精神科退院支援ハンドブック
ガイドラインと実践的アプローチ

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厚労研究委託費による班研究の成果を受けて作成された、本邦初の退院支援ガイドラインを第1部に掲載。第2部「ガイドラインに基づく退院支援の実践」では、ガイドラインで示された原則を踏まえ、実践的な取り組みのノウハウを詳細に解説。また、「特色のある取り組み」として、早期退院に成功している8施設の事例を紹介。自施設でも明日から取り入れられる具体的なヒントを豊富に提示。すべての精神保健医療福祉関係者必携の書。
編集 井上 新平 / 安西 信雄 / 池淵 恵美
発行 2011年05月判型:B5頁:284
ISBN 978-4-260-01234-8
定価 4,180円 (本体3,800円+税)

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 精神科病院における長期入院は,今,最も解決を求められている課題です.わが国の精神科医療の特徴は,西欧諸国にくらべて病床数が多く平均在院日数が長いことで,これは長期入院患者の問題に集約されています.
 長期入院はなぜ起こるのか,これまでさまざまな指摘がなされてきました.その1つは,統合失調症に代表される重度の精神疾患では病状の回復が悪いことがあり,そのために入院が長期化せざるを得ないという指摘です.もう1つは治療を含めた病院環境の問題で,閉鎖的で刺激が乏しい環境が患者の治療意欲を阻害し,病状悪化や長期入院につながるというものです.諸外国でもわが国でもこの問題に対する最終的な決着はついていませんが,西欧諸国ではすでに脱精神科病院を国策とし,公的病院の病床削減がはかられてきました.それには,薬物療法や心理社会的療法の進歩,社会経済学的理由などとともに,地域を基盤とした治療を受けるのは患者・家族にとっての基本的な権利といった主張がありました.もちろんわが国でも,少しずつですがこのような病床削減の動きは起こっています.
 地域生活を維持していくためには,単に薬を処方し通院を促すだけでは不十分です.せっかく頑張って退院できたとしても,すぐに再発,再入院ということになれば,スタッフの士気が高まらず,結局は入院の長期化を招いてしまいます.地域生活を続けていくには,患者は「生活する人」という視点から,生活技能や社会的認知,また症状に対する対処などさまざまな治療や方策が求められます.実際,諸外国で脱精神科病院の活動を進める中で,このような新しい治療法がどんどん開発されてきました.心理教育,社会生活技能訓練,包括型地域生活支援プログラム(ACT),認知行動療法,援助付き雇用プログラムなどです.私たちは,確かにこれらの治療について,また地域ベースの治療について後れを取ってきました.しかし,それは必ずしも悪いことばかりを意味しません.諸外国では,これまで苦労に苦労を重ねて,いろいろな技法を磨き上げてきました.今私たちが目にしているのは,現在得られる最善の治療です.そこで,このような治療に学び,それを現場に適応していけば,考えうる最も適切な治療ができるはずです.

 この本に盛り込まれているのは,そのような内容です.退院に向けた支援の活動は,病院に働くいろいろな人と議論して,病院全体で取り組んでいこうという意思決定さえできれば,それほど難しいことではありません.それどころか,実行するにしたがって患者さんもスタッフもどんどんやる気が出て興味が増していきます.本書が,長年にわたって長期入院の患者さんの退院に悩んでこられた方がたにとって福音となりますように願っています.

 2011年4月
 編者を代表して 井上新平

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第1部 退院支援ガイドライン
 I.退院支援ガイドライン活用の目的
 II.退院支援ガイドラインの作成過程
 III.退院支援ガイドライン
  A 治療体制作り
  B 退院困難要因の評価法:基本的な考え方
  C 退院支援プログラムの実施
  D 薬物療法の工夫
  E 病棟での退院支援計画とその実施
  F 退院コーディネートとソーシャルワーク
  G 家族との関わり方
 
第2部 ガイドラインに基づく退院支援の実践
 I.治療体制作り
 II.退院困難要因の評価
 III.退院支援プログラムの実施
 IV.薬物療法の工夫:統合失調症の薬物治療改善マニュアル
 V.病棟での退院支援計画とその実施
 VI.退院コーディネートとソーシャルワーク
 VII.家族との関わり方
 VIII.行政による退院促進支援事業
 IX.特色ある取り組み
  A 看護からの取り組み
  B 治療共同体に基づく力動的チーム医療
  C 地域生活支援と危機介入
  D グループ退院実践
  E 統合型精神科地域治療プログラム(OTP)
  F ダウンサイジングと機能強化
  G 巣立ち会方式
  H ACT-Jが実践する退院支援

