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今月の主題●座談会
より的確なHelicobacter pylori除菌をめぐって

発言者
高橋信一氏(杏林大学医学部第三内科)=司会
鈴木秀和氏(慶應義塾大学医学部内科学(消化器))
河合 隆氏(東京医科大学病院内視鏡センター)
松久威史氏(日本医科大学多摩永山病院消化器科)


高橋 ご存知のとおり,日本ヘリコバクター学会の2009年ガイドラインでHelicobacter pyloriH. pylori)感染症が推奨グレードAの除菌適応になりました.それから大きな流れがあり,日本ヘリコバクター学会の会員も以前は700人くらいだったのが,ここ数年で1,200人あまりまで増え,認定医も500人を超えてきております.

 本日は,お忙しいなか3人の専門の先生方にお集まりいただき,ガイドラインの内容から,患者さんへのインフォームド・コンセント,自費診療などについて,いろいろとお話をうかがいたいと思っております.

■「H. pylori感染症」という疾患

高橋 まずは2009年の学会ガイドラインの話から始めたいと思いますが,鈴木先生,適応疾患がどのようになったのかご解説いただけますでしょうか.

鈴木 2009年のガイドラインは,非常に挑戦的なガイドラインだと言われています.それはなぜかと言いますと,適応疾患として,大きく「H. pylori感染症」とうたったからで,これは世界的に見ても最も先進的,前衛的なガイドラインだと言われています.そして今まで適応疾患としてあった個々の疾患に関しては,エビデンスレベルを提示したところが,今までの流れとは違う大きな改訂部分だと思います.

高橋 河合先生,いかがですか.

河合 鈴木先生がお話しされたとおり,今までは潰瘍だけを相手にしていたのが,これからは“感染症”として捉え,積極的に除菌していくとなりました.これはいろいろな意味で,僕たち医者にとっても,患者さんにとっても,一歩前進したと思います.

高橋 松久先生,そうするとH. pyloriに感染している人全員に対して除菌を推奨するわけですから,これは大変重い問題ですよね.

松久 そうですね.消化性潰瘍,そして2010年6月に保険適用になった胃MALT(mucosa-associated lymphoid tissue)リンパ腫,特発性血小板減少性紫斑病(idiopathic thrombocytopenic purpura:ITP),早期胃癌に対する内視鏡的治療後胃だけではなく,日本で最も多い萎縮性胃炎に対して,早い時期に除菌を行い,胃癌の危険を取り除いて,胃癌の撲滅にもっていきたいと,日本ヘリコバクター学会では考えております.

高橋 鈴木先生,H. pyloriの感染症と捉えるというのは,そこからいろいろな病気が出てくるから,治療してそれを予防するということなのでしょうか.

鈴木 はい.H. pylori 感染症という疾患にすることで話は非常にシンプルになります.つまり,「H. pylori を除菌すると胃癌にならなくなるから予防的に除菌する」という話ではなく,「H. pylori 感染症という病気を治療する」ということなのです.感染症を治療するというのは,既にある病気を治すことですから,これは予防的治療ではなくて治療的治療ということになるわけです.例えば,肺結核を含めた結核菌の感染症に対しては結核菌に対する抗菌療法をやるわけですから,H. pylori感染症に対してもおのずと抗菌療法をやる.これは,おそらく患者さんにもわかりやすいと思います.

 今回,適応疾患をH. pylori感染症としたことは,その後に出てくるいろいろな病気に対しての予防的意義が大きいと思います.もともと,胃潰瘍・十二指腸潰瘍の再発に対しての予防的意義については,日本を含め,世界中のコンセンサスが得られてきました.一方で,胃癌に対しては,胃癌になってから除菌しても全く効かないので,胃癌になる前に,ならないように,つまり“予防的に”除菌するということになります.その「予防」という側面を「治療」とする方策として,その前の段階の疾患(H. pylori感染症)を治療するというシフトは,非常に理に適っていると思います.

高橋 わかりました.予防というよりも,細菌感染症だからそれを治療する.そしてそのあとに出てくるいろいろな病気を防ぐと.

鈴木 そう考えます.感染症があるのだからそれを叩けばいいじゃないかという,非常にシンプルな話になったと思います.

■各適応疾患に対する除菌

胃潰瘍・十二指腸潰瘍,胃MALTリンパ腫

高橋 ということで適応疾患としては大きく「H. pylori感染症」となったのですが,これまで2000年,2003年と,2回ガイドラインが出ており,そこには各適応疾患に除菌を勧める意味でA,B,Cのランクが付いていました.今回は,先ほど鈴木先生がおっしゃったように疾患ごとにエビデンスレベルI,II,IIIが挙げられているわけです.疾患の1つひとつについて少しディスカッションしてほしいと思うのですが,胃潰瘍,十二指腸潰瘍については,既に日本消化器病学会などのガイドラインで除菌がファーストラインということでエビデンスがあるわけです.

