HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻8号(2007年8月号) > 今月の主題●鼎談
今月の主題●鼎談

高脂血症・動脈硬化の外来診療
全身疾患としての捉え方と新しい検査・治療

発言者●発言順

前村 浩二氏(東京大学循環器内科)=司会
石橋 俊氏(自治医科大学内分泌代謝学)
池田 宇一氏(信州大学循環器内科)


 高脂血症のみならず,メタボリックシンドロームや炎症,酸化ストレスの観点から動脈硬化発症のメカニズムが明らかになってきた.また,画像診断や機能診断などが発達し,スタチンに続く新しい薬剤も開発・臨床応用が進んでいる.さらに動脈硬化性疾患予防ガイドラインも改訂され,動脈硬化を全身病と捉え,心血管イベント抑制を目標とする治療が注目されている.ここでは最新の流れと今後の展望をご紹介いただく.


前村 本日は,ご出席ありがとうございます.これまで動脈硬化の予防は,高脂血症,糖尿病,高血圧,喫煙など個々のリスクファクターをそれぞれに抑えていこうという考え方が主流でした.また,虚血性心疾患,脳血管障害,腎障害というように,臓器ごとに動脈硬化性疾患の診断・治療が行われてきました.しかし,近年動脈硬化の成因をふまえて,動脈硬化を全身病と捉えて予防していこうという流れに変わりつつあります.

 本日は,血管の基礎研究から動脈硬化の診療,さらに最先端の再生医療まで携わっておられる信州大学の池田先生と,高脂血症,糖尿病の研究・診療の最先端を担っておられる石橋先生をお迎えして,動脈硬化診療の最新の考え方についてお伺いしたいと思います.

■動脈硬化発症の捉え方

前村 まずは動脈硬化進展の捉え方について議論したいと思います.メタボリックシンドロームという概念が提唱され,動脈硬化の捉え方は随分変化してきたと思いますが,石橋先生,いかがでしょうか.

石橋 従来は,古典的な動脈硬化のリスクファクターという疫学的リストからリスクの予測をする,あるいは血圧や血糖値による計算式でリスクを予測する方法が主流でした.ただし,そのなかには肥満が入っていませんでした.数十年前の日本では,それほど肥満は多くなかったのですが,最近になって肥満症が増えてきたことが切実な問題としてあって,それに付随して糖尿病も増えてくる.それを背景に提唱されてきたのが,メタボリックシンドロームという考え方だと思います.

 メタボリックシンドロームの診断基準でも,動脈硬化の発症リスクは2~3倍高いので,現在は古典的なリスクファクターとメタボリックシンドロームの両方から動脈硬化の発症リスクを予測するという流れになっています.ところが,2本立てなものですから,例えばメタボリックシンドロームにはLDLコレステロールが入っていないとか,逆に従来のリスクファクターには肥満が入っていないというように,整合性がとれていません.これは,おそらく将来的には解消されるべき矛盾だと思います.

 いずれにしても,肥満,インスリン抵抗性,糖尿病が,今後は増えていくはずです.その場合に患者さんをより感度よく拾い上げる方法が大事ではないだろうかというのが,メタボリックシンドロームという考え方だと思います.2型糖尿病を例にとりますと,高血圧,高脂血症(脂質代謝異常)という古典的なリスクファクターも非常に合併しやすいので,まずそれが大きな動脈硬化の発症機序の1つになっていると思います.

 また,血糖値も非常に重要で,高血糖がありますと,血管内のいろいろな蛋白が糖鎖の修飾を受けたり,いろいろな代謝障害が起きたりします.最近では,酸化ストレスや炎症性の変化が,高血糖あるいは食後の血糖値変動を増大させて血管の内皮機能に障害を与え,その結果,血管内皮のバリアが弱くなり,脂質が血管壁を通って出て行きやすくなるといわれています.

 高血糖は必ずしも大血管障害と関係ないのではないかという論調の時代もあったのですが,正確にデータを見てみますと,どうやら血糖が高いほうがリスクは上がっているということが最近はっきりしてきたようです.もちろん,脂質,血圧,メタボリックシンドロームとのからみでいえば脂肪細胞から出ているアディポネクチンという物質も血管障害にからんでいます.

 動脈硬化にはマルチプルリスクファクターがからんでいるということでしょうか.

前村 どうもありがとうございました.

 メタボリックシンドロームではインスリン抵抗性がキーワードになっています.糖尿病の場合は,血糖を下げることが動脈硬化の予防にとってよいのでしょうか,それともその背後にあるインスリン抵抗性を改善することがよいのでしょうか.

石橋 はっきりわかっていない部分もあるのですが,疫学的にはインスリン抵抗性が強い方,高血糖の方,どちらのパラメータで見ても動脈硬化は進む,イベント発生数が上がるということがわかっています.

 われわれが臨床的にインスリン抵抗性という場合には,主に肝臓でのインスリン抵抗性と,骨格筋のインスリン抵抗性をHOMA(homeostasis model assessment)指数を使って評価します.肝臓や骨格筋のインスリン抵抗性を反映する高インスリン血症という病態では,おそらく酸化ストレスが亢進しているという要素と,血管にもインスリン抵抗性があるのではないかということが議論になっています.

 ひと頃では,血管はインスリン抵抗性が起こらないので,高インスリン血症になるとインスリンの細胞増殖作用が血管で顕著になり動脈硬化が進む,ということがいわれていました.しかし最近では,血管内皮細胞のインスリン受容体をノックアウトして血管内皮細胞のインスリン抵抗性を起こしても,動脈硬化が進むというような動物実験のデータも出ています.つまり,血管にもインスリン抵抗性が起こっていて,それが動脈硬化の進展に関与している可能性を示唆する動物実験のデータがいくつか出ているのです.このあたりを,今後どういうふうに統一して考えたらいいのかが大きな課題です.

