今月の主題

苦手感染症の克服

青木 眞(感染症コンサルタント,サクラ精機(株)学術顧問)


「のどが痛い……」という訴えのもつ広がりが,本号「苦手感染症の克服」の意図を良く表現している.「咽頭痛」など毎日のように遭遇する訴えであるが,無考えに「風邪」と診断し,あろうことか抗菌薬まで処方する……といった診療のスタイルは本号の意図と真反対にある.

咽頭痛の原因にはHIVの急性感染や第2期梅毒,淋菌性あるいはクラミジア性咽頭炎といった性感染症,狂犬病やマラリアといった旅行者の感染症,野兎病やエボラ熱といったバイオテロの道具になりうる感染症,新型インフルエンザ,喉頭結核,薬剤アレルギーやそれに合併する好中球減少症などが含まれ,鑑別診断のリストはさらに亜急性甲状腺炎,多くの膠原病……と続いていく.

一見,膨大に感じられる,これら「咽頭痛」の原因もセクシャリティや性行動,旅行先での流行状況やリスク行動の有無,結核や薬剤に対する曝露歴などを検討することにより明らかになっていくはずである.この適切な病歴聴取を可能にするものが鑑別診断である.

HIV感染症や結核にかかわらず,とかく「苦手」とされる感染症で問題になる点には,(1)日常診療で遭遇する機会が非常に少ないこと,(2)臨床像が風邪といった「ありふれた疾患」と区別がつかないほど非特異的であること,(3)「指定病院」といった行政の枠組みから外れているため「診療義務がない」ので遭遇が想定されていないことなどが共通にある.

「エイズ拠点病院」以外の施設に入院した重症ニューモシスチス肺炎例に「間質性肺炎」の診断のもと大量のステロイドが投与され,「結核を診ない病院」で結核が集団発生する……といった事件はわれわれの日常診療スタンスや病院の行政的枠組みに鋭い疑問符を呈している.

感染症は,診療施設や医師の得手不得手や想定の有無を問わず,見慣れた疾患の顔をしてわれわれの前に突然現れる.これらの疾患に適切な対応をし,安全に診療できるか.これが「苦手感染症の克服」号の見つめるものである.