はしがき
わたしたちは,生まれてから死ぬまでの生活において,個人の努力だけでは対応がむずかしいさまざまな困難に直面する。そうした困難に対し,生活の安定化をはかるとともに国民の最低生活を保障する公的な制度を社会保障制度という。また,社会福祉の制度とは,障害者や要介護高齢者など社会的な援護を要する者が自立した生活を送れるよう生活面でさまざまな支援を行うものである。
傷病者に対する看護は,病気やけがに苦しむ者を支えるために不可欠のものであるが,看護だけで,そうした困難に直面する者を支えることはできない。傷病のために職を失い,あるいは休職を余儀なくされれば,その間,失うことになる所得をどうするか,治療費をどう捻出するかが大きな悩みになることを考えれば,明らかであろう。また,多くの障害者や高齢者は,高い医療ニーズに加え,総合的な存在である1人の人間として,所得を必要とし,衣食住に関する生活面での基本的なニーズや教育,就労などを含む幅広いニーズをもっており,彼らの支援にかかわる制度の全体を知らずに,障害者や高齢者を支えることは不可能になっている。
社会保障や社会福祉の各制度は,年金,医療,福祉と制度別に分かれ,医療,福祉などのサービスは,相互に連携することなくばらばらに行われることが,かつては少なくなかった。しかし,各サービスを担う専門職の側が一方的に守備範囲と内容を決めるのではなく,1人の人間というトータルな存在である利用者のために,それぞれの専門職が連携し,主人公たる利用者を総合的に支えていくべきだとする認識がようやくたかまり,保健,医療,福祉サービスの連携も進められるようになった。そうした状況のなか,看護師にとって「病気ではなく,病人をみる」ためには,社会保障や社会福祉の制度の理解が必須のものの1つになっている。一方,逆に社会保障,社会福祉の専門職にとっても医学や看護の基礎知識が不可欠になっていることは言うまでもない。
かつて,社会保障や社会福祉の制度は,ともすれば支援を要する特定の者を対象とする選別的な制度であり,多くの人にとって,自分とはあまり関係のないものとしてとらえられがちであった。しかし,高齢化の急速な進行と年金制度の成熟化,介護保険制度の創設などにより,社会保障や社会福祉は,次第にだれもが必ずかかわりをもつ普遍的な制度として意識されるようになった。他方,このままのペースで少子高齢化が進めば,社会保障や社会福祉の負担が急増することから,制度の持続可能性を危ぶむ声もあがっており,社会保障や社会福祉の制度が将来的にも国民生活を支えるものとして機能するかどうかは,今や国民の最大の関心事の1つとなっている。また,社会保障・社会福祉の内容も従来の保護を要する児童の保護から一般児童の子育ち,子育て支援へ,要介護高齢者の介護から健康な高齢者の予防,生きがい対策へ,傷病の治療から疾病の予防,健康づくりへと拡大,深化しつつある。そうしたなかで,人間の健康にかかわる事項に社会のさまざまな立場からかかわることが期待される看護師にとって,社会保障,社会福祉の制度に関する知識,素養は,今後ますます求められるようになる,最も重要なものの1つになってくると思われる。
本書は,そうした基本認識に立ち,社会保障や社会福祉の制度や政策についての教育や研究に従事している者が集い,協力して改訂,執筆した看護師養成用のテキストである。最新の動向や知見を盛り込むとともに,執筆にあたって,とくに留意したのは以下の諸点である。
まず,内容的に看護師ととくにかかわりが深く,専門的な知識が求められる医療保障,介護保障の制度については,従来よりも頁数を大幅にふやし,くわしく,かつわかりやすい説明を加えた。また,年金制度をはじめとする所得保障制度についてもその重要性に鑑み,従来以上の頁数を確保し,わかりやすく解説することに腐心した。社会福祉の諸制度などについても,看護師が身につけておくべき素養という観点から内容を吟味し,これまで以上に理解しやすいようなかたちで記述にすることにつとめた。さらに,読者が本書を第1章から通読しても,また特定の章だけを選んで読んでも十分理解することができるよう,各章間で関連する事項については,相互に連携した記述にするようにつとめ,仮に若干の重複が生じることはあっても,必須の事項が落ちてしまうことがないようとくに意を用いた。こうしてできあがった本書が期待に十分こたえるものになっているかどうかは,読者の評価に待つしかないが,今後とも,いたらない点があれば,忌憚のないご指摘をいただき,よりよいテキストにしていければと願っている。
本書が看護師をめざす方々に十分活用され,わが国の社会保障・社会福祉の発展に多少なりとも貢献することができるとすれば,それはわたしたち執筆者にとって,望外の幸せである。
2008年12月
著者ら