HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻3号(2007年3月号) > 連載●Case Study 診断に至る過程
●Case Study 診断に至る過程

第7回テーマ

稀な典型例

松村正巳(金沢大学医学部付属病院リウマチ・膠原病内科)
Lawrence M. Tierney Jr.(カリフォルニア大学サンフランシスコ校・内科学教授)


 本シリーズではCase Studyを通じて鑑別診断を挙げ,診断に至る過程を解説してみたいと思います。どこに着目して鑑別診断を挙げるか,次に必要な情報は何か,一緒に考えてみませんか。今回は以前にTierney先生に,ディスカッサント(discussant)として解説していただいた患者さんです。

病歴&身体所見

58歳,男性

主訴:発熱,食欲低下,左手足のしびれ感
現病歴:3カ月前から37~37.5°Cの発熱,食欲低下,黄色い鼻汁がでるようになり,耳鼻科を受診したところ,蓄膿と言われ,治療を受けていた。8日前からは,左手足にしびれ感を自覚するようになってきた。食欲がなく,3カ月で体重が70kgから60kgに減少したという。
既往歴:5年前から高血圧,3年前から気管支喘息の治療を受けている。下記処方薬を内服中であるが,経口ステロイドの投与歴はない。
家族歴:特記事項なし。
嗜好:たばこは吸わない。1日にビール大瓶1本を飲む。
職業は事務職,最近の旅行歴はなく,ペットは飼っていない。発熱している人との接触歴もない。
内服薬:ベシル酸アムロジピン(アムロジピン®5 mg/日,プランルカスト水和物(オノン®;ロイコトリエン拮抗薬)450 mg/日,吸入ステロイド(ベコタイド100インヘラー®1回2吸入,3回/日
身体所見:血圧110/78 mmHg,脈拍92/分,整,体温36.8°C,呼吸数14/分。両側中鼻道に膿性鼻汁を認める。皮疹,リンパ節腫脹は認めない。胸部,腹部に異常所見なし。神経学的所見で,脳神経系は異常なし。徒手筋力テストでは,左尺側手根伸筋(C7-8),大腿屈筋(L4-5,S1-2)で4/5 と低下を認める。左手,左前腕の尺側と左下肢の外側に触覚,痛覚の鈍麻を認める。腱反射は両膝,下顎反射が陰性で,その他は+である。病的反射は認めない。

 いかかがでしょうか。病歴,身体所見から問題点を重要なものから,すべて挙げてみましょう。

プロブレムリスト

  1. 発熱
  2. 左手足のしびれ感
    →末梢神経障害で多発性単神経炎が疑われる
  3. 食欲低下,体重減少
  4. 喘息
  5. 副鼻腔炎
  6. 高血圧

 このとき,余談で教えてくれたPearl(真珠:覚えておくと臨床で役に立つ知恵)です。

 All which wheeze is not asthma.

 「喘息と言われている患者さんが,本当に喘息かどうかはわかりませんよ。」ということです。特に患者さんが45歳以上の場合に,心臓に原因がないかという視点も必要ということです。

 Tierney先生は,鑑別診断を解説するときに,いつも以下のカテゴリーを使います。Vascular(血管性疾患),Infection(感染症),Neoplastic(腫瘍性疾患),Collagen(自己免疫性疾患),Toxic/Metabolic(中毒/代謝性疾患),Trauma/Degenerative(外傷/変性疾患),Congenital(先天性疾患),Iatrogenic(医原性疾患),Idiopathic(特発性疾患)。

 このカテゴリーを使って,以下の鑑別診断を挙げました。

[memo 1] Tierney先生の鑑別診断

血管性疾患:可能性わずかあり
感染症:細菌性-可能性あり,真菌-アスペルギローシス。ウイルス-HIV
腫瘍性疾患:肺原発の腫瘍,転移性の腫瘍(リンパ腫,肝臓癌,腎臓癌は発熱を伴うことがある)
自己免疫疾患:Churg-Strauss(チャーグストラウス)症候群,Wegener(ウェゲナー)肉芽腫症
中毒/代謝性疾患:可能性なし
外傷/変性疾患:可能性なし
先天性疾患:可能性なし
医原性疾患:可能性なし
特発性疾患:可能性なし

 Churg-Strauss症候群,アスペルギローシスは喘息,副鼻腔炎と関係があります。次に左手足のしびれ感について考えてみましょう。多発性単神経炎を起こしうる疾患を考えてみますと

[memo 2] 多発性単神経炎をきたす疾患

慢性炎症性脱髄性多発根神経炎,らい病,HIV,血管炎,サルコイドーシス,クリオグロブリン血症,糖尿病,アミロイドーシス

 多発性単神経炎は,血管炎で比較的多く観察されます。血管炎のなかでChurg-Strauss症候群は稀な疾患ですが,発熱,体重減少を起こすことも考え併せ,鑑別診断のなかでは,Churg-Strauss症候群,アスペルギローシス,Wegener肉芽腫症の順に可能性が高いでしょう。日本人では顕微鏡的多発動脈炎は稀ではありませんが,Wegener肉芽腫症は,欧米人に比べ日本人では稀です。Tierney先生の診断スタイルは,鑑別診断をもれなく,広く挙げますが,病歴で7割,身体所見で2割位の見当をつけ,残りの1割は診断を確認するために検査をオーダーするような感じです。

 それでは検査に移りましょう。ここでは,以下の検査項目をオーダーしました。

オーダーした検査

血算,血液像
血液生化学
検尿
胸部X線写真

 さて結果は。。。

(つづきは本誌をご覧ください)


松村正巳
1986年に自治医科大学を卒業し,初期研修は全科ローテート研修を受けました。病歴と診察でどこまで診断に迫ることができるか修行中です。

Lawrence M. Tierney Jr.
『Current Medical Diagnosis & Treatment』の編纂でおなじみのTierney先生です。日本には毎年来られ,いくつかの臨床研修病院で教育をされています。患者さんから学ぶことを最も大切にされ,病歴と身体所見,どの症候に着目するか,鑑別診断の重要性について,ユーモアを交えながら教育されます。内容はとても奥が深く,魅了されながら,サイエンスとアートを学ぶことができます。また,難しいときの一発診断にも,いつも感心させられます(松村正巳)。