今月の主題●座談会
苦手感染症をどう診るか?
青木 今回の特集テーマは「苦手感染症の克服」です.このテーマを考えているときに私が感じたことは,ある感染症が扱いにくいとみなされる主な理由は何かということでした.われわれが梅毒やニューモシスチス肺炎を経験する機会はそんなに多くありません.マラリアの患者を毎日診る医者はいません.結核だってそうです.つまり,これらの疾患に遭遇する機会が少ないために,医師は扱いにくいと思っています.本日は日ごろ,内科医として幅広い疾患に対応しながらも,これらの疾患にも強い先生方にご出席いただくことができましたので,有益なご意見をお聞きできることを楽しみにしています. ただし各論に入る前に内科の基本ルール,鑑別診断の重要性を確認しておきたいと思います.これが担保されている限り珍しい疾患に遭遇しても対処できる可能性が高まります. ■多彩な症状を示す感染症にどうアプローチするか青木 早速,本題に入りたいと思います.一般医家にとって理解し難くて,扱いにくいと考えられている疾患をいくつか選んでみました.例えば,HIV感染症を含む性感染症,いわゆるSTD(sexually-transmitted disease)です.次に,結核,3番目にステロイドあるいはリウマチに使われる薬物に起因する免疫不全疾患,最後に,ある種の熱帯病などです.これらの疾患は多彩な症状を呈し,さまざまな疾患でみられる症状を模倣します.そこでまず,このような馴染みの少ない症例に遭遇した場合に,それぞれの臨床的背景を踏まえて鑑別診断をどう行うかという基本原則について,お話を伺いたいと思います. ■なぜある種の感染症は難しいのか青木 まず,関節症状,皮膚の発疹あるいは喉の痛みなどの症状を呈することがある性感染症(以下,STD)について,ティアニー先生からお話しいただけますか. ティアニー 青木先生がいまおっしゃったことは,日本に限った問題ではありません.さまざまなタイプの疾患が示す臨床症状について知識をたくさんもっていることが重要であることは言うまでもありませんが,いかに患者にアプローチするかも同様に重要な問題です.例えば,喉の痛みを除いては,まったく異常がなさそうに見える若い女性の初診患者がやってきたとします.彼女にいきなり,オーラルセックスの経験がありますかといった質問ができるとお考えですか? これはそんなに簡単なことではありません.また,夫婦づれの場合は,難しい社会的状況にも直面します.夫婦を前にして,婚外セックスの経験がありますかなんていう質問はできません. STDの場合には,面倒な問題がもうひとつあります.それは,STDはいつも同じ症状を呈するとは限らないということです.例えば,関節症状,けいれん発作,脳内腫瘤,ニューモシスチス,皮膚発赤,カポージ,昏睡といった症状を呈するHIVエイズは現代版の梅毒みたいなものです.わたしが医学生だった頃は「梅毒を理解したら,医学を理解したことになる」(ウィリアム・オスラー)とよく言われたものです. はじめてやってきたSTD患者を,ある領域のスペシャリストが診察する機会があり,その医師がたまたま皮膚科医だったとします.その医師は,患者の症状がSTDの症状であるかもしれないと考えないで,皮膚疾患のことしか念頭にないかもしれません.あるいは,私はこの2年間に,肝炎の症状を呈した二人の2次梅毒の患者を経験しましたが,彼らを最初に診たのは肝臓の専門医でした.その医師は,まずサルコイドーシスや結核を疑いました.ところが,実際はSTDだったのです.このようにSTDは間違いやすい疾患のひとつです. 正確な診断を妨げるおそれがある要因をいくつか挙げてみます. 1)医師の経験の程度. ■特別な配慮が必要なSTD患者の病歴聴取青木 ティアニー先生から非常に貴重なご意見を伺いました.STDは多彩な症状を呈する疾患であることを念頭におくことが重要であり,内科医として,われわれは自分の専門にとらわれてはならないと考えます.ティアニー先生,患者に質問するときは,難しい社会的状況に直面することがあると言われましたね.このような問題を解決するには,どうすべきだと学生に教えられていますか? ティアニー 患者にこのような質問をすることは難しいに違いありませんが,正しい診断をするには,それを避けて通るわけにはいきません.「例えば,性同一性に関する質問がどうしても必要な場面に遭遇して,“あなたはゲイですか?”とたずねるとします.このような場合に正しい診断ができるか否かは,君たちの質問のしかた次第だ」と学生に教えています. (つづきは本誌をご覧ください)
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