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今月の主題●座談会

安全第一の循環器管理
ポイントは何か?

発言者●発言順
三田村秀雄氏(東京都済生会中央病院副院長)=司会
赤石 誠氏(北里研究所病院循環器内科部長)
出川 敏行氏(せんぽ東京高輪病院副院長)
山下 武志氏(心臓血管研究所研究本部長)


 循環器疾患の診療はしばしば一刻を争い,プライマリケア段階での対応が鍵を握ることも少なくない.循環器の専門家ではない一般内科医,あるいは研修医は,さまざまな病態を呈する循環器疾患に,日常診療のなかでどう対応していったらよいのだろうか?

 「一般内科医が診る循環器疾患」を特集した本号では,循環器診療の最前線で活躍する4人のエキスパートに,循環器管理のポイントについて,一般内科医向けにわかりやすくお話しいただいた.


三田村 循環器疾患では病態の急変など予測しにくいイベントに直面することもあり,非専門医には恐れられているところがあるかと思います.しかし,苦手意識はいつかは克服しなければなりません.ここでは,虚血・心不全・不整脈について,患者さんを悪化させることなく,安全にケアするためにはどのようなことに注意すべきかを,3人の専門医をお招きし,日常診療でお気づきになっていることを語り合っていただきます.

■最もよく遭遇する心筋虚血

三田村 循環器疾患で最も遭遇することが多いのが虚血です.救急外来で「胸が痛い」と訴える患者さんを前にした場合,研修医やレジデントにとって,その胸痛が心筋虚血によるのかの判断が重要になります.現場ではすぐに検査はできませんので,まず問診となりますが,赤石先生はどのような質問をされ,何に重きをおいて診られますか.

■「徐々に強くなる胸痛」なのか「急激な胸痛」なのか

赤石 その胸痛が心筋虚血によるのか,それ以外の痛みなのかを見分けるポイントは,痛みの部位にはありません.心筋由来の痛みは化学物質の蓄積による痛みです.ですから,神経を刺激されたり,叩かれたりする痛みではなく,徐々に蓄積してくるクレッセンドな痛みです.「心筋虚血による胸痛は,おもらしをしたときに,だんだんオムツが温かくなってくるようなふうに,徐々に増強してくる感じの痛みだ」と私はいつも研修医に説明します.それを想定して患者さんに「痛みはどういうふうにきたか」つまり,痛みの発症の仕方を聞きなさいとアドバイスします.映画などで突然「ウッ!」といって痛がるシーンが出てきますが,心筋梗塞ではそういうことはあり得なくて,最初は,我慢しちゃおうかなと思える程度の痛みです.その痛みがだんだんひどくなってきて耐えられなくなってくるのが心筋虚血による胸痛です.次に,痛みの持続時間がポイントです.3秒とか5秒という虚血の胸痛はあり得ないのです.そのような発症の仕方をイメージして聞くことが1つです.さらに,もう1つのポイントは重症感です.救急外来では冷や汗が出ているかどうかです.もちろん,重症感のある痛みであれば,心筋虚血のほかにも重大な疾患があります.例えば大動脈解離では一挙にグーンとくる激烈な痛みがあります.

三田村 痛みのtemporal profileが判断のポイントということでした.では,痛みの時間的な推移を聞くときには,どのような質問の仕方をなさっていますか.

赤石 私の場合,絵を描いて,ジワジワとだんだんきつくなる痛みなのか,それとも一挙にドーンときた痛みなのか,つまり,なだらかな登り勾配の痛みなのか,矩形波の急激な痛みなのかを時間をかけて確かめます.

■ピンポイントの痛みなら否定的

出川 循環器の救急外来までわざわざ来る患者さんの胸痛は,たいていが「胸全体が圧迫される,焼ける,詰まっている」という訴えです.「歯がしみる」「腕が重たい」「下顎が痛い」は初期のangina(狭心症,アンギナ)の段階ですが,その段階で救急外来に来ることはまずありません.ですから「胸全体が重苦しい」という訴えであれば「いつからか」「どういうときに」とか「何分前から痛いのか」,つまりオンセットを知ることも重要です.また「どこが痛いのか」と聞いて「ここ」と指差せる患者さんは狭心症あるいは心筋梗塞ではありません.赤石先生が指摘されたように,心筋梗塞は3秒とか5秒という痛みではないし,こことかあそことかいうピンポイントの痛みでもないし,痛みの部位が変化するということもありません.1つ注意すべきことは「みぞおちのあたりが痛い」「心窩部が痛い」と訴える患者さんです.患者さんがみぞおちを強調しても,剣状突起の心窩部の痛みを見逃さないことです.みぞおちという言葉に引きずられて消化器疾患ではないか?と疑い始めますと,診断を誤ります.

