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≪神経心理学コレクション≫

失語の症候学

ハイブリッドCD-ROM付

著:相馬 芳明/田邉 敬貴
シリーズ編集:山鳥 重/彦坂 興秀/河村 満/田邉 敬貴

  • 判型 A5
  • 頁 116
  • 発行 2003年09月
  • 定価 4,644円 (本体4,300円+税8%)
  • ISBN978-4-260-11888-0
「話せばわかる失語症」-CD-ROM付の決定版
失語症患者は多数存在するのに,ためになる失語症の書物は意外に少ない。この領域を主導する少壮の研究者二人が,こうした現状を打破するべく執筆した入門書。いたずらに失語症の型判定に陥るのではなく,患者の生の音声に即して,その症候を理解する。「話せばわかる失語症」をモットーにまとめたCD-ROM付の決定版。
*「神経心理学コレクション」は株式会社医学書院の登録商標です。
書 評
  • 新しい視点で失語症を理解する
    書評者:岩田 誠(東京女子医大附属病院脳神経センター教授)

     大脳における機能局在の原理は,今では誰でも知っている常識の1つである。この原理が明らかになったのは,19世紀も半ばを過ぎた頃,失語症の発見にはじまるものであった。その発見者の名前はブローカ,パリの外科医でかつ人類学者である。彼はまた,失語症は左半球の病変で生じること,すなわち左右大脳半球の機能側差...
    新しい視点で失語症を理解する
    書評者:岩田 誠(東京女子医大附属病院脳神経センター教授)

     大脳における機能局在の原理は,今では誰でも知っている常識の1つである。この原理が明らかになったのは,19世紀も半ばを過ぎた頃,失語症の発見にはじまるものであった。その発見者の名前はブローカ,パリの外科医でかつ人類学者である。彼はまた,失語症は左半球の病変で生じること,すなわち左右大脳半球の機能側差の原理をも発見した。ある日私に届いた本書の表紙には,このブローカらしき人物が,ニヤリとほくそ笑む姿があった。異様な書物だなあといぶかりつつページを繰ってみて驚いた。それは,実に斬新な失語症候学の書物だったのである。

    ◆失語症を症候群として認識

     失語症の教科書は少なくない。数あるそんな書物の中で,本書はそのユニークな視点に特徴がある。その1つは,失語症の各病型をいくつかの要素的障害の組み合わさった症候群として理解するという観点である。この書物には,失語学におけるもう1人の巨人,ウェルニッケが紹介されているが,失語症を症候群として認識したのは,このウェルニッケをもって嚆矢とする。彼が歴史的名著「失語症候群」を著したのは,弱冠26歳の時であった。

     失語症の症候学においてウェルニッケの成し遂げたものは実に巨大であるが,その骨子となっているのは,言語活動を大脳の様々な領域の関与するネットワークとして理解する道を開いたことである。すなわち,古典的な神経症候学は,ウェルニッケによって,単純な大脳機能局在論に基づく古典的局在診断学から,神経回路網の機能を探る手段としての神経科学に変貌したといえるのではないかと思う。本書では,まず失語症の病型分類を行なうことの意義が論じられているが,それこそまさに失語症候学の本道であろう。

    ◆失語症患者の話を聞くことが診断に至る最も確実な道

     本書の第2の特徴は,CD―ROMによって,様々な失語症患者の発話をじかに聞けることである。著者によれば,当初この本には,「話せばわかる」という副題をつける計画があったというが,確かに,失語症の患者の「話を聞く」ということこそが,診断に至る最も確実な方法であることには,評者も同感である。これから失語症の勉強をはじめようとするものにとっては,理屈を並べた鑑別法を読んで学ぶより,失語症患者の実際の発話を聞いて耳から学ぶ方がずっと役に立つ。こと失語症の症候学に関しては,「百見は一聞にしかず」と言えるのではないだろうか。

     更に付け加えるなら,本書におけるもう1つの大きな特徴は,変性性痴呆における失語症の症候学を,血管障害などによる局所脳損傷で生じた失語症と対比しながら提示していることである。これも本書ならではの新しい視点であり,実際の臨床の場では実に役立つ知識になると思う。そんな感想を抱きつつ,この書物が多くの人たちに読まれることを期待している。
  • 失語症理解のための共通言語を示す
    書評者:大東 祥孝(京都大学人間環境学研究科教授 認知・行動科学)

    ◆「話せばわかる」は本当か?

