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今月の主題●座談会

認知症の実地診療における諸問題
誰が,どこで,どこまで診るべきか

発言者●発言順

宇高不可思氏((財)住友病院神経内科)=司会
松田実氏(滋賀県立成人病センター老年神経内科)
藤田拓司氏(大阪北ホームケアクリニック)
繁信和恵氏((財)浅香山病院精神科)


 急速な高齢化に伴い,認知症の診療・介護が社会的問題となっている。特に,アルツハイマー型認知症は原因がいまだ解明されず,ゆっくりと着実に病状が進行することから,長期にわたり患者のみならず家族の介護負担も大きい。

 本座談会は,一般医が診る機会が今後増えると思われる認知症-特にアルツハイマー型認知症の重症度に応じた患者・家族への対応および今後の展望について,日々認知症診療に携わっている先生方にお話しいただいた。


宇高 ご多忙のところお集まりいただき,ありがとうございます。本日は,認知症に関する諸問題について,特にプライマリケアを中心に編集した特集の締めくくりの座談会です。

 ご存じの通り,わが国では急速な少子高齢化の進行に伴い,認知症患者が急増しています。すでに,65歳以上の高齢人口の8~10%,百数十万人の患者数があり,十数年後には300万人を超えると見積もられています。認知症診療は,精神科や神経内科あるいは老年内科などの専門医のみで対処できる問題ではなく,一般内科医あるいはかかりつけ医の主要な仕事になってくると思われます(表1)。

表1 医療機関で医師が行うべきこと
(1) 認知症であることの診断
(2) 原因疾患の診断
(3) 病期・重症度の判定
(4) 中核症状や周辺症状の内容の評価
(5) 残存機能の評価
(6) 対症的および進行抑制のための薬物療法
(7) 本人,家族への告知
(8) 自動車運転禁止,事故予防なども含めた生活指導
(9) 一般内科的,老年内科的健康管理
(10) 介護保険や成年後見制度など社会的資源の活用,地域支援,介護負担軽減のための情報提供

 認知症の診療・介護は,ここ数年で大きく変わりました。限定的とはいえ,アルツハイマー病に有効な薬物が使えるようになったことを契機に,認知症に対する啓発活動が盛んに行われ,一般の方々の認識も非常に向上しています。また,介護保険制度の施行により,介護環境もずいぶん良くなりました。

 また,若年性認知症についても,映画,シンポジウム,あるいはテレビ・新聞などにより,高齢者の認知症の場合とはまた違った,深刻な問題が一般に知られるようになっています。

 さらに,より早期に発見して治療を受けたいという希望が非常に強くなっており,MCI(mild cognitive impairment,軽度認知障害)と呼ばれるような認知症の前段階で受診する方が多数になってきました。

 このように,認知症は誰でもかかりうる,ありふれた普通の病気であり,医療・医学全体の重要なテーマとなっています。本日の座談会では,認知症診療のプライマリケアをめぐる諸問題を中心に,誰が,どこで,どの段階をどこまで診療すべきか,その役割分担はどうあるべきか,などについて,現場でご活躍中の先生方の意見を伺います。

■認知症診療の実態

宇高 私は,都市の急性期総合病院で神経内科をしています。病床数は約500,神経内科は30~40床で,脳血管障害,パーキンソン病もしくは症候群,その他各種の神経難病,てんかん,内科的疾患に伴う神経症状など,さまざまな病気を診ています,最近では,認知症の割合が非常に多くなっています。

 急性期病院なので,初期診療は行いますが精神科の入院はできません。したがって,BPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia,認知症に伴う行動心理症状)への対応はかなり難しい状態で,病診連携,病病連携に努めています。

松田 認知症の専門診療を行う科を主宰しています。病院全体は急性期病院なので認知症のための入院はできず,医師2名,臨床心理士1名でもっぱら「もの忘れ外来」をやっていますが,相当に忙しい毎日を送っています。2007年2月の認知症新患は104名でした。

藤田 大阪北ホームケアクリニックという,在宅医療中心の診療所で働いています。現在,常勤医が4名いて,24時間,365日,往診ができる体制で診療を行っています。主な対象疾患としては,やはり癌が多いですが,特徴的なのは神経難病が全体の約3割を占めていることです。認知症もやはり3割を占めています。

 当クリニックでは,認知症の確定診断を行うことは稀です。BPSDの対処に家族が困られて相談に来られる方が多いです。長期間診療をしていますと,認知症で診療を行っている方も途中で癌が見つかり最終的に癌で亡くなる方がいらっしゃり,認知症のある癌患者さんをどう診ていくのかが,在宅医療の現場では問題になっています。

