量を高める活動
 人類学的思考方法を教室での学習だけで身につけるのは非常にむずかしい。学生たちは,フィールド調査者であるエスノグラファーがしていることを時間をかけて学習できれば,このスキルを迅速かつ効果的に習得できる。むろん,近代的生活では時間の自由は限られているから,このように助言されるとやる気をなくしてしまうかもしれない。だが,心配することはない。他のことをやりながらでもエスノグラフィーの練習は可能である。私たちはみな,日常的にさまざまな社会状況に参加しているので,それぞれの状況について意識して人類学的に考える癖をつけるとよい。教室であれ,患者のケアであれ,街での買い物であれ,家族や友人とのくつろぎのときであれ,あるいは,インターネット・サーフィンであっても,要するにどこにいても,社会状況の理解を深められるよう好奇心をもつ習慣を身につけることである。
 どんなものであれ微妙なパターンを発見しようとする。男性の友人と女性の友人とでは,やり方が違っていることがあるかもしれない。患者の年齢や職業と,話し方や考え方との間には何か関係があるのだろうか。どんな言葉や考え方が患者の助けになり,逆に,そうならないのはどんな言葉なのか。居住の地区によって,相互にどのような違いがあるのか。店の種類はどうか。出会った人にどんな声かけをするか。特有の音やにおいがあるだろうか。私はノートをいつも携帯し,何か面白いパターンをみつけるとメモをすることにしている。そして,時々ノートを読み返してはもう一度同じパターンをみつけようとする。
 もし何かのパターンを見出したと思ったら,次は,「なぜそうなのか?」と自問する。最初は確信がもてないが,仮説を考えはじめ,それを支持,あるいは,支持しない他の状況を探す。こう述べるとさもたいへんなことのように聞こえるかもしれないが,習慣化すれば簡単にできるようになり,その楽しさは趣味に近いものとなる。
 本書で,私は人々が一種の戦略として日々の生活を送っている方法について,どのように考えたらよいのかを提示している。私たちはみな,ニーズを満たそうとし,それに向かって適した行為を考えている。もう1つのフィールドワークの練習は,個々の行為がニーズの組み合わせにどのように作用しているのかを考えることで,1人ひとりについて理解しようとすることである。自分について,また他の人についても,これを試してみる。私は授業で映画や小説を教材にして,この能力について教えたこともある。現実の人間の状況を扱いながらも,この種の作品は現実の生活よりも秩序だって構成されているから,登場人物の戦略を発見しやすい。小説を読んだり映画やテレビを見る際には,作者や監督が何を表現しようとしているのか,その出来栄えはどうかを評価的に考える習慣を身につけるとよいだろう。

