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今月の主題●鼎談

心不全の個別診療ストラテジー
――常に病態生理を考えよう

発言者●発言順
吉村道博氏(東京慈恵会医科大学循環器内科)=司会
島田和典氏(順天堂大学循環器内科)
水野雄二氏(熊本加齢医学研究所)


吉村 「心不全の個別診療ストラテジー」をテーマに座談会を始めさせていただきます.順天堂大学の島田先生,熊本加齢医学研究所の水野先生においでいただきました.お2人とも,実臨床でも基礎研究でも実力者ですので,お話を聞かせていただくのが楽しみです.

 さて,2005年に「慢性心不全治療ガイドライン」が,2006年に「急性心不全治療ガイドライン」が出まして,私も深くかかわったのですが,優れたガイドラインだと思うと同時に,いろいろな問題点も見えてきました.

 一般的に,世の中があまりにもガイドラインに重きを置いている一方で,「あれは形にすぎない」と思っている医師もたくさんいると思います.また,ガイドラインには「個別の判断が大事なので,ガイドラインを裁判に使うには望ましくない」と断り書きがされているものもあるのですが,現実には裁判で使われてしまっているようです.

 いずれにせよ,今も昔も患者さんを診て,その病態に合った処方をするという個別診療が心不全診療の基本です.とはいえガイドラインが不要というわけでもありません.まず,先生方にガイドラインの意義と限界についてうかがおうと思います.

■心不全診療に「ガイドライン」はなじむか?

島田 心不全は,予後が不良であり,致命率の高い疾患群です.そのため,心不全のガイドラインは,1つの大きな枠組みとしての標準治療を提供するという点で,意義のあるものだと思います.ただし,それはあくまでも総論でありまして,各論は,吉村先生がおっしゃいましたように,個別診療が非常に大事だと考えています.

 といいますのは,1人ひとりの患者さんの背景は異なります.年齢も違いますし,性別も異なりますし,社会的な背景もさまざまです.さらに具体的にいえば,腎不全を合併していたり,呼吸不全を合併していたりと,疾患背景もさまざまに異なります.また,うつなど,精神的な要素も多く関与しており,そういった背景をすべて包含したうえで,1人ひとりの患者さんにどのような治療法を選択するかを,主治医が患者さんとディスカッションし,決めていくことになります.

 もちろん,総論的な標準治療というバックボーンはもっていなければいけませんけれども,それらを踏まえたうえで,1人ひとりの患者さんが満足するような医療を提供するために,個別の診療が大事だと考えています.

吉村 島田先生のお考えですと,ガイドラインは必要十分条件ではないですね.治療のエッセンシャル・ミニマムというふうに考えてよろしいですか.

島田 はい.すべてではないですね.

吉村 ガイドラインは網羅的に書いてあるという考え方もできます.ある意味エッセンシャル・ミニマムでしょうけれども,実状に合わないところもいっぱいあります.それに,バリエーションを書ききれないですよね.やむをえないことです.

島田 はい.実際の臨床では,膨大な組み合わせがありますので.

吉村 いろいろなガイドラインがありますが,例えば特定の感染症などは,わりとガイドラインになりやすいと思うのです.ところが,心不全というのは症候群なので,非常に膨大な対象を診るわけですから,哲学的な概念にも一部およんでしまうかもしれません.

島田 そうですね.症候群とおっしゃいましたが,まさしくそうだと思います.

吉村 そういうことですね.

 水野先生,いかがでしょうか.

水野 ガイドラインは,進化の途中にあると思います.米国心臓病学会やヨーロッパ心臓病学会でもガイドラインはどんどん進化しています.わが国のガイドラインは,その考え方も取り入れて,以前より明らかに進化しているなと感心しています.

 しかしながら,吉村先生がおっしゃったように,実際の臨床の場では,ガイドラインに従うだけでなく,病態を深く考慮して,新たな視点で取り組む姿勢が大切と思います.その結果,今まで超えられなかった,あるいは気付かなかった患者さんの病態を解決できることがあり,その時点でわれわれも進化するものと考えております.

 例えば,現在のガイドラインでは心機能,特に収縮機能に重点が置かれてしまっているという印象がありますが,心不全の予後の改善を考えますと,神経体液性因子や,酸化ストレスなどについては,まだまだ部分的にしかコメントがなされておりませんが,これらは予後を考えるうえで,極めて重要ですから,ガイドラインも進化しきれていないのが実情だと考えられます.

 また,心不全は,同じ患者さんでも時が変われば別の病態になっています.ガイドラインだけを頼りにするだけでは,患者さんの病態の変化に,なかなか対応できないと考えております.

吉村 非常に重要なことをおっしゃっていただきました.ガイドラインは,まだ発展途上ということ,特に心不全の場合はそうですよね.水野先生がおっしゃったように,心不全という病気自体が,神経体液性因子や酸化ストレスなどの問題を含めて,まだよくわかっていません.そういった状況で,心不全のガイドラインは,見たところ厚いわけですが,内容はまだ不十分なのです.要するに,扱う内容が膨大すぎるんですね.心不全というテーマが大きすぎるのは間違いないですね.

(つづきは本誌をご覧ください)


吉村道博氏
1986年宮崎医科大学医学部卒業.同年,熊本大学循環器内科入局.1993年,熊本大学医学博士.その後,同大学にて助手,講師,助教授を経て,2007年4月より東京慈恵会医科大学内科学講座循環器内科主任教授となり,現在に至る.専門は循環器内科一般,特に心不全,狭心症の病態と治療に関する研究.臨床研究のみならず分子生物学,遺伝学など幅広い手法を用いて病態を解析することを目指している.

島田和典氏
1989年順天堂大学医学部卒業.卒業後は,順天堂大学医学部附属順天堂医院での研修後,順天堂大学医学部循環器内科学講座入局.2004年より米国エモリー大学医学部留学.2006年順天堂大学医学部循環器内科学講座講師,2007年より准教授.専門は,生活習慣病の予防と治療,動脈硬化症における基礎的・臨床的研究,心臓リハビリテーション.心血管疾患の一次および二次予防に力を注ぐ.

水野雄二氏
1990年熊本大学医学部卒業,同循環器内科入局.泰江弘文教授のもと臨床循環器学を学ぶ.主に,臨床心不全と神経体液性因子を研究.学位取得:ヒト不全心からのAldosterone産生について.2000年4月1日より熊本加齢医学研究所にて,泰江弘文先生のもと心不全,高血圧,狭心症,metabolic syndromeなど研究中.熊本機能病院循環器内科筆頭部長,循環器専門医,日本心血管内分泌学会評議員.