Editorial

エポニムの臨床的・教育的・特典的効果
志水 太郎
獨協医科大学 総合診療医学・総合診療科

 エポニム(eponym)は、ギリシャ語の「epi(後)+onoma(名前)」に由来しており、主に人(発見者など)の名前に因んで二次的に命名された言葉とされる。医学分野のエポニムをmedical eponymsというが、この場合、身体所見や症状(徴候)または疾患に、それを発見した医師の名がつくことが多い。

 現代の医師がエポニムに出会うのは、教科書だったり、目前の診療を通した文献検索の過程だったりする。そうして実践においてその技や名称に慣れていくなかで、エポニムを現場の「コミュニケーション」を円滑にする“記号”として用いるとともに、技術や知識習得の「メルクマール」とすることもできる。そして、エポニムに付随する“特典的”効果として、副次的に現代医学をつくり上げてきたレジェンドたちに出会い、その技や思考の奥深さに触れ、医学の面白さや情熱を感じることができる。

 個人的にまず思い浮かぶエポニムは「身体所見」である。たとえばMcBurney圧痛点で有名なCharles McBurney(1845〜1913)は19世紀の米・ニューヨークの外科医であるが、彼の仕事のハイライトであったと思われる1880年代は、ハーバード大学のReginald Heber Fitz(1843〜1913)が1886年に虫垂炎と名づけるなど、「虫垂炎」にとって大きな10年であったと言える。William Stewart Halsted(1852〜1922)と同じ時代を外科医として生き、William McKinley大統領の主治医を務め、虫垂炎に生涯の多くの時間を割いたMcBurneyが、1889年に発表した論文での圧痛点は、実は、今日に伝わるあの圧痛点とは場所が異なっていたことなどは、誰しもが心惹かれる逸話だろう。

 日本の総合診療界をリードする本誌のゲストエディターとして貢献できることは何か、を自分なりに考えた。その結果、教育・研究的観点からも時代を超えてアツいテーマであり、cost effectiveな技術である「身体診察」についての特集がよいと思った。フィジカルをテーマにすることは容易に決まった。また、全国でティーチングを行っていて、学習者も指導医も皆「ベッドサイド教育」を求めている、ということに気づかされた。ベッドサイド感のあるテーマがよいとも思った。幸い、エポニムはベッドサイド教育との相性がよい。

 そこで本特集では、ベッドサイド教育に熱心な総合診療の先生方にご登場いただき、一般的に有名なものから総合診療領域で話題のものまで、フィジカル・エポニムを1つを選んでいただき、その発見・開発の経緯と臨床的意義を、ご自身の体験や思いとともに描いていただいた。レジェンドによる発見・開発の経緯は興味深く、エポニムがその医師の人生にも影響していたりして示唆深い。同時に、そのフィジカルを実際に使用する時の技術的なコツ、さらにご自身が研修医や若手にベッドサイドで技を伝授する時に心がけていることにも触れていただいた。本特集が多くの方に読まれ、日本の「ベッドサイド教育」がさらに充実することを願っている。