行動変容をうながす看護
患者の生きがいを支えるEASEプログラム

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効果的で根拠のあるセルフマネジメントを支援するための1冊。EASEプログラムとは、Encourage Autonomous Self-Enrichment programの略で、対象者の生活重要事を前景化させたうえで、保健行動モデルなどを活用し、対象者の理解とアセスメントを行い、行動変容を支援するプログラムである。行動変容に関する基礎知識や支援する技法を解説し、さらにこれを活用した事例を紹介する。
編集 岡 美智代
発行 2018年08月判型:B5頁:240
ISBN 978-4-260-00106-9
定価 2,750円 (本体2,500円+税)

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はじめに

  「○○さん,大丈夫ですかっ。今,透析中断しますからねっ。」
 体重増加量が多く,透析中に大量除水をしなければならないために,血圧が下がる患者。意識消失する患者の身体を揺さぶり,何度も名前を呼びながら意識を呼び戻す。生理食塩水での急速補液しながら透析中断の対処をする。程なく患者は意識を回復したものの,依然血圧が低く目標体重まで除水できないまま,そこで透析終了。しばらく休んだ後で,透析室から退室する憔悴しきった患者の背中を見ながら,なぜ体重が増えすぎるのだろうか,なぜ水を飲みすぎるのだろうか,なぜこのような行動を繰り返してしまうのかと心が痛み,何かよい方法はないものかと,こちらも疲労感にみまわれながら考えたものであった。
 そのころ,なにげなく図書館で手にした本に行動療法の話が載っていた。30年くらい前の話である。その後『ナースのための行動療法―問題行動への援助』(医学書院,1982年刊)という本を,たまたま本屋で手にとった。それはリハビリテーションを中心としたセルフマネジメントが必要な患者に,行動療法を活用した米国の翻訳書であった。その本をパラパラ読んだだけで「これは使える!」と直感した。即,購入して職場でも紹介したが,当時は具体的な方法がわからず,ほとんど実践しないままで終わってしまった。
 そのため,まず体重増加の原因を探るべく,体重増加のセルフマネジメントに影響のある要因を探る調査研究を行った。また,カウンセリングや認知行動療法の勉強も行い,実際に患者にも応用してきた。さらにセルフマネジメント支援の方法の検証を研究的に行ったり,健常者や患者への実践事例を通して試行錯誤を重ねてきた。その中で行動療法や認知行動療法を看護に応用することの限界を感じたり,またそこから新たな方法を見いだしたりした。

 本書は慢性疾患患者の行動変容を支援する知識と方法,ならびに具体的な事例について紹介する本である。行動変容の支援には,もちろん対象者に共感的に関わることが重要である。しかし,切れ味のよい包丁があると料理も楽しくなるように,行動変容のための効果的な方法を活用すれば,当事者のやる気や意欲などの精神性ばかりを問いつめることなく,看護者も対象者も気分的に楽に取り組むこともできる。
 本書が,読者の皆さん,ならびに対象者の方にとって,切れ味のよい包丁のごとく,行動変容を支援するためのよい道具となることを願っている。
 ご執筆から書籍化まで長期間お待たせした各御執筆者にはお礼と共に深謝申し上げます。また,粘り強く支えて下さった医学書院,宇津井大祐氏,溝口明子氏,北原拓也氏を始めみなさまにも本当に感謝申し上げます。

 2018年8月
 編者 岡 美智代

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第1部 行動変容に関する基礎知識
 I セルフケアとセルフマネジメント
  1 研究論文からみたセルフケア(self-care)と
      セルフマネジメント(self-management)
  2 ケア(care)とマネジメント(management)の辞書的意味
  3 セルフケア(self-care)とセルフマネジメント(self-management)の相違
  4 まとめ
 II セルフマネジメントを支援することとは―Nature or Nurture(氏か育ちか)
  1 看護者 vs. 遺伝子
  2 看護者とnurtureのルーツは同じ
  3 患者の変化を信じること
  4 まとめ
 III 行動と行為
  1 行動とは
  2 行為とは
  3 看護における行為とは
  4 まとめ
 IV セルフマネジメント行動を支援する意義
  1 不健康なセルフマネジメント行動がもたらす影響
  2 セルフマネジメント行動が必要とされる理由
  3 大規模研究や質の高い研究によるセルフマネジメント行動の実施率
  4 支援はマクロレベル,グローバルレベルで行われている
  5 行動と心はどちらを重視するべきか?
  6 まとめ
 V セルフマネジメント行動を支援するための保健行動モデル
  1 セルフマネジメント支援に関する患者教育の根拠
  2 患者教育の根拠を考えるときに役立つ保健行動モデル
  3 まとめ
 VI セルフマネジメント行動を支援する自己効力感の概念
  1 自己効力感(セルフエフィカシー)とは
  2 自己効力感の3つの次元
  3 自己効力感を高める4つの源
  4 自己効力感が行動に及ぼす影響
  5 自己効力感の変動と行動変容
  6 自己効力感が高いとなぜセルフケア行動が向上するのか
  7 まとめ

