内因性精神病の分類

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レオンハルトの業績は非定型精神病との関連や歴史的意義から論じられることが多いが,今日的には,内因性精神病を生物学的な異種性に分類する際に大きな意義をもつ。精神分裂病は現在,DSMにより単一疾患のように扱われており,結果,研究の不一致・遅滞が生じているが,今後のグループ分けに本書は大きな示唆を与える。
原著 Helmut Beckmann
監訳 福田 哲雄 / 岩波 明 / 林 拓二
発行 2002年03月判型:B5頁:240
ISBN 978-4-260-11866-8
定価 7,150円 (本体6,500円+税)
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病相性精神病の臨床像(類循環性精神病を除く)
 躁うつ病
 純粋メランコリーと純粋躁病
 純粋うつ病と純粋多幸症
類循環性精神病
 不安-恍惚性精神病
 興奮-制止性錯乱精神病
 多動-無動性運動精神病
非系統性分裂病
 感情負荷パラフレニー
 カタファジー
 周期性緊張病
系統性分裂病
 単一型系統性分裂病
 複合型系統性分裂病
カール・レオンハルトの生涯

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ひらいてくれる内因性精神病の全体的視野
書評者: 岩井 一正 (東女医大教授・精神医学)
◆内分性精神病分類の歴史的風景

 Kraepelinの疾病単位設立へのあくなき努力を,Hocheは「幻に向かう徒労」と批判した。Kraepelinはこの批判に譲歩を示したものの,そこからあらたに踏み出すことは適わなかった。対案たるHocheの症候群学説も歴史上に実を結ぶことはなく,Kraepelin自らが暫定的とみなしたその分類はいまもそのままの姿で余脈を保っている。二分法に対する批判として浮かび上がった諸概念は,理念としては脈々と続いていても,個々の概念はわずかなものを除いて死屍累々というのが内因性精神病分類の歴史的風景である。近年の分類の眼目であった分裂感情病も,DSM-IVでは自らのエッセンスを気分障害に奪われた抜け殻と化した。
 これらDSMに列挙された小カテゴリーは,いわば大精神病間のすきまをうめ,その厳密な境界づけに供されるとしても,精神分裂病そのものに自らを限定する力がなく,心理社会的水準を援用し,他のカテゴリーからの鑑別的境界づけに依存している限り,本来の分類からはほど遠い。早発性痴呆の成立から100年をすぎた内因性精神病分類の今の姿は,元の要請を満たしていない。
 Kraepelinの意図の形骸化に対して,Kraepelinの対抗者WernickeからKleistにいたる脳病理学的想定を背景にした疾病学的構図は,Leonhardに元の内実をとどめている。その後の発展の具体的な形がまだみえない現在,LeonhardをKraepelinをも含めた精神医学の疾病学の保管者としてみるべきであろう。彼の代表作である本著作から容易に気がつくのは,DSMのリストとは対照的な整然さである。統計的な傑出度を犠牲にした全体の整然さと個々の病型の精密度において,さながら曼陀羅に対しているような錯覚をおぼえるのは筆者ばかりではなかろう。

◆長年の熱意の労作

 症状とならぶ経過・結末の重視は,病型ごとの縦断的記述を自らに課した結果であり,分類の分類たるゆえんをなしている。もっとも症例記述のみに拠って病型を再認することは,視点を異にする者には必ずしも容易でない。しかし,病型の多彩さと相互の連関と鑑別への言及において,また病型における主症状と副次症状のめりはりにおいて,また経過における病像変遷の記述において,本著作は内因性精神病の全体的視野をもう一度ひらいてくれる。単一精神病を視点とおく者にとっても,類循環病ならびに,長期経過的にはより重要と思われる非系統的精神分裂病を用いて,いわゆる中間領域をさらに区分し,硬直化した二分への拘束を軽やかに脱したことにおいて,尊敬おかざるを得ない。
 最後に症例記載の多い本著作を統一性をそこなわずに訳し得た諸氏と,とりわけ監修者の熱意とここにいたる長年の労を多としたい。

多くの示唆を与えてくれる内因性精神病分類の翻訳書
書評者: 金 吉晴 (国立精神・神経センター精保研部長・成人病精神保健部)
Leonhardと言えば,精神医学を志すもので知らぬ者はない。内因性精神病分類の大家であり,Wernicke, Kleistに連なるその学説は,ヨーロッパ精神医学の重要な潮流をなしている。その影響は,満田らの労作を通して日本にも早くから届いていたが,しだいに優勢となった英米圏の実証的精神医学の中では,その学の全貌はなかなか一般に知られるところとはならなかった。その一因は,彼が旧東ドイツ圏のフンボルト大学の教授であり,いわゆる西側との交流が制限されていたためでもあろう。とはいえフンボルト大学こそは,ドイツにおける大学の名門であり,彼が伝統的なドイツアカデミズムの中心に座していたことには変わりはない。また近年では,Wernicke-Kleist-Leonhard学会も設立され,その学説が再び注目を集めている。

◆日本精神医学界に貴重な1冊

 「内因性精神病の分類」はLeonhardの代表作であり,彼の学説はほぼこの1冊に網羅されていると言っても過言ではない。かねてからこの学説に造詣の深い,福田,岩波,林氏による監訳により,日本の精神医学界に貴重な1冊が加わることとなったのは,大変に意義深いことである。評者は,今回の翻訳の手引きとなった英訳本を手許に持たないが,ドイツ語原文と何か所かを比べてみても,とてもわかりやすい訳であると感じた。2か国語のテキストを参照しつつ,術後の訳を検討されたであろう監訳者のご苦労は並々ならぬものがあったと推測される。
 今日の診断分類の原則は,信頼性の向上であるが,そのために診断概念の内実は貧困になり,例えばschizophreniaについては,多くの者がheterogeneityを仮定していながら,簡便な診断基準の呪縛から抜けることができない。このstagnationを抜け出すためには,将来の生物学的なbreak throughに期待するのもよいが,どのような所見も臨床現象と対応しない限りは無意味であり,その意味でもより精緻な症候論,分類原理が求められるはずである。Leonhardの提唱する,循環性,系統性などの分類原理,また,疾患概念に含まれる記述の豊かさは,こうした要請に応えてあまりある。
 本書にあげられた分類概念は,確かにcategoryなのかdimensionなのか,症候なのか疾患なのかという議論を一部には呼び起こすかもしれない。しかし本書には,かつての精神医学が持っていた記述と概念構成の豊かさがあふれており,それは,schizophreniaに関して,たかだか30症状を組み合わせているに過ぎないDSMの遠く及ばないところである。さらに重要なことは,この分類の根幹は,抗精神病薬の導入以前の経過観察に基づいて作られたということである。DSM-III以降のschizophrenia研究が再考されつつある現在,このような背景を持つ本書が翻訳されたことは,私たちに多くの示唆を与えるものと思う。

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