     本書の執筆中に田邉教授から何度となく聞かされていたように思うのであるが,もともとは題名に「話せばわかる」というのを入れ込みたいと言っておられたように記憶する。そうなればおもしろいなと私も漠然と思っていた。最近,養老孟司氏の「バカの壁」という本がでているが,その冒...
    失語症理解のための共通言語を示す
    書評者:大東 祥孝(京都大学人間環境学研究科教授 認知・行動科学)

    ◆「話せばわかる」は本当か?

     本書の執筆中に田邉教授から何度となく聞かされていたように思うのであるが,もともとは題名に「話せばわかる」というのを入れ込みたいと言っておられたように記憶する。そうなればおもしろいなと私も漠然と思っていた。最近,養老孟司氏の「バカの壁」という本がでているが,その冒頭で,「話せばわかる」は大嘘,という話がでてくる。

     2つの著書は,当たり前であるが全然異なった文脈と意図をもって書かれているので,対比させる気など毛頭ないのであるが,私は結果的に,「わかる」ということのむつかしさとおもしろさとを再認識することになった。普通の人の場合は確かに「話せばわかる」というものではないのかもしれないが,こと,話すことにおいて障害をこうむってしまった失語症の方に関する限り,その本質的な事態については,田邉氏の言われるように,むしろ「話せばわかる」という逆説的事実が厳然と存在するのである。

     それはさておき,「失語症」の方々が示す多様な臨床的病態を素直にうけいれるならば,はじめに特定の「失語症型」があるわけではないし,また,無理に1つの失語型に当てはめて分類する必要もないのであって,むしろ「各症例の失語像を構成している要素をおさえておくことが大切なのだ」というのが,本書がもっとも強調したい点であろうと思われる。そうした考え方が,「症候学」という形をとることによって,大変わかりやすい,しかし水準の高い内容となって結実したと言ってよいように思う。

     私も結構長い間失語症の患者さんを診てきたが,当初とはずいぶん状況も変わり,失語の症候と脳内の局在関係が相当にはっきりとわかってきた。私が失語症の患者さんを診はじめたのは1970年代中頃からであり,そのころは第一世代のCTが普及しはじめていた時期であった。それまでほとんどはっきりとは見えなかった目の前の患者さんの脳内の病巣が,文字通り一目瞭然にわれわれの前に姿を現したときに覚えた言い知れぬ感動は,今も忘れることができない。

     しかしながら一方で,本格的な失語症論をめぐって当時すでに100年を越える歴史があって,それを踏まえて失語の患者さんに臨むという状況でもあった。ちなみに私が某教科書的雑誌に書いた「失語の分類」(1982)では,実に24の失語分類が紹介されている。私のその頃の印象では,錚々たる諸家の失語分類にはそれぞれに納得のいくところがあって,目の前の失語の患者さんの病像をどの分類規範でとらえると最もわかりやすいか,といった見方をしていたように思う。

    ◆失語症診療に共通の言葉を

     その後,アナルトリーや錯語などのあり方を自らの目で見て再検討を行ない,登場しつつあったCT所見との対応を見ていくうちに,それまでとはかなり違ったパラダイムで失語の症状を見るようになっていった。どういうことかというと,諸家の分類はそれぞれに大変興味深いけれども,もう少し,共通の言葉で語れるような失語論があってもよいのではないか,ということであった。私自身は,フランスに留学していたこともあって,Marieの考え方を受け継いで失語論を展開していたLhermitteやLecoursの見方にかなり強い影響をうけていたが,その出発点のもっとも大きな特徴は,アナルトリーをとりあえずは失語とは別個に考え,その上で失語の症候論を可能な限り言語学的に精緻に見ていこう,というところにあった。この見方は,つきつめると,失語症を構成している要素を分析的に見ていくという立場にかなり近いところがあるようで,私のなかでは,ある意味でごく自然に,今回「失語の症候学」で主張されている考え方に近づいていったように思う。

     筆者らも指摘しているように,失語症というのはもっとも出会う機会の多い神経心理学的症状でありながら,今日においても,実際の臨床の場にあっては,想像以上にさまざまな誤解が氾濫しているという現実がある。同じ言葉であきらかに異質な症状が語られたり,同じ症状に対して異なった概念や表現が使用されたりする場合が少なからず認められる。本書は,失語の臨床に携わる方々が,同じ症候に対しては同じ言葉で記述することができるように,また「病巣部位という公平な仲介人」を通じて真に共通の言葉で失語の症候をとらえることができるように,さらに,きっちりと手順をふめば誰もが同じ結論に達することができるように,細やかな配慮にもとづいた大変わかりやすいアルゴリズムを提供している。

