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●研修おたく海を渡る

第59回テーマ

新薬を育てる!

白井敬祐(サウスカロライナ医科大学)


 日本では,アメリカやほかの国で使える薬がまだ使えないdrug lagが話題としてよく上がります.厚生労働省,PMDA(医薬品医療機器総合機構)による審査が遅い,あるいは厳しいことが一因であるとも言われています.

 では,アメリカでは新薬はどういうプロセスを経て,FDA(Food and Drug Administration)に認可されるのでしょうか.今回は,先日うちのがんセンターで開かれたファイザー社主催の新薬開発ワークショップについて紹介します.

 ワークショップでは臨床医,基礎研究者が入り交じり,総勢30人が2チームに分けられました.さらにその中でプロジェクトマネージャー,薬剤研究者,薬物動態専門家,安全性専門家,FDAとの交渉役また法律担当者,臨床試験Phase1~3それぞれの専門家,マーケティング担当などと多くの役割が割り振られました.そのほかに,製薬会社のシニアマネージャー,FDAの役人役も準備されました.

 10億ドルを元手に,5分を一カ月と換算して,ゲームは始まりました.新薬をいかに見つけ,パイプラインにのせるか,また,開発に失敗した時のバックアップとして,魅力ある新薬をポートフォリオにそろえられるか.ここでけちってはいけません.湯水のようにお金を使います.前臨床試験で効果が見られても,毒性が強すぎたり,製剤としてまとまった量を作ることのできない薬は,ふるい落とさなければなりません.大胆に投資(改良ボタンをクリック)しながらも,どこかで見切りをつけないと(クリックをやめないと),お金と時間がどんどん減っていくのです.

 いい薬がみつかれば,IND(investigational new drug)の承認に進みます.ここが最初のFDAとの交渉です.薬の作用機序のみならず,安全性についても突っ込んだ質問を受けます.INDがとれても,Phase1, Phase2, Phase3と進められなければ意味がありません.頻回にFDAと会合をもつことが要求されます.

 FDAの要請に応え,地道に軌道修正を進めるのです.担当者のサインがないだけで突き返されることもあります.サイン一つで次の会合までの時間をロスしてしまうのです.

 マーケットバリュー,つまり市場価値も考慮に入れる必要があります.どんなに効果のある薬でも,稀な病気が対象であれば,大きな市場価値は期待できません.肺癌の薬は,腎癌の薬よりも,市場価値が高いのです.マーケティング担当の出番です.ライバル会社の開発している薬の完成度も無視できません.

 それぞれをなだめすかしながら,かつ大局観(big picture)を見すえて,チームを動かすのがプロジェクトマネージャーの仕事です.プロジェクトの区切りで,シニアマネージャーへの報告をし,会社の支援つまり,投資に値することを証明しなければなりません.ファーストラインでいくのか,セカンドラインの承認をねらうのか.対象の選択も重要です.いかに魅力的な薬と思わせるか,プレゼンの仕方も大きくかかわってきます.奏効率を強調するのか,生存率を前面に出すのか,もともとの臨床試験のエンドポイントを意識しながらも,ここでも工夫が求められます.

 たった一日のゲームでしたが,喧々囂々とした議論の中,それぞれが妥協しなければならない歯がゆさを感じてもらうのも趣旨の一つだと最後に総評がありました.臨床家と基礎研究者の意識のずれの再確認にもなりました.これがきっかけで,チームワークが高まるといいのですが.


白井敬祐
1997年京大卒.横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする.2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学で内科レジデンシー修了,サウスカロライナ医科大学で血液/腫瘍内科のフェローシップを修了.2008年7月より,同大Assistant Professor.米国腫瘍内科専門医.