推薦のことば(塩谷信幸)/
序(上石 弘)
推薦のことば
上石先生が頭蓋顎顔面外科のテキストを書かれた.内容は先天異常,発育異常,外傷,腫瘍,美容外科と5部門からなり,クラニオフェイシャルサージャリーから唇裂口蓋裂まで,およそ頭蓋顎顔面すべてをカバーした大著である.
上石先生は当代随一の形成外科医であり,こと頭蓋顎顔面外科に関しては彼の右に出るものはいないと僕は信じている.
彼は歯科と医科のダブルライセンスの持ち主であるが,かつてアメリカで最初の形成外科学会(アソシエーションと呼ばれる)ができたとき,歯科と医科のダブルライセンスの所持が必要条件とされた.それほど形成外科では,歯科の知識と技術が重要視された.その後情勢が変わり,この伝統の維持は不可能になったが,ダブルライセンス保持者の優位さには変わりはない.
そして彼の学問と診療,手術に対する執念には並々ならぬものがあり,天性の器用さも兼ね備えている.彼との長い付き合いの中で,僕はどれほど彼から多くのことを学んだことだろう.
上石先生がレジデントとして横浜市立大学形成外科に来られて間もなくの頃,ローテーション先の神奈川県立こども病院の形成外科部長だった前田華郎先生に僕はこう言われた.
“すごいですよ,今度の上石君は.傷跡がキレイに治るんですよ,唇裂でも何でも”
“でもそれは形成外科なら当たり前じゃない?”
“いやそのキレイさがぜんぜん違うんですよ”
大学に戻って改めて彼の手術に立ち会うと前田先生の言うとおりであった.
そしてレジデントのうちから唇裂・口蓋裂外来を任され,チーフを終える頃にはその頃台頭し始めていたクラニオフェイシャルサージャリーに取り組み始めていた.当時並行して誕生したマイクロサージャリーも,彼にとっては苦もない操作であった.神奈川県下での最初の切断指の再接着は彼の手で行われた.
“形成外科とは美と血流との相克である”,と先達ミラードは喝破した.形を整えるためには,ぎりぎりまで血流に切り込まねばならぬ.やりすぎれば皮膚壊死を起こすが,遠慮しすぎると形がもたつく.同様のことは顎顔面の骨切り術にもいえる.やりすぎたときの骨壊死の被害は,皮膚壊死の場合より遥かに深刻である.その意味で形成手術は,絶対に足を踏み外せぬ“綱渡り”といえる.
なにによらず軸となる基本方針は重要である.だが,形成外科の手術は一例一例がすべて応用問題であり,マニュアル人間では務まらない.このテキストで彼が症例ごとの説明の展開にこだわるのは,原則をいかに現実に合わせるかのコツを示したいからであろう.
その意味で,本書は形成外科に携わるものの必読の書と言っても過言ではない.
2008年7月
北里大学名誉教授
NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長
AACクリニック銀座名誉院長
塩谷信幸
序
頭蓋顎顔面外科に着手して40年,筆者は1つの症例に対し常に創意工夫を怠らず「最新の症例に最善の結果」を求めて臨床に携わってきた.
筆者は歯学部教育を受けて口腔外科の知識を習得し,さらに医学部教育を受けて外科,脳神経外科,耳鼻咽喉科,眼科を学んで形成外科を専攻する中で,歯科と医科を包括した視点から術式の選択を行ってきた.その間に貴重な症例を経験し,斯界の優れた先達から多くの知識や技術を受け継ぎながら,筆者自身の見識を培ってきたと言ってよい.
本書では,1つの症例を通じて術式選択の実際をわかりやすくプレゼンテーションすることに主眼を置いてまとめてみた.併せて頭蓋顎顔面骨の機能解剖,診断と治療の基礎的知識,顎運動と咬合の管理,エアートームやノミの使い方など,頭蓋顎顔面外科の基本的知識と技術についても解説している.
疾患の如何にかかわらず,病態生理に基づいた診断が治療の原点である.加えて術式の選択が治療成績の要因であることは外科の通念で,頭蓋顎顔面外科の臨床にあっても例外ではない.1つの症例に対してその病態生理を把握したうえで最良の治療結果を想定し,その結果を得るための術式選択はいかにあるべきか,その思考過程が重要である.
端的に言えば,どこがどうおかしいのかを明らかにし,どうなればよいのかを想定し,どうしたらそうなるか術式を考えることになる.そのうえで発育や長期的結果なども視野に入れながら,患者の身体的条件,医師側の諸条件,社会的要因,手術侵襲や安全面などの利害・得失などを考えに入れて術式が選択されるのである.頭蓋顎顔面外科領域には臨床各科が近接しており,治療に当たっては各科とコンセンサスを共有する術式の選択も求められている.
また,常に新しい術式を生む発想も必要であり,近視眼的選択やマンネリは避けなければならない.術式選択の偏りを避けるためにはradical,moderate,conservativeの3つの術式を想定し,その利害・得失を踏まえて,患者にとって最適の術式とは何かを検討することも必要である.筆者はそのために日を改めて繰り返し検討する手順を踏んできた.そして,先達や同僚の言には常に聞き耳を立ててきたとも言ってよく,その教えは本書に引き継いで,コラムの形で随所に掲載させていただいた.本書の内容が頭蓋顎顔面外科を学ぶ臨床医に引き継がれ,術式選択の一助となって役立つならば望外の喜びである.
序文の末尾ではありますが,横浜市立大学,北里大学時代を通じてご指導をいただいた恩師の塩谷信幸先生と同門の諸先生,日本形成外科学会名誉会員の荻野洋一先生,塚田貞夫先生,札幌医科大学口腔外科の恩師,故佐々木元賢先生並びに同門の諸先生,国際的にご指導いただいた藤野豊美先生,清水正嗣先生,母校の日本歯科大学口腔外科の故宇賀春雄先生と同門の諸先生に深甚の謝意を表します.また,ともに臨床に携わり協力してくれました近畿大学形成外科の磯貝典孝先生と医局の諸先生各位に心より感謝の意を表します.
刊行にあたっては,卓越した企画の労を賜りながら発刊を待たずしてご他界された医学書院の故川崎哲二氏,その後の編集作業を引き継いでご尽力を賜った医学書籍編集部の渡辺一氏,制作部の田邊祐子氏の労に心より感謝いたします.
2008年7月
上石 弘