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●研修医のためのリスクマネジメント鉄則集

第3回テーマ

リスクマネジメントのABCD
その1 予見する

田中まゆみ(聖路加国際病院・一般内科)


 救急患者を診るときのABCD(Airway,Breathing,Circulation,Drug)は医師なら誰でも知っている.ところが,リスク・マネジメントのABCDは知らない医師がほとんどである.リスク・マネジメントは,ハイ・リスク産業である医療の根幹と言っても過言ではない.自身の安全意識を高めるために,まずはこのABCDを,救急のABCDと同じぐらいの真剣さで身につけてほしい.

リスクマネジメントのABCD
A=Anticipate………(予見する)
B=Behave…………(態度を慎む)
C=Communicate …(何でも言いあい話し合う)
D=Document………(記録する)


 本シリーズでは,このリスクマネジメントの「ABCD」それぞれについて,どう身につけ,どう医療現場で生かしていくべきか,お話ししていきたい.

 まず,「A:Anticipate(予見する)」である.

■A=Anticipate(予見する)

・医療事故防止で最も大切なことは,「事故が起こることを予見し,起こらないように手を打つ」ことである.
・医事紛争防止で最も大切なことは,「患者の権利を尊重し,患者・家族の感情的反応を予見し,誠実な対応をする」ことである.
・「予見能力」は,個人的には,知識と経験と知恵から身につくものであり,組織的には,医療安全委員会の適切な活動で組織の風土を改革することで強化できる.

■予見性をどう身につけるか?
  ――医師個人として,いま行うべきこと

【1】知識

 予見性を磨くには,まず知識が必要である.(a)疾病についても,(b)法律についても,(c)世間の風潮についても,である.

(a) 教科書的知識から最新の診療ガイドラインまで,常に自分の知識を更新する.

 定期的な情報収集法を各自設定すべきであり(雑誌を購読する,学会に出席する,など),不断の努力が必要である.特に,厚生労働省の通達は熟知する必要がある.薬剤の処方は100%医療者側に責任があるので,副作用情報が出されたら,続報があるまではその薬の処方に際しては適応を慎重に判断し患者に副作用について説明し同意を得,その旨をカルテに記録してから処方すべきであり,「知らなかった」ではすまされない.また,緊急時の輸血にはO型(-)の血液を交差試験なしに使用できること,などの重要な通達も熟知していなければならない.知識の更新には,インターネットの活用が最も便利である(有用なサイトについての情報は注1を参照のこと).

 研修医や教育病院では研鑽の機会に事欠かないが,むしろへき地勤務や開業後に,これらインターネット情報は威力を発揮する.

(b) 個人情報保護法,児童虐待防止法,高齢者虐待防止法など,医療者に法的義務を課した新法は必ず目を通し,遵守する.

 最新の医療事故報道,裁判記事にも目を通し,自分の医療機関や自分自身の医療行動に照らして,改善すべきシステムや医療内容をチェックする.例えば,「カルテに記載がなければ実施しなかったとみなさざるを得ない」という判決が出ているのに,「カルテを書く暇がない」とカルテ記載を軽視するのは,自己弁護の機会を放棄するというリスクを背負うことである.また,「インフォームド・コンセント」は立法化されてはいないが,もはや医療の根幹概念といってよく,判例や報道には深く織り込まれている.患者の権利・医師の裁量権(どんどん制限されている)・パターナリズム(もはや終焉を迎えたいってよい)について,理解を深め,過去のやり方が誤っているならば改める.

(c) 新聞報道は,投書欄を含め必ず目を通し,社会人としての常識を養う.

 医療は人間相手の産業である.患者像が変化しているのに医療側が対応できなければ,医療に対する要求に応えていないことになり,医療事故・医事紛争のもとである.患者1人ひとりの「医療リテラシー」「医療安全リテラシー」は異なる(注 リテラシー:身についている知識・教養).患者や家族の疾病の理解度や医療への期待度,医療の危険性の自覚度は,問診やインフォームド・コンセントの過程で初めて明らかになっていく.患者や家族の無知や誤解をそのつど誠実に対応して解いていくことが,医療の質の向上,信頼関係の構築.ひいては患者の安全に寄与する.患者がインターネットで情報収集している風潮を嘆くのではなく,信頼のおけない情報源に振り回されることの危険性を啓蒙したり,信頼のおけるサイトを一緒に見て確認するなどで患者を安心させ信頼を得ることができる.患者が医師の言うままであった過去よりは,患者の権利が尊重されるようになった現在のほうが医療安全のうえからは明らかに改善している.患者の自覚を上手に活用して医療安全に患者も参画してもらおう.

鉄則1 知識は身を守る

 医療職は,他の職業と同じように,いや他の職業にも増して,「生涯これ学習」の職業である.

鉄則2 患者にも正しい知識を共有してもらおう

 「インフォームド・コンセント」を正しく理解することが患者との知識の共有に不可欠である.患者が「医者まかせ」でなくなるように啓蒙しよう(「患者のエンパワーメント」).

(つづきは本誌をご覧ください)


田中まゆみ
1979年京大卒.天理よろづ相談所病院,京大大学院を経て渡米.マサチューセッツ総合病院(MGH)他でリサーチフェロー.ボストン大公衆衛生大学院修了.2000年よりコネティカット州のブリッジポート病院で内科臨床研修.04年より聖路加国際病院勤務.著書に,ハーバード大医学部でのクラークシップ体験をレポートした『ハーバードの医師づくり』(医学書院)がある.