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【特集】

もっともっとフィジカル!
黒帯級の技とパール

徳田 安春(群星沖縄臨床研修センター)


 人工知能(artificial intelligence:AI)は医師の仕事をどこまで奪うのか.医療界のシンギュラリティがもう現実となってきているなかで,21世紀における医師の役割が問われている.deep learningで鍛えられたAIアプリは画像と病理の診断で医師を超えた.AI搭載の手術ロボットは腸管吻合術において外科医よりきれいに縫い上げている.「医師の役割は,患者の話を聞いて診療情報をAIにインプットし,出てきた結果を患者に説明することになるだろう」と予言する急進派IT研究者もいる.はたして,未来の病院の外来部門では,AI搭載ロボットの前に患者が並ぶことになるのか.

 私は,AI搭載ロボットにとって最も困難なスキルはフィジカルである,と思う.糖尿病網膜症の眼底スクリーニングなどの単純なスキルはAIでも代替可能である一方で,無数のパターンをとりうる個々の病歴に合わせて診察所見や手技を的確に取捨選択するフィジカル・アートは,AIには不可能に近い.フィジカル・アートは豊富な経験に基づく暗黙知であり,アルゴリズムとの親和性は低い.つまり,これからの内科医にとって最重要の課題は,フィジカル・アートを向上させることなのだ.

 しかし,1990年代の後半以降に医学部を卒業した先進国の医師では,このアートは退化している.画像や検体検査の進歩に伴い,その解釈に奔走したからだ.しかし,今後このような検査の解釈はAIが行うことになる.急進派IT研究者たちから退場勧告を受けず,しかも患者が診察を希望する内科医としての役割を果たし続けるために,若手内科医はフィジカル・アートを身につけなければならない.

 そこで今回,ハイレベルなフィジカル・アートを身につけるための特集を企画した.『Bates』などのナース向け教科書のレベルからは卒業し,『Sapira』1)や『Constant』2)のレベルも超えた“黒帯”級のレベルとしている.日本の内科医を代表する先生方に,豊富な臨床経験をベースに,現代の臨床状況にアップデートされた,高等な技とパールを書いていただいた.フィジカル・アートを後世に正しく伝えるため,できるだけ多くの図や写真を用いての解説をお願いしている.また,エビデンスがある所見では,参考文献と尤度比などもできるだけ記載してもらったが,ほとんどの研究ではそのデザインに問題があるので,あくまで参考資料とすべきである(ショパンの法則:Rule of Chopin3)).さらに先生方には,臨床での個人史的エピソード(身体所見が決定的に役立った経験)をコラムとして披露していただいている.これにより,フィジカル・アートの永劫回帰として歴史を共有できるようにした.

文献
1)Sapira JD:Art & Science of Bedside Diagnosis, Williams & Wilkins, Baltimore, 1990
2)Constant J:Bedside Cardiology(4th ed), Little Brown, Boston, 1993
3)藤田芳郎,他:日常診療・当直で遭遇する水・電解質異常患者への対応.medicina 44:562-574,2007