■患者から聞き出すポイント

出川 また,「なんとなくモヤモヤと不快感がある」などオンセットのはっきりしない訴えも困難を感じます.最初の痛みが朝4時なのに,8時の外来に来る患者さんは医師に重症感を抱かせないものです.心筋梗塞・狭心症の胸痛は「なだらかな山のような痛み」のことが多く,患者さん自身も最初は重症だとは気づかないものです.MI(myocardial infarction,心筋梗塞)を起こして血圧が下がり意識が若干混迷していることもあります.老人患者では主訴がクリアではないこともあります.それに人によっては日本語の表現の曖昧さも加わりますから,痛みの様相を的確に表現してくださいと言うには無理があります.

三田村 われわれがうまく聞き出さないと,患者さんはうまく表現できないものですね.

赤石 心筋虚血では,労作との関係が重要であると教科書に記載されており,そのことを念頭において,患者に「どんな時に痛くなりますか?」と尋ねることになります.しかし,患者は「ズーッと痛い」とか,「特に労作とは,無関係です……」と自分で症状をまとめてしまって表現する場合があります.このような場合には,患者さんに丁寧に質問して症状を詳しく聞きださなくてはいけません.ですから,1つずつのエピソードを詳細に聞き出すべきです.「いつ痛かったの?」「1週間前から4~5回」.さらに追及します.「最近ではいつ?」「昨日も痛かったし,一昨日も痛かったのです」患者は昨日と一昨日をまとめて説明しようとします.しかし,「一昨日の痛みのことは,のちほどお聞きしますから,とりあえず,昨日に痛みがあったときには何をしていましたか?」と具体的に聞きます.そうしないと,胸痛が重大な症状なのか単なる不安なのかの判別ができません.ですから虚血の質問というのは,もしクレッセンドタイプの胸痛であると疑ったら,どの胸痛についてそれが該当するかに注目し,そこを詳しく聞かなければいけない.不安と渾然一体となっている胸痛は聞き流してもいいのです.その見極めが虚血を見逃さないポイントです.

三田村 秒単位の胸痛は虚血らしくないというお話ですが,では,長く続く胸痛,例えば,何時間,何日という単位の痛みを訴えたら,「これは虚血とは違う」と言うことはできますか.

出川 オンゴーイングの心筋梗塞の恐れもありますが,少なくとも昨日から続いているという胸痛は心筋梗塞ではなさそうです.時間的な長さだけでは診断の根拠になりえませんが午前中の外来で,「朝から胸が痛い」と訴える患者を前にしたら,重症感が診断の決め手になりますね.

■患者背景とリスクファクターから虚血を除外する

三田村 教科書ではどういう訴えが虚血らしいかを記述しますが,現場の医師にとっては,むしろ,どのような胸痛が虚血らしくないかを知ることが実践的です.こういうことを患者さんが言ったら「それは虚血ではない」という除外診断のポイントはありますか.

(つづきは本誌をご覧ください)


三田村秀雄氏
1974年慶應義塾大学医学部卒業.81-84年米国Jefferson医科大学留学.92年慶應義塾大学内科講師,95年同助教授,99年心臓病先進治療学教授を経て,2004年より東京都済生会中央病院副院長.慶應義塾大学客員教授.日本循環器学会の不整脈薬物治療ガイドライン班員およびAED検討委員会委員長として医師のための不整脈治療指針作成と市民によるAEDの啓発を目指す.

赤石 誠氏
1978年慶應義塾大学医学部卒業,82年同大学院修了,83年米国ペンシルバニア大学留学,85年慶應義塾大学医学部内科に帰室し,中央臨床検査部心機能室長を経て,97年北里研究所病院へ赴任,現在に至る.科学的で,優しい医療の実践を信条としている.

出川 敏行氏
1976年東邦大学医学部卒業,東邦大学大橋病院(現,大橋医療センター)研修医.87年Cedars-Sinai Medical Center(LosAngels)心臓部門留学.帰国後,東邦大学医学部内科講師,助教授などを経て97年よりせんぽ東京高輪病院勤務.2002年,同院副院長.専門は心臓内科.冠動脈内血●溶解療法,冠動脈形成術など虚血性心臓病の治療の草分けとして臨床研究発表を行う.

山下 武志氏
1986年東京大学医学部卒業.内科研修を経て89年東京大学第二内科,94年大阪大学第二薬理学,98年東京大学循環器内科助手.2000年現在の(財)心臓血管研究所に移り,06年より研究本部長.不整脈をめぐる診療・臨床研究・基礎研究に携わっている.心房細動を対象とした日本心電学会主催・医師主導型の大規模臨床試験J-RHYTHM試験,J-RHYTHM II試験事務局長を務めている.