今月の主題

Helicobacter pylori
関連疾患と除菌療法のインパクト

高橋信一(杏林大学第三内科)


 Helicobacter pyloriが再び注目されている.今では一般市民の間でも「ピロリ菌」として知られ,情報が氾濫する中,胃がんを心配して「除菌をしてください」と外来を訪れる例も多い.このような場合,果たして除菌をすべきかどうか,正確なインフォームド・コンセントが重要となるが,そのため診療側にとって幅広い知識が必要となる.すなわち,単に消化器病学のみでなく,疫学や細菌学,薬学など基礎医学の知識も必要となってくる.やっかいな除菌療法ではある.

 本邦では,2000年に消化性潰瘍を対象に除菌療法が保険適用となったが,初期の頃はあまり一般臨床では用いられなかった.2005年度のノーベル生理・医学賞が「本菌を発見して,その胃炎や消化性潰瘍との関係を明らかにした」オーストラリアの消化器内科医Barry Marshallと病理医Robin Warrenの二人に与えられたが,本邦における除菌療法普及にあまり影響力を示さなかった.

 しかし転機が訪れた.2009年に発表された日本ヘリコバクター学会のガイドラインで,

 「H. pylori感染症」という疾患名のもと,すべての感染者の除菌を推奨した.すなわち,すべてのH. pylori感染者に慢性活動性胃炎が発生する.そしてその病態下に,慢性萎縮性胃炎,消化性潰瘍,胃過形成性ポリープ,胃MALTリンパ腫,胃癌などが生じてくる.したがってH. pylori感染者はこれら疾患の予防的観点からもすべて除菌の対象となるとされた.

 最近,さらに大きな動きがあった.本年4月の保険改正により,同時2種類のH. pyloriの検査が保険収載され,6月には,(1)胃MALTリンパ腫,(2)特発性血小板減少性紫斑病,(3)早期胃癌に対する内視鏡治療後胃,におけるH. pylori除菌が保険適用となったのである.特に「早期胃癌に対する内視鏡治療後胃」に対する除菌は胃癌予防が目的であり,予防治療が保険収載された驚くべき事実であった.

 このように最近の除菌療法を取り巻く情勢は大きく変化しており,これをまとめる必要性を強く感じた.そこで本特集である.除菌療法を遂行するに当たり必要である知識を,基礎から臨床まですべて網羅した.必ずや読者の先生方に益する内容である.どうか熟読され,明日からのH. pylori除菌療法にお役立て頂きたい.

 最後にお忙しい中ご執筆頂いたH. pylori研究のご専門の先生方に深く感謝申し上げます.