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●見て聴いて考える 道具いらずの神経診療

第14回テーマ

主訴別の患者の診かた(9)
意識障害のある患者の診かた(後編)

岩崎 靖小山田記念温泉病院 神経内科


前回よりつづく

意識状態は「脳のバイタルサイン」といわれる.意識障害の原因は多彩であるが,その如何によらず,意識障害があるということは中枢神経系が抑制または障害されているということであり,迅速な鑑別,慎重な対応が必要である.

前回から2回に分けて意識障害患者の対応法と鑑別法についてポイントを概説している.前回は主に意識障害患者を診察する際の注意点を概説したので,今回は神経学的所見の取り方,意識障害を呈する代表的疾患の鑑別点についてのポイントを述べる.


■神経学的診察

意識障害のため患者の協力が得られない場合でも,周囲への問診,バイタルチェックと並行して神経学的所見を速やかに取ることが重要である.しかしながら救急外来で意識障害患者の詳細な神経学的所見を取ることは非現実的であり,重症度を判断しつつ,全身状態や緊急度の許す範囲内で観察する必要がある.眼症候,肢位と痙攣の有無,運動麻痺と筋緊張,痛み刺激への反応,髄膜刺激徴候,腱反射について特に注意して所見を取るのがよいと思われる.

眼症候の観察

意識障害患者の診察時に,眼症候は多くの貴重な情報をもたらす.開眼しているかどうかだけでなく,眼裂の左右差,眼球位置(眼位),瞳孔径と対光反射,眼球運動を観察する.瞳孔径が正常,左右同大で,対光反射が保たれていれば中脳が障害されていないことを意味する.

眼裂の左右差の観察
顔面神経麻痺があれば眼裂は麻痺側で開大するが,中枢性麻痺では判別が難しい場合も多い.

眼位の観察
自発的に開眼しない場合は,眼瞼を持ち上げて眼位を観察する.睡眠中の正常者では眼瞼を持ち上げると眼球は上方へ偏倚(へんい)している〔ベル(Bell)現象〕.深昏睡状態では,輻輳調節障害のため両眼球は軽度の外転位となる.両眼が一側に偏視している状態を「眼球共同偏倚(conjugate deviation)」という(図1).一般に脳梗塞,脳外傷などのテント上病変であれば,眼球は障害側に向く.ただし,脳出血急性期や二次性てんかんのような刺激性病変であれば逆になる.一方で脳幹部,特に橋の病変であれば,眼球は病巣の反対に偏倚する.下方への眼球偏倚は視床出血や中脳の障害でみられ,両眼が鼻先をみつめるような眼位(鼻尖位)を呈することもある.一側の眼球が下内方へ,他側が上外方へ偏倚する場合は「斜偏倚(skew deviation)」と呼ばれ,下方偏倚した側の脳幹障害を示唆する(図2).

瞳孔径と対光反射の観察
瞳孔径が2 mm以下の場合を「縮瞳」,5 mm以上の場合を「散瞳」と呼び,瞳孔径に0.5 mm以上の左右差があれば「瞳孔不同」とする.

両側瞳孔が著しく縮瞳した「針穴瞳孔(pinpoint pupil)」は脳幹出血,中心性脳ヘルニアなどに伴ってみられ,予後不良の徴候であり,両眼球は正中固定する.一側の縮瞳に眼瞼下垂を伴っていれば「ホルネル(Horner)症候群」であり,意識障害に伴う場合は脳幹病変を考える必要がある.

両側の散瞳は脳死状態,重篤な低酸素脳症でみられる.低血糖による意識障害でも散瞳傾向を呈する.一側の散瞳であれば動眼神経麻痺を疑い,対光反射も消失していれば鉤ヘルニアの可能性がある.

眼球運動の観察
意識障害患者では眼球が左右にゆっくり動く現象は「眼球彷徨(がんきゅうほうこう;roving eye movement)」と呼ばれ,代謝性脳症による半昏睡状態でしばしば観察される.特に意識障害が進行する過程や,回復する過程でみられ,昏睡状態に移行するにつれて消失する.障害部位特異性はないが,脳幹機能がまだ保たれていることを示唆する.両眼が急速間歇的に下転し,ゆっくり正中に戻る眼球運動は「眼球浮き運動(ocular bobbing)」といわれ,橋の障害でみられる.患者の頭部を他動的に上下左右に動かすと,正常では動かした方向と反対方向に眼球が動き「人形の目現象(doll’s eye phenomenon)」または「眼球頭位反射(oculocephalic reflex)」と呼ばれる.この反射が欠如すれば脳幹障害(特に中脳から橋の障害)が疑われるが,薬物中毒でも欠如することがある.

(つづきは本誌をご覧ください)