繁信 浅香山病院で精神科を担当しています。1922(大正11)年からある古い病院ですが,病床数は1,196床,うち948床が精神科です。産科と脳神経外科以外の科は揃っています。

 精神科病床のうち認知症病床は,BPSDの治療をするための急性期認知症治療病棟が60床2病棟,計120床あります。入院は,2病棟で年間約300名を引き受けており,急性期病棟なので,3カ月以内の退院を目指し,精神症状が安定すれば在宅あるいは施設へ帰れるよう,ソーシャルワーカーをはじめとするコメディカルと協力しながら治療にあたっています。また,大阪府から老人性認知症センターの委託業務として鑑別診断などを行っており,医師による鑑別診断が年間300~400件になります。それ以外に,専門相談員のソーシャルワーカーがおり,介護の相談や施設の相談を受けるケースも年間約400件にのぼっています。

 外来での鑑別診断は,やはりこの1~2年はMCIレベルの方が増えています。患者さんご家族の負担を減らす意味で,朝から心理検査,脳波,MRI,血液検査などをして,12時くらいには診察に入って鑑別診断を行い,入院が必要であれば次の日,あるいはその翌日に入院できるような体制を敷いています。しかし今は,MCIレベルの方が鑑別診断の予約をされ,1~2カ月先まで待っている状況です。

■アルツハイマー型認知症の診療・介護における諸問題

宇高 次に,アルツハイマー病を中心とした認知症の診療・介護における諸問題について,初期・中期・晩期・末期と分けてお話しいただきます(表2)。

表2 病期による対応(主としてアルツハイマー型認知症の場合)
(1) 初期:日常生活動作(ADL)には問題なく,記銘力障害や見当識障害が主症状。患者の不安や不定愁訴には共感的に対応し,同じことの繰り返し発言にも聞き役に徹する。デイケア,デイサービス,ヘルパーサービス,家族への情報提供,指導が大切。
(2) 中期:大脳皮質の局所症候,ADLの障害があり,介護負担が増えるので,介護者の負担軽減にも特に留意が必要。いわゆる問題症状(BPSD)への対応は難しいが,対応の仕方を配慮することで軽減が期待できる。BPSDへの向精神薬療法は最小限にとどめる。
(3) 晩期:歩行障害,失禁,嚥下障害,ADL障害があり,転倒,外傷,骨折,肺炎,脱水,褥瘡などの合併症が生じやすい。入院によりせん妄,廃用性萎縮が生じやすいので早期にリハビリを行う。
(4) 末期(ターミナルケア):寝たきり,摂食困難,コミュニケーション不能で,多くの場合施設に入所している。経鼻・経管栄養,胃瘻,中心静脈栄養などの選択,気管切開や蘇生措置の可否について家族とよく相談しておく。

(つづきは本誌をご覧ください)


宇高不可思氏
(財)住友病院神経内科主任部長,内科系診療局長。1977年京大卒,1987年同大学院卒。京大病院,東京都養育院附属病院(現 都老人医療センター)を経て1988年より現職。専門は神経内科学,老年医学。日本脳卒中学会,日本自律神経学会理事,日本認知症学会監事,日本神経学会,日本老年医学会,日本老年精神医学会評議員。

松田 実氏
1978年京大卒。初期研修を経て1983年同大学院博士課程入学,1987年医学博士取得。1990年より滋賀県立成人病センター神経内科に勤務,1992年より同部長,2002年より老年神経内科部長となり認知症診療に取り組む。専門は神経心理学,失語症,認知症。

藤田 拓司氏
神戸市立中央市民病院,済生会中津病院で神経内科医として勤務。1999年に在宅医療を中心に行う大阪北ホームケアクリニックを開設,認知症以外に悪性腫瘍,神経難病患者の在宅医療に取り組んでいる。東京医科歯科大学大学院で,医療経済・医療経営・医療政策に関する研究も行っている。神経内科認定専門医,内科認定医。

繁信 和恵氏
1997年愛媛大卒。愛媛大病院神経科精神科にて初期研修後,1998年同大学院に入学(神経精神医学)。2002年医学博士取得後,同年6月より現職。現在,浅香山病院老人性認知症センターにて認知症の鑑別診断,精神症状の治療,認知症患者のケアに従事している。精神保健指定医,老年精神医学会専門医,老年精神医学会指導医。専門は神経心理学,老年精神医学。