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今月の主題●座談会

炎症性腸疾患治療の標準化と
患者QOL向上を目指して

発言者●発言順
松本 誉之氏(兵庫医科大学内科学下部消化管科)=司会
鈴木 康夫氏(東邦大学佐倉病院消化器センター)
松井 敏幸氏(福岡大学筑紫病院消化器科)
杉田 昭氏(横浜市立市民病院外科)


 炎症性腸疾患は増加の一途をたどり,なかでも潰瘍性大腸炎患者数は10万人に迫る勢いである.従来は稀な疾患として専門医により管理治療されていたが,今後は一般内科医のもとを訪れる患者は増える一方であろう.原因不明の難治性炎症性腸疾患である潰瘍性大腸炎とCrohn病診療のポイントとして,病態に基づく標準的な診断・治療とフォロー中の留意点,標準治療に抵抗する難治例への対処法や,専門医および外科医へのコンサルトの時期について,率直にお話しいただいた.


松本 本日は,お忙しいところをお集まりいただきまして,ありがとうございます.本特集のテーマは,炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)と機能性腸疾患ですが,この座談会ではIBDを中心に,現状と課題が整理できればと思っております.

■増加する炎症性腸疾患とその傾向

松本 まず,最近IBDは増えているという声をよく聞きますが,実際の患者さんの動きについて,鈴木先生に概説していただこうと思います.

鈴木 全国的な患者さんの数は,特定疾患の申請を通して厚生労働省がまとめています.あくまでも登録者数ですが,その数字を見る限りでは,潰瘍性大腸炎は年間数千人レベルで,Crohn病は千人強ずつ増え続けています.これは,実数の動向を反映したものと考えてよろしいと思います.

松本 欧米やアジア諸国と比べてどうでしょう.

鈴木 潰瘍性大腸炎もCrohn病も全く同じように増加し続けているというのが,日本の特徴です.アジアでも,韓国が同じような傾向だそうです.欧米では,若干様相が違うようで,潰瘍性大腸炎の患者増加率は頭打ちになりつつあり,Crohn病は依然として増える傾向にあると聞いています.

松本 すると,日本でも,まだしばらくは増加傾向が続くと考えてよいでしょうか.

鈴木 そうですね.今後少なくとも10年間は,間違いなく増え続けると考えています.

松本 日本でも欧米を追いかけてどんどん増え続けているわけです.松井先生,この要因については,どのようなことが言われているでしょうか.

松井 並行して大腸癌や大腸ポリープが増えていますので,大腸に対する何らかの刺激が増えているのではないかと考えられています.大腸癌の死亡率はすでに欧米並みだという話がありますね.食物によるものなのか,脂肪なのか不明ですが,この大腸に対する刺激が共通してあります.

 また,長く病気をお持ちになっている方や,高齢の方が受診なさる場合もあります.IBDはなかなか治らないので,長い寛解期を経て,またひょっこり顔を出すという,二峰性のパターンがあるような感じがします.

松本 昔は,IBDは若い人の病気として,そのQOLが対応の中心だったのですが,今後は高齢発症の潰瘍性大腸炎,あるいは長期経過で高齢になった人の治療も問題になってきますね.

松井 そうですね.

松本 杉田先生,IBDの患者さんが外科へ回ってくる様子や内容について,最近はいかがですか.

杉田 潰瘍性大腸炎の手術適応をみますと,私どもの施設では,「重症が3割,難治が6割,癌が1割」です.おそらく,他の施設もほぼ同様だと思います.内科の新しい治療法もできていますが,手術例に占める重症例の割合は減少していません.また,これから癌が増えていく傾向があると思います.

 Crohn病では,生物学的製剤の登場により,手術の適応に変化が出てくる可能性もあるかと思います.両疾患で手術時期の遅れがないように注意することが大切です.

松井 先日,当院の外科の先生と話をしていたら,緊急手術例が減ったそうです.例えば,中毒性巨大結腸症(toxic megacolon)症例とか大量出血とかで,緊急手術が必要となるという例は,潰瘍性大腸炎に限っては,だいぶ減っています.僕らのところは地方都市ですから,患者数がそれほど多くないということもありますが,周辺の医師たちの治療成績が多少上がったのかなという感じがしています.