前村 肝臓や骨格筋のみでなく血管にもインスリン抵抗性がありそうで,それがどのように動脈硬化の進展と関連しているかは,今後の基礎研究,あるいは臨床スタディで,明らかになってくるだろうということですね.

 池田先生は,動脈硬化について,炎症や酸化ストレスの角度からご研究をされていますが,その視点から現在動脈硬化はどのように捉えられているでしょうか.

池田 動脈硬化は慢性炎症性疾患という概念が提唱されまして,これが現在,広く受け入れられています.これはどういうことかと申しますと,高血圧,糖尿病,高脂血症というような危険因子がありますと,それが内皮を傷害し,内皮から各種の炎症性サイトカイン,例えばIL-1βやTNF-αといったものが産生されます.この炎症性サイトカインにより,血中のモノサイトを中心とする血球細胞が内皮に接着し,内皮下に浸潤してマクロファージに泡沫化します.この炎症のプロセスが,動脈硬化性病変,すなわちプラークの形成に関与しているということが明らかになってまいりました.

 また,高血圧,糖尿病,高脂血症といった危険因子は,酸化ストレスを産生する刺激因子でもあり,酸化ストレスは,炎症過程でできるプラークの形成をさらに促進するという機序が,現在提唱されています.

前村 そうしますと,いままでにいわれているさまざまな動脈硬化の危険因子が,炎症あるいは酸化ストレスを起こすことによって,動脈硬化の進展につながるということですね.

池田 そうです.

前村 今後,炎症や酸化ストレスをターゲットにした検査法や治療が期待されますね.

■動脈硬化患者の実地診療のコツ

前村 次に,動脈硬化の実地での診療について,お伺いしたいと思います.

 動脈硬化には,いろいろな危険因子が提唱されていますが,石橋先生,それぞれの危険因子の重みづけは,どのようにお考えですか.

石橋 人種によって違いまして,われわれ日本人の場合でいうと,年齢が圧倒的に大事だと思います.また,容易に改善し得るファクターとしては,喫煙が非常に重要なものの1つではないかと思います.

 あとは,高血圧,糖尿病,耐糖能異常(IGT:impaired glucose tolerance),脂質代謝が並びます.脂質代謝異常のなかでは,当然LDLコレステロールの高値と,HDLコレステロールの低値の2つが重要なリスクです.トリグリセライド(TG)もリスクだということは確かなのですけれども,前者2つに比べるとちょっと低いようです.もちろん性差もあり,女性はなりにくいということがあります.

 ひと口に糖尿病といっても,そのコントロールがどの程度悪い人が含まれているか,高血圧といってもどの程度の悪い人が含まれているかがわかりませんので一概には言えませんが,いくつかの疫学データを合わせてみると,糖代謝異常,高血圧,脂質代謝異常のリスクは同程度の感じがします.

 ただ,一部海外のデータ,例えばフィンランドで行われたFinnish studyを見てみると,糖尿病があると非常にリスクが高く,心筋梗塞の既往があるのと同じくらいというデータが出ています.そのデータにかなり影響を受けて,糖尿病が最も大きなリスクではないかとしているのが,欧米の主流な意見です.日本もその意見を受け,今年改定された動脈硬化性疾患予防ガイドラインでは,糖尿病はリスク3つ群,カテゴリーⅢ(高リスク群)という分類になっています.ただ,それは日本人のデータに基づくものではありませんから,われわれは,そこまでハイリスクだとは思いません.糖尿病やインスリン抵抗性の方は,他のファクターよりはリスクが高い可能性があることを前提に,リスクの予測をしています.

1. スクリーニングの進め方

前村 池田先生は,自治医大にいらっしゃるときから血管専門外来を立ち上げておられます.動脈硬化の患者さんを系統的にスクリーニングする方法と,どういう指標で治療をされるかについて教えてください.

(つづきは本誌をご覧ください)


前村 浩二氏
1986年東京大学医学部卒業.東大病院内科で研修後,1988から1990年三井記念病院循環器内科で研修.1990年から1996年東大病院第三内科で循環器の診療,研究に従事.1996年から2000年まで米国ハーバード大学,Brigham & Women's病院にて研究に従事.2001年から東大病院循環器内科助手.2005年同特任講師.血管内皮障害に起因する動脈硬化発症機序の解明とその臨床への応用に興味をもっている.

石橋 俊氏
1982年東京大学医学部卒業.1984年まで内科研修医,同年東京大学医学部第3内科医員,1989年4月同助手,同11月テキサス大学分子遺伝学教室留学.1994年4月東京大学医学部第3内科助手,1998年東京大学医学部糖尿病代謝内科助手,2001年4月同講師,2005年6月自治医科大学内科学講座内分泌代謝学部門教授,現在に至る.糖尿病・高脂血症とそれらの合併症の予防と治療に関心をもっている.

池田 宇一氏
1978年自治医科大学卒業.自治医科大学病院で研修後,長野県内の病院に勤務.1987年自治医科大学大学院卒業.1987年から1989年まで米国ハーバード大学,Brigham & Women's病院循環器内科留学.1990年自治医科大学循環器内科講師,1994年同助教授.2003年信州大学大学院循環器病態学教授,同附属病院循環器内科科長.2005年同附属病院先端心臓血管病センター長.