序
この本は,かつて私が医学生や若い医師に臨床診断学を教えるために作ったノートをまとめたものである。ここには私のほぼ50年に及ぶ臨床医としての経験が凝縮されているといってよい。私はこれまで長年にわたって後進の指導にあたり,彼らに多くの技術を教えてきたが,そのほとんどは私個人の発明ではなく,私自身が優れた能力をもつ指導者や,その残した書物から学んできたものであった。この本では専門分野にこだわらず,広く内科一般の患者に対して,「ベッドサイドで何がわかるか」ということが解説してある。ただ,その対象とする範囲があまりに広いため,個々の項目について,出典や参考文献をすべて記すことは不可能であった。そこでここにそれらの技術や知識を残してくれた人たちに対する深い感謝と尊敬の念を表し,出典の明示に代えさせていただきたい。私はこの本が医学教育にかけた先人の熱意を少しでも読者に伝えてくれることを祈っている。
この本で私は病歴と身体所見に基づく臨床診断の重要性を強調しているが,これは私自身の経験がそうさせるのである。私はこれまで臨床医として,かつて英領北ボルネオと呼ばれた地方の粗末な診療所から,アジア・北米・イギリス・アフリカにおける最も近代的な大病院に至るまで,実に様々な条件下で診療にあたってきた。ベッドサイドでの診断技術は,厚いコンクリートの壁に囲まれた近代的病院よりも,むしろボルネオ僻地の小さな診療所において,その真の価値を発揮した。そこでは病理組織標本に基づく疾患分類はほとんど意味をもたない。医師は患者の訴えを聞き,自ら適切な質問をし,身体診察を行って,その場で正しい診断を下さなければならないのである。ベッドサイドの所見だけで最終診断に到達するためには,あらゆるケースにおいて適切な鑑別診断ができるだけの膨大な数の臨床症候を知っておく必要がある。この本ではこのスタイルにのっとり,患者の訴える症状から始まって,身体診察によって種々の情報や証拠を集めて鑑別診断を行い,ベッドサイドで最終診断に至るプロセスが詳しく説明してある。
また,私は上述の近代的医学設備が使えない状況下で診療を続けるうちに,患者を目の前にして医師自身が2~3分の短時間で行う簡単な臨床化学検査が,安いコストの割に非常に大きな診断的有用性をもつということを学んだ。これらの簡易検査についてはすでに1冊の本にまとめて医学書院から出版したので(G.C.ウィリス著,宮城征四郎・平安山英達訳「救急室で役立つ臨床検査の実際」1981年刊,すでに絶版),興味のある読者はそちらを参照されたい。
ベッドサイドでの診断技術は決して時代遅れになることはない。基礎医学の進歩に伴い,医療も診断学もこれまで大きな変化発展を遂げてきたし,またこれからも変化し続けるであろうが,華々しい最新技術はある日突然現れるものではなく,遠い昔から先人たちがベッドサイドで発見してきた真理の上に積み重ねられるものなのである。
この本では具体的な鑑別診断に入る前に,できるだけ生体の正常機能とその破綻について病態生理学的な記述を加えるよう心がけた。これは病態生理学の知識が種々のデータの解釈に役立ち,さらに多くの煩雑な知識を整理しながら覚える上で非常に有用だと考えるからである。また各章の末尾には,主訴から始まって,病歴,種々の臨床所見,簡易検査をもとに鑑別診断を行い,最終診断に至るフローチャートがつけてある。これらのチャートは,臨床家が診療現場で診断の迷路に迷い込んだ時に,そこから脱出する助けとなるであろう。
この本は,最新の医療設備や検査機器を利用できる医師にとっても決して無価値ではない。彼らはその最新設備を有効に使って,ベッドサイドにおける診断技術をさらに磨くことができる。すなわちまずベッドサイドで診断をつけておき,それを後から生化学検査や画像診断などの結果と比較してみれば,臨床診断の精度をさらに上げられるのである。しかしやがて読者は,こうした診断機器の助けなしでも,ベッドサイドで病歴や身体所見を詳しく分析すれば,それだけで驚くべき正確さ,速さ,そして少ない金銭的コストで診断に到達できるということを理解するであろう。実際ある種の疾患に対しては今なお最新の診断機器もまったく無力であり,依然としてベッドサイドの情報だけが唯一の診断手段なのである。
この本を発表するにあたって,まず,枝 雅俊先生に感謝の意を表したい。彼は私のノートを本の形にして発表するよう勧めてくれ,また英語の原稿を日本語に翻訳してくれた。翻訳上の疑問点については,数多くの手紙のやりとりによって解決が得られたと信じている。また市立舞鶴市民病院での私の生徒であり,仲間でもあった木村雅英先生や池川雅哉先生の努力がなければ,この本は出版には至らなかっただろう。この本のもととなるノートは,私がかつて参加した市立舞鶴市民病院における臨床研修プログラムのために準備された。この臨床研修プログラムは同病院にいらした松村理司先生の企画立案によるものである。
また私は沖縄県とハワイ大学にも賛辞を呈する。彼らの協力により沖縄県立中部病院で実施された若手医師に対する卒後臨床研修プログラムは,その後日本各地で採用された同種の研修システムの先駆けであった。私はかつてそのプログラムに参加し,宮里不二彦先生,宮城征四郎先生,喜舎場朝和先生,西平竹夫先生,豊永一隆先生といった優秀な同僚と,数年間ともに働けたことを大きな名誉とするものである。
最後に,日本で最も高名な臨床医の一人である日野原重明先生による,非常に多方面にわたる支持と助力に感謝したい。日野原先生はSir. William Oslerの熱心な信奉者であり,日本において一人でも多くの医師にOsler博士の臨床スタイルを広めるため,献身的な努力をしておられる。
2008年3月
G. Christopher Willis