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今月の主題●座談会

苦手感染症をどう診るか?

発言者●発言順
青木眞氏(感染症コンサルタント サクラ精機(株)学術顧問)=司会
ローレンス・ティアニー氏(カリフォルニア大学サンフランシスコ校内科学教授)
志水太郎氏(市立堺病院総合内科 関西若手医師フェデレーション代表)
藤田芳郎氏(トヨタ記念病院腎・膠原病内科部長)


青木 今回の特集テーマは「苦手感染症の克服」です.このテーマを考えているときに私が感じたことは,ある感染症が扱いにくいとみなされる主な理由は何かということでした.われわれが梅毒やニューモシスチス肺炎を経験する機会はそんなに多くありません.マラリアの患者を毎日診る医者はいません.結核だってそうです.つまり,これらの疾患に遭遇する機会が少ないために,医師は扱いにくいと思っています.本日は日ごろ,内科医として幅広い疾患に対応しながらも,これらの疾患にも強い先生方にご出席いただくことができましたので,有益なご意見をお聞きできることを楽しみにしています.

ただし各論に入る前に内科の基本ルール,鑑別診断の重要性を確認しておきたいと思います.これが担保されている限り珍しい疾患に遭遇しても対処できる可能性が高まります.

■多彩な症状を示す感染症にどうアプローチするか

青木 早速,本題に入りたいと思います.一般医家にとって理解し難くて,扱いにくいと考えられている疾患をいくつか選んでみました.例えば,HIV感染症を含む性感染症,いわゆるSTD(sexually-transmitted disease)です.次に,結核,3番目にステロイドあるいはリウマチに使われる薬物に起因する免疫不全疾患,最後に,ある種の熱帯病などです.これらの疾患は多彩な症状を呈し,さまざまな疾患でみられる症状を模倣します.そこでまず,このような馴染みの少ない症例に遭遇した場合に,それぞれの臨床的背景を踏まえて鑑別診断をどう行うかという基本原則について,お話を伺いたいと思います.

■なぜある種の感染症は難しいのか

青木 まず,関節症状,皮膚の発疹あるいは喉の痛みなどの症状を呈することがある性感染症(以下,STD)について,ティアニー先生からお話しいただけますか.

ティアニー 青木先生がいまおっしゃったことは,日本に限った問題ではありません.さまざまなタイプの疾患が示す臨床症状について知識をたくさんもっていることが重要であることは言うまでもありませんが,いかに患者にアプローチするかも同様に重要な問題です.例えば,喉の痛みを除いては,まったく異常がなさそうに見える若い女性の初診患者がやってきたとします.彼女にいきなり,オーラルセックスの経験がありますかといった質問ができるとお考えですか? これはそんなに簡単なことではありません.また,夫婦づれの場合は,難しい社会的状況にも直面します.夫婦を前にして,婚外セックスの経験がありますかなんていう質問はできません.

STDの場合には,面倒な問題がもうひとつあります.それは,STDはいつも同じ症状を呈するとは限らないということです.例えば,関節症状,けいれん発作,脳内腫瘤,ニューモシスチス,皮膚発赤,カポージ,昏睡といった症状を呈するHIVエイズは現代版の梅毒みたいなものです.わたしが医学生だった頃は「梅毒を理解したら,医学を理解したことになる」(ウィリアム・オスラー)とよく言われたものです.

はじめてやってきたSTD患者を,ある領域のスペシャリストが診察する機会があり,その医師がたまたま皮膚科医だったとします.その医師は,患者の症状がSTDの症状であるかもしれないと考えないで,皮膚疾患のことしか念頭にないかもしれません.あるいは,私はこの2年間に,肝炎の症状を呈した二人の2次梅毒の患者を経験しましたが,彼らを最初に診たのは肝臓の専門医でした.その医師は,まずサルコイドーシスや結核を疑いました.ところが,実際はSTDだったのです.このようにSTDは間違いやすい疾患のひとつです.

正確な診断を妨げるおそれがある要因をいくつか挙げてみます.

1)医師の経験の程度.
2)正しい診断を得るために必要な質問をするのを妨げる可能性がある社会的状況.
3)目の前の症状を,自分の専門領域の疾患であるとの先入観.

■特別な配慮が必要なSTD患者の病歴聴取

青木 ティアニー先生から非常に貴重なご意見を伺いました.STDは多彩な症状を呈する疾患であることを念頭におくことが重要であり,内科医として,われわれは自分の専門にとらわれてはならないと考えます.ティアニー先生,患者に質問するときは,難しい社会的状況に直面することがあると言われましたね.このような問題を解決するには,どうすべきだと学生に教えられていますか?

ティアニー 患者にこのような質問をすることは難しいに違いありませんが,正しい診断をするには,それを避けて通るわけにはいきません.「例えば,性同一性に関する質問がどうしても必要な場面に遭遇して,“あなたはゲイですか?”とたずねるとします.このような場合に正しい診断ができるか否かは,君たちの質問のしかた次第だ」と学生に教えています.

(つづきは本誌をご覧ください)


青木眞氏
1979年弘前大卒.沖縄県立中部病院,米国ケンタッキー大での研修を経て,93年米国感染症内科専門医認定.94年聖路加国際病院感染症科,97年国立国際医療センターエイズ治療・研究開発センター医療情報室長.2000年よりサクラ精機(株)学術顧問.フリーランスの感染症コンサルタントとして活躍している.著書に『レジデントのための感染症診療マニュアル』(医学書院)など.

ローレンス・ティアニー氏
『CURRENT Medical Diagnosis & Treatment』などの編集で知られる米国を代表する内科臨床医.カリフォルニア大学サンフランシスコ校の内科学教授としてサンフランシスコVAメディカルセンターで学生,レジデント教育,臨床に従事している.2007年にはNIH(米国国立衛生研究所)に「Great teacher」として招聘された.日本を毎年訪れ,各地の臨床研修病院で教育にあたっている.近著に『ティアニー先生の診断入門』(医学書院)がある.

志水太郎氏
2005年愛媛大学卒,東京・江東病院初期研修.市立堺病院内科チーフレジデント,青木眞氏を師とし,その対話のなかで内科を専門に志す.一般内科を青木眞,藤本卓司,徳田安春,ローレンス・ティアニー,各氏に師事.日本に世界最高峰の医科大学を創設し国際的人材を育て世界貢献することがゴール.2009年米Emory大学MPH留学に続き,一般内科/感染症/集中治療の研鑽のため近々渡米予定.2008年Certificate of Travel Health®取得.

藤田芳郎氏
慶應大学病院内科研修.その後,中部ろうさい病院,藤田保健衛生大学腎臓内科,トヨタ記念病院腎・膠原病内科で実地臨床の経験を積む.よい総合病院とは,よい研修病院のことであり,それを維持するためには良いスタッフが維持され,さらに「良い研修病院をつくる」というはっきりとした目標を掲げた幹部の支えが必須であると痛感している.