HOME雑 誌medicina誌面サンプル 47巻12号(2010年11月号) > 今月の主題●座談会
今月の主題●座談会
生活習慣への介入
変わらないその重要性

発言者
小田原雅人氏(東京医科大学内科学第三講座)=司会
佐倉 宏氏(東京女子医科大学糖尿病・代謝内科)
勝川史憲氏(慶應義塾大学スポーツ医学研究センター)
木村 肇氏(木村クリニック)


小田原 お忙しいなか,お集まりいただきましてありがとうございます.本日は糖尿病患者の「生活習慣への介入」がテーマです.世界中で生活習慣への介入は非常に重要であるということがわかってきました.しかし,食事療法や運動療法など生活習慣への介入は,薬による介入と比べて,きちんとしたスタディを組みにくいですし,対象者がうまく実践できるかどうかという問題もあります.例えば,食事療法の介入で頻繁に起こることは,長期となるとなかなか守れないという事実なのですね.

 生活習慣への介入は「言うは易し,行うは難し」です.データをとること自体が非常に大変ですし,そのデータの解釈も難しいと思います.そのあたりについて,包括的にご意見をいただければと思います.

■生活習慣の改善はなぜ重要か

小田原 まず,生活習慣の改善にはどのようなベネフィットがあるかについて,一言ずつお話をいただきたいと思います.

佐倉 生活習慣の改善が重要な疾患は多いのですが,同じ生活習慣病でも脂質異常症や高血圧症は,薬の効果が非常に大きいです.それに比べて糖尿病,特に肥満を伴う2型糖尿病は,薬の効果よりも生活習慣の改善効果のほうがはるかに血糖コントロール改善効果が大きいですし,逆に生活習慣の改善が伴わないと,薬の効果もあまり期待できません.つまり,糖尿病の治療の成否は,生活習慣をいかに改善できるかにかかります.ただ,生活習慣の改善は患者さん自身に行っていただかなくてはならないことが難しい点です.そして,患者さんに実践していただくための患者教育の方法論がまだ確立していないのが現状です.

小田原 勝川先生,どうでしょうか.

勝川 生活習慣と薬物療法の効果を比較すると,血圧やコレステロールは薬物療法のほうが確実ですし,血糖や中性脂肪は生活習慣の改善なしにはコントロールが難しいですね.また一方で,患者さんに対する効用に目を向けると,食事や運動は患者さんの,QOLや主観的健康感を改善する側面も重要ではないかと思います.

小田原 どうもありがとうございます.それでは木村先生,どうでしょうか.

木村 現場としていつも感じているのは,高血圧の患者さんと糖尿病の患者さんへの対応は全く違うということです.血圧は患者さんが塩分制限そのほかの生活習慣を是正しなくても,極端な話,服薬さえしてもらえれば,ある程度のコントロールを達成することができる.糖尿病はまず生活習慣の改善が必須で,患者さんには,「主体は患者さん自身ですよ.『糖尿病に名医なし』という言葉は,そこからきているんですからね」とお伝えし,食事,そして運動についてお話をしていきます.

小田原 ありがとうございます.糖尿病のほかにも,ご指摘のありましたように脂質異常症,高血圧が生活習慣病の主なものです.例えばLDLコレステロール(LDL-C)に関していいますと,日本動脈硬化学会の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007年版」によると,一次予防でリスクファクターがない低リスクの人も,1~2個の中リスクの人も,3個以上の高リスクの人,糖尿病があるとそれだけで3個分のリスクで高リスクになるのですが,すべての方に生活習慣の修正を推奨することになっています.コレステロールへの介入試験は,最近はスタチンやエゼチミブの試験が多いですが,初期は食事の介入試験がたくさん行われました.実際このような介入試験の結果を見ると,コレステロールがまったく下がっていない試験もあるのです.つまり,生活習慣の改善は重要とされていますが,実際にコレステロールに対する食事療法の介入効果は限定的で,一生懸命に食事療法をやって,せいぜい15%しか下がらないということです.ところが,ストロングスタチンを飲んだだけで40%も下がるのですね.先生方がおっしゃったように,生活習慣への介入が最も重要なのは糖尿病,もしくは肥満に対してではないかと思います.

 それでは,生活習慣の改善がなぜ重要であるかについて,佐倉先生からお話しいただきたいと思います.

佐倉 現代の日本人は1日平均6,000~7,000歩くらいしか歩いていません.理想は1日1万歩以上です.また,人間としての理想的な食事摂取量は,糖尿病の食事療法そのものですので,体格によって1,400~1,800 kcalとなります.ところが,実際には平均して1,700~2,000 kcalは食べています.ですから,ごく普通の人でも理想的な生活習慣にはほど遠いのです.

 そして,日本人は,3人に1人くらいが糖尿病になりやすい遺伝子をもっていますので,何も手を打たなければ多くの人が糖尿病を発症してしまいます.できるだけ本来の理想的な生活習慣に戻すというのは,糖尿病になった人の治療はもちろんのこと,誰にとっても,より健康になるために重要ではないかと思います.

■大規模臨床試験から見えること

佐倉 大規模臨床試験で最も有名なのは,Diabetes Prevention Program(DPP)です.これは耐糖能異常(IGT)を有する欧米人について,きわめて厳格な生活習慣の改善,すなわち,体重を平均7%減らし,運動を週150分以上行うという細かな教育プログラムを行う群と,プラセボ群,メトホルミン群の3群に分けて,どの群が最も糖尿病の発症を抑えられるかを研究したものです.その結果,厳格な生活習慣群が圧倒的によくて,プラセボ群に比べて糖尿病の発症を58%抑制することができました.メトホルミン群はプラセボ群に比べて38%の抑制でしたので,エビデンスの点からも生活習慣の改善は,糖尿病への進展を抑制する効果が薬物よりも強いことが示されたのです.

(つづきは本誌をご覧ください)


小田原雅人氏
1980年東京大学医学部卒業.1990年同大学附属病院助手,1992年筑波大学臨床医学系内科文部教官講師.1996年英国Oxford大学医学部Lecturer,2000年国家公務員共済組合連合会虎の門病院内分泌代謝内科部長.2004年1月より東京医科大学内科学第三講座主任教授,同4月より東京薬科大学客員教授併任.2009年東京医科大学病院副病院長.

佐倉宏氏
1982年東京大学医学部卒業,同大学附属病院第三内科医員,同助手を経て1994年英国Oxford大学生理学Research Scientist,1999年東京女子医科大学糖尿病センター講師,2007年同准教授.日本糖尿病学会専門医・指導医・評議員,日本内分泌学会内科専門医・指導医,日本内科学会認定医・専門医,日本医療情報学会,米国糖尿病学会,欧州糖尿病学会.研究分野は糖尿病の成因・治療,糖尿病医療情報解析,インスリン分泌.

勝川史憲氏
1985年慶應義塾大学医学部卒業,同年慶應義塾大学医学部内科学教室助手(内分泌代謝学).1992年慶應義塾大学スポーツ医学研究センター助手,2005年同助教授,現在に至る.

木村肇氏
1973年東京医科大学卒業,同院整形外科を経て1977年より昭和大学藤ヶ丘病院内科レジデント,修了後は同内分泌代謝内科.1987年より木村クリニック院長.日本内科学会認定医,日本内分泌学会専門医,日本医師会産業医・健康スポーツドクター.労働衛生コンサルタント.患者さんにとって「最も頼れるメディカルステーション」を目指す.「診療範囲内は質の高い診療を.診療範囲外は質の高い豊富なネットワークの活用を」