HOME雑 誌medicina誌面サンプル 45巻4号(2008年4月号) > 連載●市中感染症診療の思考プロセス IDATEN感染症セミナーより
●市中感染症診療の思考プロセス IDATEN感染症セミナーより

第1回テーマ

市中感染症診療の基本原則

青木眞(サクラ精機(株)学術顧問)


連載を始めるにあたって

 

 日本感染症教育研究会(Infectious Diseases Association for Teaching and Education in Nippon:以下IDATEN)は,日本の感染症診療と教育を普及・確立・発展させるために活動している団体です.2005年の1月に設立され,本年で4年目となりました.

 IDATEN では,現場の医師・医学生たちが,臨床感染症に関するPeer reviewed journalなどの良質の一次資料を通じて正しい知識を得ることを期待しています.良質な資料は英文が多いですが,英文の資料を読みこなすのはハードルも高いのが実情です.一方で邦文の良質な学習資材は数が少なく,多くの方が標準的な感染症診療の方法の学びに困難を感じています.これに対して,良質の教育資材を求める声がIDATEN に多く寄せられてきています.

 IDATEN ではこうした切実な声に応えるべく,臨床感染症の良質の教育資材を提供していくために今回の連載を企画しました.この連載は,現場の医師・医学生の方々がやがては良質の一次資料を自在に読みこなし,自身の日々の臨床に生かしていくというゴールに達していただくための,IDATEN の長期的な計画の一段階として行うものです.同時にIDATEN としての第一弾の本格的な情報発信でもあります.

 皆様,ご期待のほどよろしくお願いいたします.

日本感染症教育研究会 代表世話人
大曲 貴夫(静岡がんセンター 感染症科)


市中感染症診療の基本原則

  1. 適切な感染症診療の基本要素
  2. 正確な感染症の存在とその重症度の認知
  3. 問題の臓器・解剖と原因微生物の整理
  4. 2に基づく適切な抗菌薬の選択・変更
  5. 適切な抗菌薬の効果(=感染症の趨勢)判定

 市中感染症も医療施設関連感染症も感染症である以上,そのポイントは,上に掲げた4つの重要な要素が検討されているかどうかが鍵となる.この4要素を有機的に関連させながら良い感染症診療を行うためには,微生物学的な知識に加えて,広範な鑑別診断を展開しながら臨床像を分析する必要がある.総合診療や家庭医学の専門家に優れた抗菌薬の使い手が多い背景には,彼らが「問診や身体所見から得られる情報をていねいに検討しながら診療を行っていく」方々であるという事実がある.以下,この4要素について概説する.

■正確な感染症の存在とその重症度の認知

感染症存在の認知

 感染症の存在を考えるにあたり,発熱やCRP(C-reactive protein)といった「いわゆる」炎症反応を示す指標に依存しすぎないことが重要である.発熱の存在は感染症を考える一根拠にはなるが,「発熱=感染症の存在」ではないことを理解する必要がある.発熱の原因は感染症以外にも多くあり,悪性腫瘍,膠原病,薬剤アレルギーなどがよい例である(表1).また,発熱を認めない感染症も多いため,発熱やCRP依存性の感染症探しから自由になることが最も重要である.「発熱やCRP上昇=感染症アリ」,「平熱=感染症ナシ」といった感覚が身についてしまうと,「目の前の臨床像の鑑別診断に感染症が含まれるか?」という検討を適切に行えなくなる危険がある.意識状態の変化,過換気といった臨床像の変化や原因不明の呼吸性アルカローシス,代謝性アシドーシスといった検査データの変化は,発熱や白血球数・CRP上昇と同様かそれ以上の意味をもつと考えるべきである(表2参照).

表1 重要な発熱原因の例(参考文献1より翻訳改変)
感染症:ウイルス,細菌,リケッチア,真菌,寄生虫
自己免疫疾患:全身性エリテマトーデス,結節性多発動脈炎,リウマチ熱,リウマチ性多発筋痛症,Still病
中枢神経性:脳出血,頭部外傷,中枢神経性(CNS)腫瘍
悪性腫瘍・血液腫瘍:原発性腫瘍,リンパ腫,白血病,溶血性貧血
心臓血管系:心筋梗塞,血栓性静脈炎,肺塞栓症
消化器系:炎症性腸疾患,肝膿瘍,肉芽腫性肝炎
内分泌系:甲状腺機能亢進症,褐色細胞腫
化学物質:薬剤反応,神経弛緩薬性悪性症候群,高熱症
その他:サルコイドーシス,組織損傷,血腫
詐病

表2 敗血症を示唆する臨床像の例(参考文献2)
発熱:ただし宿主の年齢,基礎疾患(例:腎機能障害),治療などにより発熱しない場合も多い
ので注意.低体温の40%近くの原因が敗血症とも言われる.
過換気と呼吸性アルカローシス:発熱や血圧の低下より早く出現することが多い.
意識状態・人格の変化
皮膚の変化:種々の皮疹が出現する.皮疹を擦過,グラム染色しても良い.
消化器症状:悪心・嘔吐,下痢,イレウスなど.最大1/3の症例にみられるとされる.

重症度の理解

 「CRPや白血球数上昇の程度=感染症の重症度」といった初歩的な誤解も散見される.重症の細菌性肺炎では白血球数は1万/μlを超えるかもしれない.さらに重症化すれば白血球数は3,000/μlに低下するかもしれない.それならば正常白血球数は重症からさらなる重症に移行する経過の値であるかもしれない.病態の理解に基づかない検査データの解釈は意味がない.

(つづきは本誌をご覧ください)

参考文献
1) Tierney LM, et al:Current Medical Diagnosis & Treatment 39th edition, McGraw Hill, 1999
2) Fauci AS, et al:Harrison’s Principles of internal medicine. 12th edition, McGraw Hill, 1991


青木 眞
1979年弘前大卒.沖縄県立中部病院,米国ケンタッキー大での研修を経て,93年米国感染症内科専門医認定.94年聖路加国際病院感染症科,97年国立国際医療センターエイズ治療・研究開発センター医療情報室長.2000年よりサクラ精機(株)学術顧問.フリーランスの感染症コンサルタントとして活躍している.著書に「レジデントのための感染症診療マニュアル」(医学書院,改訂第2版が刊行)など.