はしがき
微生物学領域における最近の進歩は著しいものがあり,多くの教科書が次々と改訂を余儀なくされているのが現状である。著者らは先に「高看双書」の1つとして『病原微生物学』を執筆したが,新しいカリキュラムの実施に伴って,今回,現時点における進歩をできるだけ取り入れ,しかもより平易にと心がけながら全面的に書き改めたのが,本書である。
今回は書名を『病原微生物学』としないで,『微生物学』とした。これは,看護を業とする以上,病原微生物が問題となるのは当然であるが,その前提となる微生物学そのものをしっかりと理解してもらいたいからであり,また最近は必ずしも病気をおこさない微生物も,医学的に問題となる場合が比較的多くなっているからでもある。本書を通じて微生物学の基礎を把握し,実際の看護を行ううえに少しでも役だてていただければ幸いである。
内容その他に不備な点が少なくないと思うが,これらについては今後読者の方々のご意見に基づいて改訂していきたいと考えている。
1968年2月
武谷健二
小池聖淳
第11版の序
みなさんは,「バイ菌,カビ,ウイルス」などと聞いて,どのようなイメージを抱くでしょうか。多くの方々が,不潔,怖い,臭い,不気味など,嫌なイメージをもつことでしょう。そして,こんなものがいなかったなら,病気もなくて,安全で,住みよい世界になるのに,と想像するに違いありません。確かに,微生物のなかには食物の腐敗や,健康と生命をおびやかす感染症を引きおこすものがいます。このような感染症をなくすことは人類の悲願ではあります。
しかし,微生物が地球上のこの世界からいなくなったらどうなるかを,想像できますか。この世界はたちまち動物の死骸や排泄物,枯れた植物などで埋めつくされ,青々とした台地も,幽玄な山々や渓谷も,清らかな川も海もなくなってしまうことでしょう。なぜなら,微生物は有機物を分解して地球の環境を美しく保ってくれているからです。これは,地球規模の元素循環を微生物が担ってくれているからであり,この働きは「生物浄化」ともよばれています。みなさんが生物学で学んだ「食物連鎖」も,バクテリアとアメーバの関係から出発するということに気づいていましたか。そして,生物浄化は食物連鎖に先立つ,もっと大切な営みだということを。
私たちがいただいているパンやチーズ,酒やビールなどの発酵食品を造ってくれているのも細菌やカビの仲間です。産業に利用されているこれらの微生物は「有用微生物」とよばれ,私たちの食生活を支えてくれる,なくてはならないパートナーなのです。
しかし,人間と微生物との不幸な関係もあります。微生物には人間や動物,植物に病気をおこすものがたくさんいるからです。おそらく人類誕生と同時に,結核,コレラ,ジフテリア,マラリア,ポリオなどの感染症が,人類をおおいに苦しめてきました。目に見えない小さな生き物がなぜ人間を病気にし,さらに死に追いやるのでしょうか。この教科書ではおもに,ヒトに病気をおこす微生物(病原微生物)について学びます。
微生物による近年の感染症の特徴は,新興・再興感染症,国境なき感染症,動物由来(人獣共通)感染症という3つのキーワードで要約することができます。事実,いま世界的な大流行が危惧されている新型インフルエンザは,まさしくこの3つの特徴を備えています。現在,ヒトに感染する病原微生物は,細菌が538種,真菌が317種,ウイルスが208種,そして原虫が208種を数えます。これらの微生物が引きおこす感染症には,ヒトからヒトへうつる(伝染する),原因を増幅する(病原微生物を拡大再生産する)という,他の病気にない特徴があります。もし医療従事者が微生物学的な知識をもたず,その意味を軽視するなら,患者ばかりか,自分自身を含め多くの人たちに災いをもたらします。
「すべて目に見えないものは,理性の目で見なければならない」(ヒポクラテス)という言葉があります。この教科書は,目に見えない病原微生物を理性の目,学問の力で「見るべき対象」として扱っています。今回の改訂では新たな「徴候と症状」という項で,病原体・感染・生体防御・症状を関連づけて解説し,微生物と人間との関係がより立体的に理解できるように努めました。また,鳥インフルエンザなどをコラムで新たに書きおこし,微生物の実像をズームアップして描きました。
この教科書が,みなさん方と微生物との新たな出会いの場となり,みなさん方が微生物学という学問の理解を深めて,その知識を医療の現場で生かしていってくれることを願っています。
2008年12月
著者ら