 Christie W. Kiefer



 近年,治療医療の成果は目覚ましく向上しているが,同時に高額化するにつれ,多くの人々が最良の医療サービスにアクセスできない事態が明らかとなっている。その結果,健康へのアクセス問題への対策として,高度な医療技術による治療処置からプライマリーケア,疾病予防,健康増進へと比重を移行する研究者や教育研修機関の数は急激に増加している。本書はこうした動向に触発されたものであり,保健医療従事者が健康障害の社会的原因を深く理解するために人類学のもつ強力な知的道具を習得することを支援し,それによりこうした動向を後押しすることを意図している。
 本書は,コミュニティにおける保健医療活動に関して,人類学的な調査を行おうという人であればだれであっても必要となる基本的な考え,態度,技法について私の見解を提示するものである。私は30年近くにわたって医学,看護学,公衆衛生学の学生たちに人類学を教えてきたが,これらの学生たちは私の教室に入ってきたときには,社会科学の素養はほとんどもち合わせていなかった。この本はその経験から生まれた。
 本書の執筆にあたり,だれでも私の考え方を理解できるように難解な社会科学の専門用語は避け,直接的なわかりやすい記述を試みた。とはいえ,文化人類学は自然科学とも日常的常識とも異なった,ある一定のものの見方を提供するので,新たな見方を本当の意味で吸収するためには注意深い学習が求められる。この本は個別科学領域を超えてコミュニケーションが領域横断的になりたつよう,特に意識して書かれている。この姿勢は社会科学の記述ではなじみのないものであり,本書の表現や見解は読者によっては,最初はやや物珍しく思われるかもしれない。この点に関しては,長年の教育経験とそこでの試行錯誤からこのスタイルが培われてきたことを指摘しておこう。
 人類学的なものの見方を確実に習得するには,究極のところ,実際に人類学を実践するにつきる。人類学者が文化と呼んでいるところのパターン化された人間の思考や様式化された行動を,自分の力で発見することを経験するということである。自分の行為と思考が深く関連しながら進行する点では,チェスやマージャンと少し似たところがある。したがって,本書はグループでの学習に最適で,それぞれ書かれている内容を実際に実践し,その経験を共有し合うことでお互いの理解を確かなものにしていくことができる。
 本書は全部で13章の構成であるが,大きくは4つに区分される。第1章から第4章までは対比的に,人類学的な思考と方法と,自然科学や医学の概念や方法とに大別し,両者の関係について検討する。まず,健康科学の主要な概念がなぜ人類学的な考え方によって補完される必要があるのかという問題への説明からはじめる。次いで,自然科学の隠された前提を深く掘り下げ,こうした前提があるために人間の行動について創造的に考える私たちの能力がいかに制約されているかを示す。そして,人類学的な考え方を下支えする,自然科学とは異なる基本的な前提,すなわち,代替哲学として自然主義的理論としての知識について論じる。
 第5章から第8章は,人類学的調査の実践に必要となるさまざまな技法をステップごとに解説していく。ここでとりあげるスキルとは,単に手順だけでなく,自分がしていること,みていることをどう解釈したらよいのか,その考え方や,この種の調査を構成する人間の相互作用をどのようにやりくりするか,その方法をも含む。特に保健医療専門職は,活動する地域社会における自分と他の人々とのかかわり方についてできるだけ深く自己認識できれば,多くのことを得ることができる。ここで説明するデータの収集,記録,分析の手順は完成版というわけではないことも指摘しておこう。この種の手順はそれぞれ自分に適したものを選択すればよく,これら以外の方法を紹介している良書も少なくない。画家が自分にあった画法を探索するように,自分にとってもっとも満足いく方法をみつけるためには多様な技法を試してみることは重要である。
 第9章と第10章は,理論的な内容を扱う。人間の特質や人間のニーズと健康との関係,変化やストレスが地域社会に及ぼす影響,地域社会がそれ自体の問題に直面し解決していくプロセスといった地域保健医療従事者にとっての主な関心事について,有効な考え方を例示により説明する。ここで提示する理論が社会科学における他の理論よりも優れていると主張するつもりはないが,リサーチ・クエスチョンを練り上げる初期段階では有効であると考えている。優れた地域保健調査とは,自分のデータをもっともよく解釈できる概念を多くの理論的な立場から見出し,とり入れていくことであると私は考えている。
 第11章,第12章,第13章は,基本的な調査スキルからさらに一歩進み,健康科学者が社会問題を追及する際に有効となる能力について論じている。第11章では,直接的参加者としての調査者の役割をあらわす用語として,アクション人類学を提唱し,これを地域社会において住民みずからが健康を改善するのを支援する立場とする。地域住民のために保健医療従事者がその専門活動において人類学的調査方法を活用しようとするとき,住民たちにそれをどのように教えるかも,もう1つの重要なスキルであり,これが第12章の内容である。最後に,第13章は自然主義的研究方法によって提起されるいくつかの論点と,それらの扱われ方について言及している。ここでは,自然主義的研究方法と実験的研究方法との相互補完的なアプローチの可能性についても触れる。最後の3章は単なるオプションとしてではなく,調査研究活動に奥行きをもたらす視座という位置づけになる。換言すると,自分が直接こうした調査をしないとしても,ここでの内容を理解しておくことは重要である。
 さて,保健社会科学の方法や哲学を扱った文献は豊富にあるにもかかわらず,本書では参考文献の提示が比較的少ないことに気づかれたかもしれない。これは,長年にわたり健康科学の研究者に人類学を教えてきた経験からの判断であり,健康科学と社会科学の両方に関してこのレベルまでは理解しておいてもらいたいと考える範囲に絞り込んだからである。これら2領域は,何が重要な問いであるか,それらの問いはいかに答えられるべきか,学術的記述においてどのような用語や説得的記述スタイルが用いられるべきであるかなどに関してそれぞれに独立した伝統があるためでもある。保健社会科学の領域で発表される学術研究論文のほとんどは,一様ではないにしても,社会科学における関心を満たし,基準をクリアするように書くことが求められている。たとえ保健医療従事者の手による論文の場合であっても,である。しかしながら,多くの場合,そうした研究は保健医療従事者にとって役にたたない。なぜなら,そうした論文は臨床的関心にも公衆衛生的関心にもほとんど関係ないからであり,彼女/彼らは,論文でとりあげられている問題が専門的すぎて,その有効性を完全に理解するための概念的知識を欠いているからである。健康科学の研究者が社会科学の専門的研究水準に挑もうとするのに水を差すつもりはないが,本書の目的は,人類学的研究方法をより多くの保健医療従事者に理解可能な形で伝える点にある。社会科学者による研究方法に関しては文字通り良書が多く出ているので,同列の書物は必要ではなく,むしろ本書の試みが求められているのである。
 多くの保健医療専門職が,本書が述べるスキルの必要性を認識していくことで,本書の内容が多くの人々の手によって改善され,より優れたものになっていくことを大いに期待している。おそらく,有能な保健医療専門職が人類学的方法を活用し,人間のおかれた状況を改善しようとする試みは,幅広い,深い潮流として多くの人々をつなぐ力となるだろう。
書 評
  • 看護の真のニーズに迫るために有効なアクションリサーチの薦め (雑誌『看護教育』より)
    書評者:眞鍋 知子(防衛医科大学校医学教育部衛生学公衆衛生学講座)

