今月の主題

一般内科医が診る循環器疾患
3大病態を把握する

三田村秀雄(東京都済生会中央病院)


 「内科医は全身を診ろ」,口うるさい先輩は(自分のことは棚上げにして),いつもそう言い続けてきた.ところがいつの頃からか,心臓は心臓内科医が診る臓器,循環器は循環器医が管理する領域,になってしまった.もはや一般内科医は患者がひとたび「胸が痛い」と言おうものなら,「それだったら循環器内科にどうぞ」と微笑みながら紹介し,後はもう知らないと決め込む.

 しかし患者のほうはそんな縄張り争いに興味はない.胸が苦しくて受診すると,呼吸器内科があり,循環器内科がある.むくんだ足を引きずって,むくみ科を探しても見つからない.一瞬気を失った患者が向かうべき科が神経内科なのか循環器内科なのかも,わかるはずもない.

 医者の側にだって混乱はある.発熱の治療をしていたら,いつのまにか心内膜炎による弁破壊が進み,心不全を起こしてしまった.下血が続き貧血が進行したら,今度は狭心症を起こすようになった.糖尿病患者に合併した一過性脳虚血発作にアスピリンを出していたら,実はそれが発作性心房細動によるもので3日後には脳梗塞を起こしてしまった.透析が1日遅れただけなのに血清Kが上昇して心室細動が生じた.

 ボーダーレス化する病気,病人に,自分は循環器専門医ではないから,といって逃げ切れる世の中ではない.決して高度の専門知識,技量が要求されているわけではない.求められているのは今,目の前の患者が循環器疾患によって危機に瀕しているかどうかの診断力であり,察知力である.加えて悪化を防ぎ,現状を維持,あるいは改善するためのミニマムの処置手腕である.さらには即座に専門医に手渡すべきかをトリアージする判断力である.しかもそれらが迅速・的確・安全に発揮されなければならない.来週まで待てない,明日まで待てない,1時間待てない,1分待てない.それが循環器というものである.

 Keep It Simple, Stupid.略してKISS,という表現をご存知であろうか? 循環器はしばしば怖い,難しい,と思われがちであるが,実は心臓ほど単純で美しい臓器はない.循環器ほど素直に反応するシステムもない.そのシステムに何らかの障害が発生したとき,虚血に陥り,心不全になり,不整脈が起こる.循環器疾患はいろいろな疫学的原因によって,いろいろな解剖学的異常を伴って発症するが,機能的異常はまさにこの3つの病態に集約される.たった3つの病態さえマスターすれば,もはや循環器は怖くない.本特集を機に,さらに守備範囲の広い,頼りになる内科医を目指していただきたい.