 河合先生,胃MALTリンパ腫はエビデンスレベルIIIですが,これについてはいかがですか.

河合 MALTリンパ腫については,確かにエビデンスレベルIIIですが,悪性であるMALTリンパ腫の約70~80%がH. pylori除菌で治癒することを考えるとやはり保険適用になった意味は大きいと思います.ただしMALTリンパ腫の診断に関しては,実施できる施設が限られてしまうと思っています.診断に際して,病理組織採取,CTやGaシンチ,さらには深達度を調べるため超音波内視鏡を行い,ステージを決める必要があるためです.これまでもしっかりと診断しないで,病理で「MALT疑い」とされたものをいい加減に除菌してしまっていたものもあると思います.今回,保険認可に伴い,そのあたりがまた増えるかもしれません.

 例えば僕が1度経験したのは,「MALTなので除菌しておいたから,あとは大学で経過観察を含めて精査してくれ」というケースでした.これでは,さっき鈴木先生の言われた,胃癌は除菌をしても治らないというのに近いと思うんです.やはりMALTリンパ腫は悪性疾患です.原則ステージも含めて確定診断した後に除菌治療です.さらに除菌治療もしっかり完全に行う必要があります.したがって開業医の先生がMALTリンパ腫を見つけられた場合は,専門医にご紹介されることをお勧めします.

高橋 MALTリンパ腫は病理診断がまず重要だし,できれば専門家がやるべきだろうというお考えですね.松久先生はどうですか.

松久 河合先生の言われるように,ちょっと捉え方を間違って紹介される開業医の先生がありますね.

鈴木 実際,病理診断で評価が微妙に分かれることもあり,確かに難しい症例もあると思います.API2/MALT1キメラ遺伝子などは非常によい分子診断マーカーとなりますが,この辺の分子診断マーカーを加えることができれば,さらに診断しやすくなりますね.

高橋 それにMALTリンパ腫というのは,病理の先生がなかなか診断をつけてくれないときも,消化器科の慣れた先生が内視鏡で見ると正しく診断できることがあります.

鈴木 確かにMALTリンパ腫を疑う局面は多くなってきましたね.

(つづきは本誌をご覧ください)


高橋信一氏
1976年杏林大学医学部卒業.同大学医学部第三内科助手,講師,助教授を経て,93~95年米国ハーバード大学でリサーチフェローとしてH. pylori感染の胃生理機能に及ぼす影響についての研究に従事.帰国後99年より,杏林大医学部第三内科教室教授.日本消化器病学会(財団評議員),日本消化器内視鏡学会(社団評議員),日本消化管学会(理事),日本高齢消化器病学会(理事)のほか,日本ヘリコバクター学会にて理事,総務委員長として活動中.

鈴木秀和氏
1989年慶應義塾大学医学部卒業.93年米国カリフォルニア大学サンディエゴ校研究員,95年慶大医学部助手,2003年講師,05年北里研究所病院消化器科医長.06年より慶大医学部内科学(消化器)専任講師.07年外来医長.専門は上部消化管疾患,機能性消化管疾患,消化器癌.08年より日本ヘリコバクター学会認定医制度委員会副委員長・認定医試験問題作成委員長.10年より“American Journal of Gastroenterology”のAssociate Editor.

河合 隆氏
1984年東京医科大学卒業,88年同大学大学院終了.同大学内科学講師を経て,2003年同大学病院内視鏡センター部長.05年同大学助教授,08年より教授.東京薬科大学客員教授併任.専門は食道癌・胃癌,H. pylori感染症,経鼻内視鏡.日本消化器内視鏡学会,日本消化器病学会,日本胃癌学会,日本消化器がん検診学会,日本ヘリコバクター学会評議員.

松久威史氏
1979年日本医科大学卒業後,同大学付属第一病院内視鏡科入局.94年同院内視鏡科部長,助教授.97年同大学付属多摩永山病院内視鏡科部長,2003年同院消化器科内視鏡室室長.05年カトマンズ医科大学内視鏡指導医.06年より日本医科大学教授.日本消化器内視鏡学会,日本消化器病学会,日本高齢消化器病学会,日本ヘリコバクター学会評議員.日本消化管学会代議員.日本ヘリコバクター学会認定医制度委員会委員長.