     アクションリサーチとは,目標をフィールドである地域の人々の手で設定し,生み出す結果は地域にとって最も適した形で活用できるように提供される研究手法である。研究者の役割は,地域住民が個々の持つ問題を意識化できるように支援し,自治体や行政担当者への通訳者としての役割を担うことである。医療従事者は,各々の...
    看護の真のニーズに迫るために有効なアクションリサーチの薦め (雑誌『看護教育』より)
    書評者:眞鍋 知子(防衛医科大学校医学教育部衛生学公衆衛生学講座)

     アクションリサーチとは,目標をフィールドである地域の人々の手で設定し,生み出す結果は地域にとって最も適した形で活用できるように提供される研究手法である。研究者の役割は,地域住民が個々の持つ問題を意識化できるように支援し,自治体や行政担当者への通訳者としての役割を担うことである。医療従事者は,各々の領域における専門的な知識により地域住民の生活をコントロールし,地域の自己効力感を損ね,エンパワメントのプロセスを阻害しかねない立場である。自然主義的調査に比べると長い時間がかかり,コミュニティ内部等での対立など予期せぬ問題が生じることも考えられる。しかし,地域住民と調査者相互の信頼と連帯感を育み,パートナーシップを形成する方法としては非常に有効なリサーチと考える。アクションリサーチを通じて,人々が自ら問題を顕在化させ,行為の結果を理解する思考や行動の仕方を学習し,より解決を探求するプロセスの継続へ導いてゆくことができる手法として,看護における教育や研究に有用であろう。

     なお“人類学モデル”とは,既知の事実から因果関係を引き出す“疾病モデル”とは違い,文化,環境,教育,治安,経済政策など社会的視座に立ち,総合した影響関係を明らかにすると筆者は述べている。人々が自身の健康状態を理解し対処できるかは,必要とする保健医療サービスの種類との関連がある。

