HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻1号(2007年1月号) > 連載●しりあす・とーく
●しりあす・とーく

第20回テーマ

アメリカの医師研修から何を学ぶか?(後編)

出席者(発言順)
大曲貴夫氏(静岡がんセンター・感染症科)
金城紀与史氏(手稲渓仁会病院・臨床研修部)
白井敬祐氏(サウスカロライナ医科大学・血液/腫瘍内科)


中編よりつづく

早すぎる専門家志向への懸念

大曲 最近,新聞などの報道で,医師が早期にスペシャリストになりたがる傾向が言われていますが,私もそれを感じることがあります。2年目の初期研修医が「感染症をやりたい」と見学に来ることもあり,かなり早いうちから専門家になりたがるようです。

 一方,内科医を1人育てるということを考えた場合,屋根瓦式にやろうと思ったら,ほんとうは3年目,4年目,5年目の医者を育てることで,彼らが初期研修の1年目,2年目を育てることにつながっていくのですが,そのあたりの体制が今後どうなっていくのかが,見えにくいように思います。今後しっかりした内科医というのは,どこでどうやって育てるのだろうかという疑問があります。

 なぜそこを心配するのかというと,感染症を専門とすることを志向する医師を教育する側からすれば,しっかりと内科の研修を行った人でないと,専門的な感染症診療はなかなか難しいと思うのです。初期研修の1期生が,いま3年目であっちこっちへ巣立っていったわけですが,彼らが2年なり,3年経ってどう育ってくるか。いくつかの心配もあります。その1つは,偏った科に流れて行ってしまうことですし,また,ごくごく早期から安易にスペシャリストを志向し,足腰の弱いドクターが育つことでもあります。そういう意味で,後期研修というのはそうとうしっかりしないと心配だということが,杞憂かもしれませんが,あります。しっかりとした後期研修のソフトを用意してあげる必要があると思います。

 感染症を教える側からすると,小児科一般であるとか,内科一般をそれなりにやってきて,例えば10年目,15年目の外科の先生ともディスカッションできるというか,言い負けないぐらいのものが育っていないと,病院内で感染症の専門家・コンサルタントとしてやっていくのはきついと思います。はたしてそういうものができ上がってきているかどうか。

医師が自分のQOLを求める傾向は日米同じ

金城 いま,新聞などで報道されているような診療科間の医師の偏在や,医師の地域格差の話はアメリカでも深刻です。医師自身のQOLが高いと言われる皮膚科や眼科は大変な人気です。ギャラがいいし,QOLがいいということで,アメリカ人でも優秀でないと入れないです。一般外科になると少し人気が落ちて,さらに内科,家庭医療,小児科はさらに人気が落ちます。そういった科の医師のQOLはそれほどよくないし,給料も低いからで,やはり,日米とも医師が自分自身のQOLを求める傾向は同じだと思います。さらにアメリカでは,僻地医療は,外国人がいないと支えきれないという現状です。ただし,各専門科に進む人数は研修医の人数を限定しているので極端な偏重は避けられるのです。

 日本では,初期研修義務化によって業務がきつい診療科に進むのを若い医師が忌避するようになったということは,そういった科の先生方にとっては当然嘆かわしい状況とは思います。一方研修医からすれば臨床医の現実の厳しさを,市中病院で見て,「医者というのは大変なんだ。こんなに大変だとは思わなかった」とやっと実感したのだと思います。医学生のときには想像だにできなかったことだと思います。それで一般にQOLが高いと言われている診療科に「逃げた」ということだと思います。

求められる優れたロールモデル

金城 ただ,その厳しさのなかにも喜びをもって,「大変だけど,内科をやっていこう」と思うには,やはりロールモデルが必要ですよね。ロールモデルが生き生きと,仕事は忙しくて大変だけれども,その中で誇りと喜びをもって診療にあたっている姿を見るのと,見ないのとでは雲泥の差だと思います。指導医の先生が燃え尽きて悲観的でしかなかったら「ああ,絶対に自分は内科医にはならない」と逃げてしまうと思います。「大変そうだけど,あの先生カッコいいよなぁ」と思ってくれる,そんなロールモデルとなるには,現時点では指導医の負担が大きすぎると思います。

 やはり屋根瓦式研修が確立し,3年目,4年目,そして医学部教育がしっかりして指導医が1から教えなくてもよくなれば,「QOL」,「QOL」と言わなくても済むのではないかと思います。いま他科にばかり若手が流れていってしまうと,屋根瓦ができる前に,人手不足で危機的状況になる可能性もありますが,屋根瓦ができればこういう問題は多少解決してくるのかなと思います。2年間の初期研修期間でも屋根瓦に取り込まれてしっかり仕事をさせるような研修であれば指導医の負担も減り,後継者も出てくるのではないでしょうか。

後期研修医がいかに内科医として育つか

金城 今後の鍵は後期研修医が,いかに内科医として育つかですね。2年間の初期研修では,内科の教育としては不十分ですし……。

白井 後期研修医がしっかりしてくると,指導医の先生も楽になるし,下の研修医も伸びてくるし。どっちが先かといわれるとわかりませんが,相乗効果があると思います。研修医が後期研修医あるいはスタッフを見て,「この道はおもしろそうだな」と思ってくれれば,ますます層が厚くなっていくのではないでしょうか。

屋根瓦とチーム医療

白井 1人でできることは限られているし,専門分化していくのは仕方がないと思います。やることも,学ぶことも多いし,教科書のページ数はかつての2倍になったと言われています。そうすると,チーム医療が重要になってきます。そして,チーム医療をしようと思ったら共通言語が必要で,それを使ってお互いのコンセンサスの上にプレゼンができないといけません。

(つづきは本誌をご覧ください)


大曲貴夫氏
1997年佐賀医大卒。同年より2001年まで聖路加国際病院内科レジデント。会田記念病院での勤務を経て,2002年より2004年までテキサス大ヒューストン校医学部感染症科でクリニカルフェローとして感染症の臨床トレーニングを受ける。2004年2月に帰国し,2004年3月より静岡がんセンター 感染症科で勤務。同院で臨床感染症の専門家を育成する感染症フェローシップを行っている。

金城紀与史氏
1994年東大医学部卒。亀田総合病院研修医,トーマス・ジェファソン大学病院内科レジデント,マウント・サイナイ医療センター呼吸器集中治療医学フェロー修了。アルバニー大学医学部・ユニオン大学大学院修士(生命倫理)。2004年1月より手稲渓仁会病院臨床研修部。

白井敬祐氏
1997年京大医学部卒。横須賀米海軍病院,福岡飯塚病院で一般内科,国立札幌がんセンターで放射線治療を経験し,2002年にがん診療,医学教育,Steelersを目的に渡米。研修おたくかつアメフトおたく。2005年よりサウスカロライナ医科大学血液/腫瘍内科フェローとして,抗がん剤治療の専門家をめざすため,臓器にしばられることなくあらゆるがんの診療経験を積むべく研鑽中。