     このようにして本書は,失語症の臨床に携わる方々が互いの理解を正当に共有することを可能にするであろう道程を指し示しているといえる。失語症を専門とする方々には自らの視点のあり方を考え直す貴重な機会を提供することになるであろうし,また失語症を直接の専門としてはいないけれども日常臨床でしばしば失語の症例に遭遇しているという,いわば失語症の周辺に位置しておられる様々な領域のスタッフの方々にとっては,日々の臨床的判断の水準を高めるのに大きく貢献してくれるのではないか,と私は期待している。
  • いまだ不確定部分の多い失語の臨床に一石を投じる
    書評者:笹沼 澄子(国際医療福祉大教授・言語聴覚障害学)

    ◆生の声を教材とした実践の書

     神経心理学コレクションの8冊目,相馬芳明・田邉敬貴「失語の症候学」(ハイブリッドCD―ROM付)が上梓された。「失語の症候学」と聞けばまず思い浮かべるのはこのお2人である。患者さんの生の声を通して失語をみることを失語診断の基本に据えてこられた両先生の信条の一端が...
    いまだ不確定部分の多い失語の臨床に一石を投じる
    書評者:笹沼 澄子(国際医療福祉大教授・言語聴覚障害学)

    ◆生の声を教材とした実践の書

     神経心理学コレクションの8冊目,相馬芳明・田邉敬貴「失語の症候学」(ハイブリッドCD―ROM付)が上梓された。「失語の症候学」と聞けばまず思い浮かべるのはこのお2人である。患者さんの生の声を通して失語をみることを失語診断の基本に据えてこられた両先生の信条の一端が,CD―ROMに収録した現実の症例を教材とする“実践”の書に実を結んだことになる。

     全体の構成は,本書執筆の動機に関する序章“なぜ今失語の症候学か”にはじまって第4章まで,後続する実践へ向けての導入ともいえる前半と,CD―ROMに収録された13名の失語例を対象とした後半の実践編とからなる。読み方の方略としては,前半を飛び越して,いきなり後半の実践編に入るのも一案である。前半はその後でゆっくりと目を通すことにするとよい。むしろその方が,実践編での学びの成果を整理し吟味しなおすことに有効かもしれない。特に“失語の古典的症候群の解体と現代的視点からの再構築”を試みた第2章,“脳血管障害からみた失語症”および“脳変性疾患による失語”についての第3章と第4章とは,そうした視点からも重要な示唆に富む。

     本書のハイライトをなす後半の第5章と第6章は,患者さんの発話を分析的に聞くことを通して,各々の失語像を構成する複数の要素(流暢性,構音の障害/アナルトリー,錯語などを含む9項目が記載されている)を識別し把握するための実践の場を提供する。懇切・丁寧な解説を参照しながら,1例1例に耳を傾けて“要素”の組合せのパターンを聞き分け,その神経基盤を推定するという作業である。13例中には古典的失語型の典型例とともに,いわゆる“非典型例”(ブローカ失語から伝導失語への移行例,伝導失語と構音障害の合併例,超皮質性感覚失語の要素を伴ったウェルニッケ失語など,“要素”の組合せが典型例とは異なる例),さらには最近脚光を浴びている変性疾患(側頭葉型ピック病など)にみられる特殊な超皮質性感覚失語例など,“聞き応えのある”例が含まれている。

     著者自身も指摘しているように,本書は,失語の症候学の基本を押さえることを学び実践するという意味での“入門書”といえよう。と同時に,こうした基本を見据えて共通の知見・基盤に立ってこそ,次の段階へのさまざまな展開が真に実りあるものとなりうるはずである。“アナルトリー”と呼ばれる“要素”ひとつを取ってみても,この用語の指し示す症状(群)およびその神経基盤について未だに多くの混乱ないし不確定要因が存在する現状を省みるとき,この小冊子の果たす“入門的”役割は極めて大きい。言語聴覚士を含めて失語症の臨床に携わる幅広い読者層にお勧めしたい1冊である。
目 次
はじめに
序章 なぜ今失語の症候学か
第1章:失語型診断に意味があるか
第2章:失語の新しい見方
第3章:脳血管障害からみた失語症
第4章:脳変性疾患による失語
第5章:失語の診断学―診察方法と症状の解釈
第6章:発語面からみた失語型診断の解説
おわりに
 参考文献
 索引
付録 失語の症例集(ハイブリッドCD-ROM)