索引

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精神科医療・リハビリテーションにかかわるすべての関係者必読の書
書評者: 伊勢田 堯 (東京都立松沢病院)
 「入院中心から地域生活中心へ」を実現するための『精神科退院支援ハンドブック――ガイドラインと実践的アプローチ』が出版された。わが国の精神保健福祉分野の「鎖国的遅れ」に風穴を開けることが期待されるハンドブックであり,まさに時宜を得た出版である。

 本書は,諸外国の脱精神科病院の活動を進める中で開発された心理教育,SST,ACT,認知行動療法,援助付き雇用プログラムなどの新しい治療法をわが国の現場に適応することをめざしたものである。二部構成になっている。

 第1部の「退院支援ガイドライン」は,I.退院支援ガイドライン活用の目的,II.退院支援ガイドラインの作成過程,III.退院支援ガイドライン(A.治療体制作り,B.退院困難要因の評価法:基本的な考え方,C.退院支援プログラムの実施,D.薬物療法の工夫,E.病棟での退院支援計画とその実施,F.退院コーディネートとソーシャルワーク,G.家族との関わり方),からなっている。

 第2部の「ガイドラインに基づく退院支援の実践」は,I.治療体制作り,II.退院困難要因の評価,III.退院支援プログラムの実施,IV.薬物療法の工夫:統合失調症の薬物治療改善マニュアル,V.病棟での退院支援計画とその実施,VI.退院コーディネートとソーシャルワーク,VII.家族との関わり方,VIII.行政による退院促進支援事業,IX.特色ある取り組み〔A.看護からの取り組み,B.治療共同体に基づく力動的チーム医療,C.地域生活支援と危機介入,D.グループ退院支援,E.統合型精神科地域治療プログラム(OTP),F.ダウンサイジングと機能強化,G.巣立ち会方式,H.ACT-Jが実践する退院支援〕からなり,ガイドラインを現場で実践するための手順が描かれている。

 このハンドブックは,それぞれの分野の第一線で活躍する執筆者が集められ,理論的にも実践的にも,わが国の最先端の知見がまとめられている。脱施設化を推し進める重要なステップを刻んだものであり,本書の目的は高いレベルで達成されている。著者らの長年の努力に心からの敬意を表したい。

 しかしながら,評者には,本書の到達点には退院促進事業に狭められた国の政策の致命的ともいえる弱点が反映されていると見える。退院促進事業が施設的環境の中で提供される際の治療効果上の限界があること,もっと充実したサービスを受けられる地域ケアの発展なしには,患者・家族にとって退院促進は望むところではあっても「行政の論理」と映っても仕方ないことなどが挙げられる。

 このハンドブックの成果を土台にして,(1)発病早期介入サービスの発展,(2)病院・デイケアなど施設によるサービス提供スタイルからの脱却,(3)訪問型地域ケアへの思い切った転換,(4)心理教育中心でない家族支援の開発,(5)有効性が確認された技法をパッケージで提供するEBP中心のアプローチから,EBP+VBP(values based practice,価値意識・多様性を尊重するアプローチ)への転換,などの改革に連動していくことが求められる。

 以上,本書はわが国の精神医療の脱施設化のプロセスの重要な一歩を記したものであり,退院促進事業の関係者だけではなく,精神科医療・リハビリテーションにかかわる専門職,行政に携わる人たちなどすべての関係者の必読の書と考える。
退院支援実践例が充実した,理解と実感を助けてくれる一冊
書評者: 福田 正人 (群馬大大学院准教授・神経精神医学)
 日本の精神科医療は,重症化した精神疾患患者に入院医療を提供すること,そのための医療施設を私立の精神科病院に求めることを,国が施策の中心としてきた歴史がある。そのために精神科病床が全病床の20%以上を占め,しかも長期入院や社会的入院の患者が多いという,世界の中で例外的な状況にある。退院を支援するためのハンドブックとしてガイドラインと実践的アプローチを示した本書は,そうした日本の精神科医療の残念な現状を反映している。

 本書は,「退院支援ガイドライン」と「ガイドラインに基づく退院支援の実践」の2部から構成されている。第1部は,厚生労働省精神・神経疾患研究委託費の研究成果を基にまとめられた,46ページからなるガイドラインの紹介が中心である(主任研究者・安西信雄「精神科在院患者の地域移行,定着,再入院防止のための技術開発と普及に関する研究」)。第2部ではガイドラインの具体化として,前半で退院支援の実践について8つの側面を詳説したうえで,後半で「特色ある取り組み」として8つの実例が紹介されている。