     私たちは,人々の住む地域において,健康問題に影響を及ぼしていると思われる社会的,文化的,歴史的,環境的要因の特性を十分に認識したうえで関わることが必要なのである。また,人類学に基づいた研究方法である自然主義的研究は,1つの理論が支配してしまう実証主義に基づく実験科学的理論の研究とは違い,経験に基づく「意味づけ」とデータを解釈するうえで重要である「パターンの一貫性」が利点であるとしている。自然主義的理論に基づき研究を進めることは,複雑な人間の社会システムにおいて,解決すべき問題を的確に理解したうえで,段階的に明らかする研究方法なのである。「正しいものは一つ」と考える実証主義的アプローチに比べ自然主義的アプローチによる研究は「物事をみる正しい方法はいろいろある」と考える。つまり「問題を解決する方法は複数ある」とするからである。調査者がコミュニティに深く関わり,常時観察した内容を考察することにより,調査方法や結論の修正が可能となるこうした研究方法においては,妥当性と信頼性は実験的科学的方法と同様に保たれるであろう。

     本書は,個々の健康状態に合わせ,環境や社会に働きかけ最適な状態を維持できるような援助が“看護”であるということを再認識する機会を与えてくれる貴重な1冊である。

    (『看護教育』2011年6月号掲載)
目 次
日本語版への序

謝辞

第1章 人類学モデルの必要性
 文化人類学とは何か-文化の概念
 健康科学にとっての人類学の利点
第2章 実証主義:実験科学理論としての知識
 知識の意味
 実証主義:実験科学理論としての知識
 実証主義の限界
第3章 人類学:自然主義的理論としての知識
 自然主義的理論
 知識の自然主義的探索
 自然主義的研究のプロセス
 自然主義的知識の利点
 自然主義的理論の弱点
 理論についてはどうか?
第4章 自然な状況における現実の人々の研究
 エスノグラフィー(民族誌)と人類学的態度
 標本調査と実証主義的態度
 社会調査における文脈の重要性
第5章 研究プロジェクトをデザインする
 細部まで理解するプロセス
 リサーチ・プロブレムを絞り込む
 リサーチ・クエスチョンの絞込みの方法
 継続的プロセスとしての調査研究デザイン
第6章 フィールドの中と外での調査者
 参与観察
 倫理と価値
 役割をとる,うまく自分をはめ込む
 身なり,発言,振る舞い
 役割の例
 カルチャー・ショック:不可避だが,高度に貴重な経験
 フィールドでの滞在時間が限られているとき
 地域社会を超えた調査者
第7章 データを収集する
 調査を計画する
 観察する,ノートをつける
 記録をつける
 インタビューをする
 非干渉的方法
 間接的指示物
第8章 データの分析
 データ分析は人間の日常的なスキルを用いる
 分析:暗黙の理解を明示化する
 データの管理
 データ管理ツールの扱い方
 生データの分析:内容のコーディング
 統計データを活用する
 人類学の研究結果の読み方と聴き方
 結果を記述する
第9章 ニーズの理論
 地域保健実践(CHP:Community Health Practice)の既存モデル
 より有効なモデル:パターン化された文脈のもとでニーズを満たす人々
 人間の基本的ニーズ
 ニーズと健康
 ニーズ間の協働,対立,代替
 ニーズと地域保健調査
 ニーズ充足戦略の評価方法
第10章 コミュニティの変化:希望の理論
 アノミーと希望喪失状態
 自傷するコミュニティ
 自己治癒するコミュニティ
 コミュニティ・エンパワーメントのプロセス
 人々が変わるために理論を活用する
第11章 アクション人類学
 コミュニティ実践としての調査
 アクションリサーチとコミュニティ・エンパワーメント
 アクション人類学の実践I:コミュニティを知る
 アクション人類学の実践II:変化を促進させる
第12章 保健人類学を教える
 教育と調査の同時一体的進行
 学生中心教育の方法
 教師/ファシリテイターの役割
 宿題と授業外の課題
 問題解決型学習法(PBL:Problem-Based Learning)
第13章 自然主義的社会科学における専門主義
 自然主義的調査の質
 実証主義親和型の自然主義的方法
 妥当性としての有用性:より優れた解決
 コミュニティにおける健康に関する諸観念のアセスメント
付録:ニーズ充足の評価システム

文献
訳者あとがき
索引