杉田 外科における潰瘍性大腸炎の最近の特徴は,高齢者が増えてきたことです.80歳という高齢者の場合は,重症化し始めると,非常に経過が速くて,緊急手術になる方も増えています.そういう患者さんは下肢静脈血栓の合併などにも注意が必要です.

■潰瘍性大腸炎の重症例・難治例をコンサルトするタイミング

松本 まず潰瘍性大腸炎ですが,松井先生,難治例,重症例の最近の特徴はどうでしょうか.

松井 重症例は,先ほど申し上げたように,少し減ったという印象がありますが,難治例は相変わらず増え続けています.ただ,難治例は,わりと先の見きわめができるようになりました.当院では,強い治療の効果がそこそこある患者さんに「この段階で退院しても,先は大変ですよ」とお話しして,少し早めに外科の先生に手術をお願いする傾向です.

松本 すると,最近は潰瘍性大腸炎の重症例にはそれほどお目にかからないということですね.鈴木先生はいかがですか.

鈴木 当院では逆に,他院での潰瘍性大腸炎の治療後に重症化して,「もう手に負えない」と紹介されるケースが多いものですから,重症例は相変わらず多いですね.松井先生もおっしゃったように,最近は手術の見きわめを早くしています.ただ,免疫抑制剤のサイクロスポリンを導入してから,明らかに手術の症例は減りました.長期的に考えると,再発を何回か繰り返して最終的に手術をする症例の率は変わらないかもしれませんが…….

松本 当院では,二極化しているような気がします.まず,他院でぎりぎりまで抱えてしまって,コンサルトされたときには「もうオペしかない」という例です.

 もう一つは,比較的早い時期にコンサルトされる症例です.最近は,内科治療でいったんはコントロールできますが,待機オペに回る人はかなり増えています.ただ,手術のできる施設が限られていますから,これ以上患者数が増えると,厳しい状況になるかもしれません.そのあたりは外科の現場からいかがですか.

杉田 施設間の差があると思います.IBDを専門としている内科の先生が重症の患者さんを外科に送るタイミングは非常に的確で,遅れることはありません.一方で,一般内科医の先生が診ている患者さんが重症になった場合には,来院と同時に手術というような例もあります.

 IBDの外科を専門としている病院はまだ少ないので,患者さんが多くなり手術時間やスタッフの確保を考えていかないといけないと思います.

(つづきは本誌をご覧ください)


松本 誉之氏
1955(昭和30)年生まれ.1981(昭和56)年大阪市立大学医学部卒業,大阪市立大学第三内科に入局,1988(昭和63)年より同助手,1993(平成5)年同講師を経て,2004(平成16)年3月より兵庫医科大学内科学下部消化管科教授.1991(平成3)年米国コロラド大学消化器科留学.専門は,IBDを中心とする下部消化管疾患の診断と治療.厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班」分担研究者など.

鈴木 康夫氏
1981(昭和56)年滋賀医科大学卒業,同年千葉大学医学部第二内科入局,1987(昭和62)年より2年間アイルランド・トリニティ大学留学.1994(平成6)年千葉大学医学部第二内科助手,2003(平成15)年東邦大学医学部付属佐倉病院内科助教授,2004(平成16)年同院消化器センター長,2006(平成18)年同院内科教授.専門はIBDを中心とする消化管疾患の診断と治療,厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服事業「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班」分担研究者.

松井 敏幸氏
1975(昭和50)年九州大学第2内科入局,1990(平成2)年福岡大学筑紫病院消化器科助教授,2005(平成17)年10月より同教授.日本消化器病学会評議員,日本消化器内視鏡学会評議員,American Society of Gastrointestinal Endoscopy会員,雑誌『胃と腸』編集幹事,日本消化器病学会雑誌編集委員,The American Gastroenterological Association会員,厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」班員.

杉田 昭氏
1979(昭和54)年横浜市立大学医学部卒業,1981(昭和56)年横浜市立大学病院第2外科入局.1988(昭和62)年より1年間米国マウントサイナイ病院留学,炎症性腸疾患についての臨床研究を行う.1993(平成5)年国立横浜病院外科医長,2003(平成15)年横浜市立大学医学部附属市民総合医療センター難病医療センター担当部長,2004(平成16)年より横浜市立市民病院外科診療担当部長.専門分野は小腸・大腸外科(炎症性腸疾患の外科治療).