 退院支援の専門家ではない評者にとっては,第1部でガイドラインとしてまとめられた普遍的な解説以上に,第2部,特にその後半の具体例の紹介が印象的であった。例えば,富山・谷野呉山病院における「グループ退院実践」の資料として掲げてある発会式と退院式の式次第は,ささやかなものであるだけに当日の様子をほうふつとさせてくれる。また,東京・巣立ち会が建設したグループホームの写真と家賃・家主・建設経緯の表は,一般化できるものではないかもしれないが,後に続く者に勇気を与えてくれる。

 第2部前半の退院支援実践の8つの側面の記載においては,図表と事例が充実しており,退院支援初心者の理解と実感を助けてくれる。例えば,「薬物療法の工夫」の章では,さまざまな用紙やリストが紹介されている。いずれもシンプルなもので,作成者が臨床での試行を繰り返すなかで,実践で必要となるエッセンスを磨きあげてきたものと想像できる。また,班研究で開発した「退院困難度尺度」や国立精神・神経医療研究センター病院で用いられている「社会復帰病棟ケースカンファレンス用紙」「生活準備チェックリスト」はいずれも簡便なもので,作成者の現場感覚が生き生きと伝わってくる実用性の高いものである。

 評者が残念に感じたのは,こうした貴重な具体例や図表や事例が見つけにくくなりやすいことである。索引は充実しているものの,目次は中項目までで小項目は含まれておらず,また図表や事例の一覧表がないため,一度目にした資料を見つけるのに苦労することが多い。ページ数の制約があったのだろうが,「ハンドブック」として活用しやすいよう,増刷の際にぜひ追加をご検討いただきたい。

 退院支援は,一部の専門家や研究者だけが携わる特別なテーマではない。全国の精神科スタッフが常識として身につけ,普段の仕事として日々取り組むべき課題である。本書がそうした実際の退院支援の取り組みに役立ち,一人でも多くの当事者の退院と地域生活へと結び付くことに,本書の価値が示されていくだろう。その実績こそが,本当の意味での「書評」であると思う。
現在入手し得る,最新・最良の実践ガイドライン
書評者: 萱間 真美 (聖路加看護大教授・精神看護学)
 ガイドラインは何のために作るのだろうか。ケアの質を保ち,根拠を示し,ケア対象者にとって最良の結果をもたらすためである。私自身も,これまでいくつかのガイドライン開発を試みたことがある。作る側には緻密で膨大な作業量が要求される。いったん提示すると,専門家から多様な意見を頂くことが多く,その統一に苦労する。最新の知識はたちまち過去のものとなって,更新が必要となる。それら幾多の困難を経てガイドラインが世に出たとき,意外な反応を得ることがある。それは,「私たちが管理者や経営者にケアの必要性を説明するとき,自分たちの考えだけでは取り上げてもらえない。しかし,ガイドラインとして形になったものを示すことで権威付けがされ,具体的な検討に結び付く」というものだ。そうか,そんな使い方をしてもらえるのだと,新鮮な気持ちを持つことがある。

 本書には,わが国の精神保健医療福祉領域における豪華絢爛なメンバーによって,現在入手し得る最新の,そして最良のガイドラインが提示されている。治療体制作り,退院困難要因の評価方法,退院支援プログラム,薬物療法,病棟での退院支援計画,退院コーディネートとソーシャルワーク,家族ケア,退院支援グループ,治療共同体,そして包括型地域生活支援プログラム(ACT)。退院支援を行おうとする人たちが求める,おそらくすべてのニーズに対応できるメニューがそろっている。誰もが名前を知っている,その領域のエキスパートが満を持して提示する実践のガイドラインは,新しい動きを始めようとする人たちを支え,具体的な検討に結び付ける力を持つであろう。

 さらに,私自身にとって興味深かったのは,それぞれのエキスパートがプログラムを支える裏話や,時に持つ弱点についても率直に語っていることであった。会議や研究の場でご一緒することがあっても,なかなか裏話までをする余裕はなく,弱点を語れるほど,信頼できる,リラックスした場であることは少ない。本書では,志を共有する仲間に向けた,虚心坦懐な打ち明け話を読むことができる。「地域に行くことをアウトリーチと呼ぶが,私たちにとっては病院に出かけて地域を持ち込むことこそアウトリーチだ(巣立ち会方式)」「対象者をもっと地域全体に広げてゆきたい。しかしケアにおいて保障される必要がある点は明確である(ACT-J)」というような本音は,会議の席で強気と感じるエキスパートの発言の,背骨を支えている考え方なのであろう。

 本書は,退院支援の初心者には多様なメニューを提示してより豊かなケアの世界に誘うものであり,さらに深く退院支援を阻む問題に分け入っていこうとする者には,何が課題なのかをディープに示してくれる。編者である3人の先達の豊かな経験と包容力が,こうした幅広い知識提供の場を支えているのだと感じる。精神障がい者の地域生活を考えるすべての場で活用できる,良書であり,名著である。

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