第2部 行動変容を支援するプログラムと技法
 I 行動変容を支援するプログラム1:認知行動療法
  1 認知行動療法とは
  2 治療場面から
  3 認知行動療法の基本的枠組みと技法
  4 認知行動療法の特徴と看護に活用する利点
  5 認知行動療法を慢性疾患看護に応用する時の留意点
 II 行動変容を支援するプログラム2:EASE(イーズ)プログラム®ver.3.0
  1 EASE(イーズ)プログラム®ver.3.0とは
  2 EASE(イーズ)プログラム®ver.3.0の特長
  3 アクションプランの前提
  4 EASE(イーズ)プログラム®ver.3.0のアクションプラン
   ステップ1 医療内容の妥当性を含めたアセスメント
   ステップ2 困難事の明確化と解決意義の確認
   ステップ3 行動目標の設定と自己効力感の確認
   ステップ4 技法の選択
   ステップ5 実施
   ステップ6 評価・考察
  5 EASE(イーズ)プログラム®ver.3.0成功の秘訣
 III 行動変容を支援するプログラムで活用する技法
  1 セルフモニタリング(self-monitoring)法
  2 ステップ・バイ・ステップ(step by step)法
  3 ピア・ラーニング(peer learning)法
  4 リフレーミング(reframing)
  5 行動強化法
  6 生きがい連結法
  7 習慣拮抗法
  8 セルフコントラクト(self-contract)法(自己契約法)
  9 主張訓練(assertion training)法
  10 リラクセーション(relaxation)

第3部 行動変容を支える技法の活用事例
 CASE 1 透析と透析の間の体重増加が多く水分管理がうまくいっていないA氏
        行動強化法,セルフコントラクト法,セルフモニタリング法
 CASE 2 水分管理の必要性はわかっているが行動に移せないB氏
        セルフモニタリング法,ステップ・バイ・ステップ法,
        習慣拮抗法,主張訓練法
 CASE 3 がん患者C氏とD氏へのストレス緩和,自己効力感支援
        セルフモニタリング法,リフレーミング
 CASE 4 アトピー性皮膚炎患者E氏の掻爬行動
        リラクセーション,主張訓練法
 CASE 5 糖尿病があり減量が必要であるが,なかなか実行できないF氏
        生きがい連結法,セルフモニタリング法,リフレーミング,
        ステップ・バイ・ステップ法, 行動強化法,ピア・ラーニング法,
        主張訓練法
 CASE 6 食事のエネルギーと塩分の摂取量が多かった心筋梗塞患者G氏
        セルフモニタリング法,ステップ・バイ・ステップ法
 CASE 7 長期間の生殖補助医療にもかかわらず,子どもを得られないH氏
        セルフモニタリング法
 CASE 8 EASE(イーズ)プログラム®ver.3.0によりリハビリテーションを始めた
        糖尿病腎症のI氏(岡美智代)
        生きがい連結法,セルフモニタリング法

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生きがいを支えることで,無理なく行動変容を導く一冊
書評者: 安酸 史子 (関西医大教授・看護学教育)
 編者の岡美智代氏は,社会心理学の研究家である山岸俊男氏の『心でっかちな日本人』(ちくま文庫,2010年)という著書で,理屈ばかりで行動が伴わない「頭でっかち」に対して,心の持ち方さえ変えれば全ての問題が改善できると考えることを「心でっかち」と呼ぶという内容を読んで,やる気にさえなってくれれば行動が変わるだろうと思っていた自分が「心でっかち」だったと気付いたという。どんなに精神論を強調しても,どうしていいかわからなければ患者は“行動を変えられない”。やり方だけ強調されても,やる気が起こらなければ患者は“行動を変えようとしない”。私は看護学で扱う種々の理論を「絵に描いた餅」ではなく「食べられる餅」として具体に落とし込めなければ意味がないばかりでなく,看護者にとっても対象者にとっても有害でさえあると考えてきた。行動変容のためには,「頭でっかち」だけでも「心でっかち」だけでもダメで,頭と心のバランスが必要である。

 本書の第1部では,行動変容に関する基礎知識が概説され,中心的な概念として自己効力感の概念について詳述してある。

 第2部「行動変容を支援するプログラムと技法」では,具体的なプログラムとして岡氏が開発したEASE(イーズ)プログラム®について記載してある。EASEプログラムver.3.0は,「対象者の健康や病気,生活についての考えである生活重要事を前景化foregroundingさせたうえで,保健行動モデルなどを活用しながら,対象者に対するアセスメントと理解を行い,行動や認知の修正の基本的原理と方法論を認知行動療法を活用して構成されたもの」と定義され,ステップ1から6までの段階でEASEプログラムを活用するための具体的な手順がアクションプランとして提示してある。

 第3部では,行動変容を支える技法の活用事例が8事例,詳細に記載してある。中でも私が最も印象的だった事例は,CASE8の生きがい連結法を用いたエピソードである。面倒くさそうな対応だったI氏が「トイレに行くたびに,お袋がいつも肩を貸してくれんだけど,だんだん小さくなってきてね。俺もいつまでも,お袋に面倒かけてちゃいけないなって思っているんだよ。だから,お袋にこれ以上迷惑をかけないためにも,リハビリをやんなきゃって思ってるよ」とぼそっと話したことから,生きがい連結法につなげていくくだりである。まさにEASEプログラムを「絵に描いた餅」ではなく,「食べられる餅」として活用した事例といえる。EASEプログラムは,これまで開発されてきた行動変容を支える種々の理論を平易な表現で整理し,患者の生きがいを支えることを軸に置くことで,患者が無理なく行動変容できるように構築された優れたプログラムといえる。

 本書は当事者のやる気や意欲など精神性ばかりを問い詰めることなく,看護者も対象者も気分的に楽に取り組むことができる患者教育方法論の模索の歴史が凝縮された本といえるだろう。患者の行動変容に困難を感じている全ての看護者に読んでほしい一冊である。

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